※威高ですがやや←阿伏兎っぽいです。


冴えわたる月の下、久しぶりの地上に阿伏兎は息を漏らした。
年中寒いというその星は阿伏兎達夜兎にとっては比較的過ごしやすい環境だ。
補給の為に立ち寄った久しぶりの都市であり、皆思い思いの夜を過ごす為に繰り出して仕舞った。
宇宙海賊春雨として稼ぎが良くても夜兎のそれは殆どが食費に消える。阿伏兎自身対して物欲も無いからそれも気にもならない。美味い飯が食えて存分に殺せて、それから時々こうして遊べる金があれば充分だった。
花街と云われる類の場所でなるだけ人型の頑丈そうな女を探す。
運良く程良い値段で相手は見つかり、阿伏兎は久しぶりにそれを堪能した。
悪くは無い相手だった。黒い髪の辰羅族の女。気の良い女と寝るとそれだけで気分が良くなる。
阿伏兎はその浮かれた気分のまま雪道を踏み歩く。
不意に肩にかかった雪を払おうとして指に絡んだ一筋の黒い髪に気が付いた。
「ちっ、ヤな事思い出しちまった・・・」
黒い髪で真っ先に浮かんだのはあの男だ。
先程寝た女では無く何故あの男なのか。これは決してあの男の髪では無い。紛れも無く先程買った女の髪だ。
けれどもよくよく考えればあの女もあの男を連想したからこそ阿伏兎は寝たのかもしれなかった。
それに気付いて阿伏兎はいよいよ苦虫を噛み潰したような顔になる。
寝たいと思ったことが無いと云えば嘘だ。
己が付き従い、この男こそと思っている神威が執心している蛮族の男。
侍という阿伏兎達には理解できない理屈で戦う美貌の男だ。
見た目が綺麗な奴はこの男以外にもいくらでも居るだろう。間近に居るのでは己の上司だ。
けれどもこの男には目を瞠るはっとするようなものがある。それは美しいと云って差支えの無いものだった。
その男の名を高杉晋助と云う。

「たらし込んでくれちゃってまぁ・・・」
神威が迫ったのだ。それは十分に承知している。
けれどもあの男は駄目だ。
相手が悪すぎる。
阿伏兎から見れば高杉はメガドライブ以上の手に余る男だ。
夜兎の中でも一際強く一際奔放な神威はまだ阿伏兎から見ればクソ餓鬼で、故にその危険がわからない。
高杉という辺境の一蛮族の男に入れ込む危険などわかってはいない。
だからこそまさかの出来事だった。
あの神威が高杉を欲した。殺意混じりの情欲をせがんだ。
一過性のものなら良かったが既に数ヶ月この関係は続いている。
現に神威は今も各々に繰り出している夜兎達のように遊び歩くわけでも無く一人艦に残っている。
餓鬼は餓鬼らしくゲーム機ででも遊べばいいのに、神威はただ遠い距離を憂うばかりでそれが阿伏兎には気に食わない。
いつもならこうではない。
神威だって女を買おうともしたし、まあ最も加減がわからず殺して仕舞うばかりであったが、それでもそういう遊びにも付き合ったしそうでなければ健全に他の仲間と飲み歩いたりもした。
今はそれさえも無い。退屈な航海の中ゲーム機で遊ぶこともあったが、それもしていないようだった。
だからこそ、阿伏兎は現状に不満がある。
「そんなに欲しいなら力で奪やいいんだ・・・」
面倒くさい。
神威は高杉と云う男に一種理想を抱いている節がある。
だから駄目なのだ。
初恋など碌な物じゃない。
まさかあの神威がそんな感情を抱くなんて、こればかりは阿伏兎でさえ想像だにしていなかった。
そしてまた高杉もいけなかった。
神威をあしらっていれば良いものを、結局中途半端に受け入れるに至る。
その想いが互いに誠実であるが故に性質が悪かった。
遊びだと割り切れれば神威はそれなりに楽しんで一つ大人になって終わっただろう。
そのうち高杉が死んでも忘れてしまう。
けれども最早それは望めそうにはない。
高杉は神威にとっての『初めて』だ。あらゆることが、あらゆる感情が神威に芽生えて仕舞った。あの男が神威をそうしてしまった。
「いっそ女だったら・・・」
何度思ったか知れない。あの男が女だったら阿伏兎も諸手を上げて歓迎しただろう。
あれほどの男が女であったら孕めばさぞ凄いものを産むに違いない。
高杉が女であれば良かったのだ。
「やめだやめだ・・・」
詮無いことを考えても仕方無い。
莫迦莫迦しくて笑えもしない。
阿伏兎はすっかり冷めてしまった高揚を振り切るように艦の自室で飲み直す為に足を向きなおした。

「てめぇ・・・」
艦に戻れば、あの男だ。
まさか来ているなどとは思わなかった。
それで神威は艦に残ったのかと阿伏兎は得心する。
高杉だ。
不意に寄ったのか。神威がせがんだのか。
或いは何処か他所で悪党らしく密談でもあったのか。
高杉は凛と艦橋に一人佇んでいる。
「・・・あー・・・呑むか?」
阿伏兎が酒瓶を軽く持ち上げれば高杉は無言で頷いた。
御猪口なんて洒落た物は無いので少し深さのある椀で代用する。
しんしんと雪が降る中、高杉と向かい合いながら酒を交わすなど思ってもみなかった出来事だ。
「団長は?」
「眠ってる、疲れてたんだろうよ」
「疲れる、ねぇ・・・」
一体何をしていたのか、想像するだけ邪推だったが、薄い着物に上着を羽織っただけの男は寒そうにも見えた。
「使えよ」
己のマントを差し出してつい云って仕舞う。
高杉が何も云わないので阿伏兎は痺れを切らしてそれを高杉の肩にかけた。
これではまるで自分がこの男に仕えているようだ。
それも癪である。
けれどもそれだけの説得力がこの男にはあった。
だからこそ気に入らない。
神威を変えてしまうであろうこの男が阿伏兎は気に入らなかった。
「うめぇ酒だな」
「安酒だ・・・」
高杉は何も云わずに空を見上げる。
それからふと阿伏兎を見て云った。
「俺と寝てみるか?」
ぞくりとする。
その言葉に身体の芯がぐらつくような感覚に呑まれる。
阿伏兎は唇を噛み締めそれから椀にある酒を飲み干し、新たに瓶から酒を注ぎながら云った。
「冗談じゃねぇ。ウチの団長がせがんでやっと許されたモンに手ぇ出すほど俺ぁ莫迦じゃねぇよ、総督殿」
高杉はその答えを知っていたように、喉の奥で哂い、そして椀の酒を口に運ぶ。
「本当に、今夜はいい酒が飲めらぁ」

気に入らない。この男は危険だ。
けれどもこの男の暗闇の中にある静謐は酷く心地が良い。
寡黙なくせに話す時に浪々と響くその低い聲もまた阿伏兎の耳を擽った。
天には煌々と冴えわたる月、しんしんと降り積もる雪の中この男を肴に酒を飲む。
それだけは乙なものだと阿伏兎は思った。


14:月見酒

お題「メガドライブ」

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