※お題01「14:月見酒」の微妙に続きです。 阿伏兎にと届けられたそれの礼を云う為に高杉の旗艦へ立ち寄った。 鬼兵隊から届けられたのは上等な酒と煙草だ。 名目はいつかの酒の礼だということだったが実際のところは神威がことある事に高杉と分け合う為に阿伏兎の秘蔵の酒や秘蔵の煙草を持ち出していることの詫びも含まれているのだろう。 全く卒の無い男である。夜兎には無い繊細さに驚きながらも阿伏兎は有り難くそれを受け取った。 高杉の居室を訪ねれば阿伏兎が来ることも予想済みだったのか酒と猪口が二つ用意されている。 「全く、あんた、隙がねぇ」 いい男だ。 さぞかし遊び慣れているのだろうということもわかる。 成程うちの団長がころっといかれて仕舞うわけだと感心さえしてしまう。 高杉のそういった気遣いは阿呆元提督のような下卑たものが一切無い。単純に育ちが良いのだろうとも伺えるが、洗練されていた。 部下が着いてくるわけである。高杉の強さや生き様は酷く魅力的だ。 アウトローな生き方をしている夜兎でさえ引き寄せるものがこの男には確かにある。 小さな猪口に酒を注がれ飲みにくそうに阿伏兎がそれを口に含むと高杉は口角を上げそれが哂っているのだと阿伏兎が気付いた時には既に用意済みだった升を差し出された。 「あの夜もそうだったが、いい飲みっぷりだ」 嫌いじゃねぇよ、と酒を注がれれば悪い気はしない。 全く性質の悪い男だ。 煽る様さえ絵になる。 少し気を良くして阿伏兎はどかり、と高杉の前に座った。 以前阿伏兎が高杉に飲ませた安酒とは訳が違う。上質の酒に阿伏兎は喉を鳴らした。 高杉はそれを満足そうに眺め、煙管を取り出す。 そして火を点けようとしたので阿伏兎は胸のポケットに入れてあったライターを取出し先端に器用に火を灯した。 「悪ぃな」 「いや、あんたにはいつもうちの団長の面倒をみてもらってるからな」 煙管から煙があがる。高杉はそれを味わうように燻らせた。 神威から聴いた通り、確かに高杉の仕草は綺麗だ。 眼の毒とも云える誘うようなその仕草は性質が悪い。 悪いが目で愛でる分には存分に好い。味のある仕草に阿伏兎は常ならぬ高揚を感じた。 酒が良いのもまたいけない。 だから少し油断していた。 相手があの高杉晋助だということに。 曲者揃いの春雨の中で、最強を誇る第七師団団長である神威を食って仕舞った男であることを阿伏兎は失念していた。 高杉は無言で阿伏兎に酒を注ぎ、それから己は小さな猪口でちびちびと酒を飲みながら煙管を燻らせる。 明かりにと用意された行燈に描かれた蝶がまた妙な気分にさせていけなかった。 「いっそのこと俺と寝てみるか?」 はい喜んで、とうっかり云いそうになったが阿伏兎は我に返った。 今この男はとてつもないことを云わなかったか? 前にも聴いたような気がするがとてつもないことを云わなかったか。 「・・・いや、前にも云ったが俺ぁ、断ったよな」 高杉は心得たように作り慣れた笑みを浮かべる。それだけであと十年いや五年若かったらやばかったと本気で阿伏兎は思った。 今でさえやばい。不味い。なにがってナニがだ。阿伏兎に男を抱く趣味は無かったが、高杉にはそうしても良いという妙な色気があった。 精力剤でも入ってんのかこの酒、と思いながらも阿伏兎は高杉を見遣る。 高杉は少し阿伏兎に近付きながら云う。 「そうすりゃあの餓鬼も目が醒めて俺なんざ忘れるかもしれねぇ」 神威だ。 成程、神威が一方的に慕っているのだと阿伏兎は思っていた。実際その通りだが、高杉も満更では無いのだろう。 満更では無いが、いずれ互いの路の違い故に別れがあることもわかっている。 ならば痛みが少ない方が良い。高杉は既に持久戦に入っているのだろう。 そのうち神威が飽きるのだろうと踏んでいる。 夜兎の力で迫れば高杉など簡単に組み敷けるのだから現在の関係は当然とも云えたが、神威のことは高杉なりに苦慮しているらしい。 それで阿伏兎を誘ったのか。一度でも関係を持てば神威とて目が醒めるのだと。 高杉の云っていることは最もだ。最もだが、阿伏兎は近付いてくる高杉に頭を抱えた。 「どうだ?」 