※阿伏兎→威高です。 うっかりしていた。 うっかりしていたというには語弊があるが、まあなんというか油断はしていたのだ。 不意に補給に寄ったコロニーでいつものように朝まで停泊、となると部下達は遊びに繰り出す。 阿伏兎とて春雨で稼いだ金は食費とこの一時の遊興に使うのが常であるので外に繰り出す。 繰り出した先は勿論風俗街である。 好みの女を手頃な価格で見つけてしけこめれば上々だ。 阿伏兎は手頃な店に入った。 たまたま風俗店街の入口で貰った割引チケットにあった中で一番近い店に入り、ちょうど空きが出たからと紹介された女と部屋に入る。 これが結構いい女だった。ちょうど空きが出た・・・その紹介通り普段はお目にかかれないような女だ。 セミショートの黒髪の女だった。美人で頭が良くて気が強そうな女、侍らせば他の男の羨望を浴びそうなタイプだ。 好みである。わりとストレートにドンピシャだ。 だから阿伏兎は機嫌良くその女とベッドで行為に及んだわけだが、けれどもそのあとがちょっとまずい。 ヤってる最中にそのさらさらとした黒髪に触れた時、ふと誰かを思い出した。 ( ・・・高杉だ・・・ ) 何故このタイミングで思い出すのか、女が細身だったのがいけないのか黒髪だったのがいけないのか、けれども昂りを覚える身体を阿伏兎は抑制できない。打ち消せばいいものを、高杉の姿をありありと思い出して仕舞って挙句高杉を組み敷くシーンまで想像して仕舞って、その瞬間阿伏兎は達した。 ( やっちまった・・・ ) 阿伏兎の予定ではあともう少し楽しむ筈だった。なのに頭の中で高杉を想像した途端弾けて仕舞った。 これが何を意味するのか・・・考えたくも無い。 ( 最悪だ・・・ ) しかも気持ち良かっただけに居た堪れない。内心で激しく気分が下降しているにも関わらず気持ち良かった・・・それを考えるともっと居た堪れない。 ( 畜生・・・そもそも団長と高杉が悪い・・・ ) そう、そうに決まってる。でなければこの罪悪感の説明がつかない。おまけに脳内で高杉をヤって仕舞ったという酷い余韻付きだ。 これはあくまで想像だ。阿伏兎の所為じゃない、不可抗力だ。 何せことあるごとに高杉が阿伏兎を誘うようなことを揶揄いまじりに云うのがいけない。 ( 相手は地球種の男だぞ、あり得ねぇ・・・ ) けれどもあの神威が夢中になっている男なのだ。 確かに色気はある、目線が堪らない、仕草のひとつひとつが夜兎の本能を刺激する厄介なタイプな上に、頭が良くて狡猾だ。 そして高杉の最も性質が悪い点は危うげなのだ。ただ悪戯に人を誘うようなどうしようもない男ならいい。遊びで終わる。 けれども高杉は駄目だ。あの男は過去に失ったものが多すぎていつまでも過去に生きるタイプだ。だからこそ自分でさえどうでもよいという破滅的な節がある。戦場でふらふら飛ぶような蝶、そんなイメージがぴったりの、寂しさと孤独、憎しみと悲哀の中で地獄に居る。その刹那的な高杉の在り様が、遊びでは済まされないと阿伏兎は感じている。 一度この男に嵌れば地獄で心中しかねないような危うい魅力、抗い難い引力のようなものが高杉にはある。 阿伏兎でさえつい手を伸ばしてしまいそうになる切ない危うさを高杉は孕んでいる。 だから年若い神威があの男にイチコロになるのも仕方ないと云えば仕方ないのだ。 何せ相手は百戦錬磨どころか一騎当千の魔性だ。いくら神威が強くても太刀打ちできるものでは無い。 だからこそ阿伏兎は借りを返してさっさと手を引くか、でなければ攫えばいいと常に口を酸っぱくして神威に告げているのだ。 攫って己のものにして犯せばいいのだ。檻を作って閉じ込めて仕舞えばいい、夜兎にはそれが出来る。神威ならば可能だ。 それができるのに何故か神威はそれをしなかった。夜兎の本能に従えば夜王鳳仙がしたようにそうして己の唯一を閉じ込められるのだ。なのに神威はしない。 神威ほどの男が、それをしない。 あの神威が惹かれたものに手を伸ばしそのまま潰して仕舞うような子供が、力のままに高杉を掴もうとしない。 まるで壊さないように、殊更大切にするかのようなそれに阿伏兎は眩暈がする。 神威のその態度にも、それを許す高杉にも。 これではまるで高杉と神威は力で奪う関係では無く、真に思い合っているようではないか。 ( 考えただけでぞっとすらぁ・・・ ) その上自分はその高杉でヌいて仕舞ったのだ。 居た堪れないったらない。 想像だけなら問題は無いが、万一これがバレたら矢張り阿伏兎の命は無い。 ( ハードルが高いってのは燃えるがね・・・ ) これはハードルが高いどころか手が届かないものだ。 神威がいなければどうこうできるという相手では無い。高杉は高嶺の花すぎる。 男であろうと高杉には雄の本能を刺激するような魔性がある。 ( 確かに気持ち良かった・・・ ) 身体は正直である。 あれこれ考えながらも阿伏兎は清算をして店を出た。 すっきりしたのに悶々とするので、己の居た堪れなさを解消する為に酒を引っ掻けに行く。 立ち飲みの店で軽く何杯かやれば酔っ払いの出来上がりだ。 程良い酔いに先程までの己の醜態をすっかり忘れて阿伏兎は歩いていた。 歩いていたが、それも一瞬のことだ。 次の瞬間には素面に戻ることとなる。 「団長・・・」 角を曲がったらそこに女では無く、見た目は良いが中身は最強な我が団長様だ。 「あれ?皆いつもの店に集まってるって聴いたけど阿伏兎は今からなんだ」 「あ、ああ・・・」 夜兎が溜まり場にしている飲み屋があるのだ。神威も其処へ向かう途中だったのだろう。 道すがら同道することになり阿伏兎は内心どんどん酔いが醒めていた。 思い出すのは先ほどの女と寝た時の醜態である。 まさか神威に阿伏兎の頭の中を読む術は無いだろうが、万一、と有り得ないが考えて仕舞うと恐ろしい。 まさかあんたの高杉を想像してヌきましたとは云えない。云えるわけが無い。云ったら俺が死ぬ。 「機嫌良さそうだネ、一人で飲んでたの?」 そう振られて阿伏兎は焦る。取り繕っても仕方ないし、だいたい己は一体何を取り繕うというのか、これは神威に対して言い訳したいのではなく恐らく自分に対して言い訳したいのかもしれなかった。 「いや、さっき店で当たった女がすげーいい女でよ・・・」 しどろもどろ話すが、それを酒の所為だと神威は思ってくれたらしい。どうにか一息ついて阿伏兎が話題を変えようとしたら唐突に神威から話題を振られた。 「どんな女?」 そこで阿伏兎の顔はサア、と青褪める。 いや、くれぐれも云わせてもらうが悪いのは阿伏兎では無いし、寝た女でも無い。誰も悪くは無いのだが阿伏兎が消し去りたいのは高杉を想像して達したという結果一点のみである。そのただ一点の汚点が万一神威にバレたら際限無い未来の恐怖として置き換わっているので既にどうしようもないと云えばそうなのだが。 黒髪、と正直に云えばいいのに罪悪感があって阿伏兎はどうしてもそれを口にできない。 咄嗟に己の口から出た言葉は反対のものだ。 「き、金髪の巨乳の女でよ・・・!こう胸がでかくて尻の形がいい・・・!」 嘘である。いい女ではあったが胸はそこそこであったしスレンダーであった。お蔭で誰かさんを連想したわけだが、咄嗟に阿伏兎は口から出まかせを述べてしまったのだ。 それを聴いた神威は全く興味がなさそうに「ふうん」とだけ呟いてそれから、気が変わったのか次の角を曲がって仕舞う。 「団長?」 訝しげに阿伏兎が聲をかけると神威が阿伏兎の肩口から何かを掬った。 其処には黒い髪が一筋。 「・・・!!」 言葉も出ない。神威は最初から看破していたのだ。 この黒髪を目敏く見付けて仕舞った。 「じゃあね、阿伏兎、遊びもほどほどに」 にこりと笑みを見せる神威は殺しの笑みでは無いがそれを連想させるものだ。 その意味がわからない阿伏兎でも無い、暗に神威は釘を刺しているのだ。 明確に阿伏兎が何を想像したかは捉えていなくても肩口にあった髪からなんとなく神威は察してしまったのだろう。 阿伏兎は顔を青褪めながら頷いた。畜生、厄日だ。 最悪だ。 畜生、今度から絶対黒髪の女とは寝ない。 寝てたまるか、ついでに高杉なんざと関わり合いになりたくもない。 知ってる男でヌいちまったなんてもう! 17:後味の悪さったらない! ちなみに後日、忘れたころに偶然高杉に会って思い出して仕舞い、胸に去来する苦味に阿伏兎は顔を顰めることになるのであった。 |
お題「釘を刺す」 |
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