「・・・・・・」 この男が魅力的なのがまたいけない。 いっそ此処で高杉という極上の肴を組み敷いて抱いて仕舞えれば腹は決まるのか。 一瞬悩んだが、阿伏兎は莫迦ではないし、己をこの男の為に捨てるつもりも無い。 「冗談じゃねぇ」 冗談じゃない。 阿伏兎はこれでも分を弁えているつもりだ。 そして事態は高杉が考えているよりも遥かに重い。 最早その程度であの神威が退くわけが無い。 高杉はいつか神威が己に飽きて忘れるとでも思っているのだろう。 確かに神威はそうだ。以前の神威ならば確実に忘れた。 けれども最早それは不可能だ。 神威は高杉に対して特別な思い入れをし始めて仕舞っている。 こうなって仕舞ってはもう取り返しがつかない。もう遅いのだ。 夜兎は常に渇き、そして一つを見付ければそれを滅ぼすまで固執する傾向が強い。 だからこそ流れる。戦場から戦場へと渡り歩く。一つところに長くいれば全てを滅ぼすからだ。 しかもその傾向は闘争本能を刺激する同種族ではなく異種族に対して発露することが多い。 夜王鳳仙、然り、その本性がわかっているからこそ、夜兎の多くは一つに長居しない。 星海坊主もそうだ。だからこそ渡り歩く。情が移るほど長居しない、欲しければ奪う。 奪えば全てを滅ぼさず少なくともその相手一人を殺すだけで済むからだ。 神威の妹のように綺麗事を並べられるのはただの理想論に過ぎない。 夜兎という種族の多くはそういうものだ。 気付いた時には泥沼。嵌って抜け出せない。 高杉を抱いて神威が退き返せるのなら阿伏兎は無理にでもなんでも高杉を犯して殺しただろう。 神威の中にある幻想を打ち砕いてその大事な種を種の保存の為に使ってもらいたい。 けれども遅い。遅すぎた。その時期はもう過ぎた。 高杉は神威の中の特別になって仕舞った。 だからこの男と寝るわけにはいかない。如何な魅力的な申し出であろうと阿伏兎はそれを受けるわけにはいかない。 阿伏兎は高杉を押しのけた。 緩く触れたつもりだったが、高杉が反動でよろめいて畳に倒れる。 手を貸さなくても良かったが、神威の所為で高杉は丁重に扱わなければいけないと身に染みてしまっている阿伏兎は思わず手を添えた。 そうなるとまるで阿伏兎が高杉を襲っているような図になり、別な欲望がもたげそうになるのを阿伏兎は堪え、高杉に云い放つ。 「俺ぁ、団長の所為で死ぬのもあんたの所為で死ぬのも御免だ」 「そう、俺阿伏兎を久しぶりに殺そうかと思ってるんだけど」 不意に上から降った聲に阿伏兎は凍った。 見知った聲は団長のそれだ。 神威だ。 ぎぎぎぎ、と阿伏兎が顔を上げれば殺しの笑みを浮かべた神威が傘を手に立っている。 なんというタイミングだ。 最悪だ。 今まさに構図は阿伏兎が高杉を押し倒しているというような図である。 高杉はさも被害者ですよと元々肌蹴ている衣服をこれみよがしに直しているからまた性質が悪い。 「・・・最初から計算づくかよ・・・」 性質が悪い。これは性質が悪いなんて言葉では済まされない。 「阿伏兎、わかってるよね、ちょっと死んで」 振り下ろされる傘をよけながら阿伏兎は叫んだ。 「ち、違うからね!これ違うから!団長ぉ!」 「問答無用」 吹き飛ぶ畳の中、阿伏兎が高杉を見遣れば高杉は酒を口に運んで阿伏兎と目が合うやいなや口端をあげた。 畜生!この確信犯! 俺を使って神威がどう反応するか実験しやがったな! つまり最初からこれは仕組まれていたことなのだ。 道理で届けられた酒と煙草が逸品揃いなわけである。 高杉は阿伏兎を利用し神威が己を諦められるか無傷で見極めようと云うのだ。 全く性質が悪い。相手が悪すぎる。 団長がころっと高杉にいかれてしまうわけである。 神威の攻撃が阿伏兎の頬を掠め、ころっと殺られて仕舞うわけにはいかない阿伏兎は気が遠くなりながらも絶叫した。 「あんた魔性だ・・・!」 どうせなら一発やっておけば良かったと云う言葉はどうにか喉元に押し込んだ。 17:命大事に。 |
お題「禁じられた遊び」 |
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