※お題03「06:午後のティータイムに」と「13:そして貴方と
お題04「14:ユーガットメール」の続き。
現代パラレル。神威=大学生。高杉=手紙の相手。同居後京都にて。


「誰だよこのクソ寒いのに外で焼肉しようなんて云った奴!」
同じゼミの厨(くりや)がぼやいた。
確かに真冬の二月である。雪でさえちらちら降るというのに大学の敷地内で焼肉を食べようという話になったのだ。
このゼミは高杉が半分ほど請け負っているので研究室を出入りする院生も悪乗りして企画して仕舞った。
ゼミもそうだが研究室を出入りしている上に高杉教授と同居している身の神威としては参加しないわけにもいかない。
女子のうち何人かが焼いたり材料を切ったりして用意に動きながらも神威達はビールを開けていい気なものだという雰囲気ではあるが如何せん寒い。まだ材料を切る為に簡易の屋根付きテントの下に居る方がマシではないか。
この極寒の中ビールを飲む手さえ震えるのに強制参加とはとんだとばっちりである。
バイトを理由に断ることもできたがこの悪乗り企画を研究室で聴きつけたのか、高杉自らが家で夕飯を二人で摂っていた時に「お前も参加するのか?」と問うてきたのでこうした学生の行事ごとに一切関心の無い高杉が口にするのが珍しくてつい参加すると頷いて仕舞った。後からしてみれば先輩の態度からして強制参加ではあったのだが、それにしたって気温はマイナスである。
日中で僅かながらに陽があるとは云えこの場に居る全員が早く食べて早く解散したいに違いなかった。
「いいから箸動かせ・・・!減らさないと帰れねぇだろうが・・・!」
一人予算千五百円だが人数が多い。二十名以上も集まれば結構な量だ。あちこちで寒い、という聲と共にコンロの火が点かないなどという悲鳴もあがっている。ビールだって一本目を手にしてから誰も二本目を開けないような寒さである。
風邪を引かなければ万々歳と云ったところか。しかしこの学生の悪乗り企画が他の教授の耳にも入ったらしく悪乗りして予算が追加されてしまったので食材もビールも余っているのだ。
食べ終わるまで解散しない!と宣言した先輩でさえ凍えているのだから云わんこっちゃない。
なんとか箸を動かしながら肉を返し神威は焼き上がった分からもくもくと食べる。
背後で厨が「よくやった神威!お前が頼りだ!」とエールを送ってくるがそれも神威の知った事では無い。
( 一刻も早く片付けて早く帰りたい・・・ )
その一心である。
最早フードファイトと化しているのだが、その神威がもくもくと肉を消費するうちにテントの方で歓声があがった。
「なんだ?」
なんだなんだ?と焼肉を焼く係りと化していた他の連中もテントに注目し始める。
テントには研究室から借りてきた灯油ストーブがあるので暖かそうである。
既に寒さから避難する人で満杯のそのテントで女子がじゃーん!と聲をあげた。
「高杉センセイから肉の差し入れです!松坂牛二十人前!」
おおー!と歓声があがると同時にがっくりとした溜息もあがる。
「せめて暖かい屋根のある場所で喰いたかったー!」
正にその通りである。焼いた傍から肉が冷えるような場所で松坂牛を食すなど松坂牛に対する重大な冒涜である。
これは善意なのか嫌味なのか、高杉のことだからその両方であろうと推測は出来た。
この悪乗り企画を足蹴にすることなく「いいんじゃねぇの」なんて感想を寄越したからには高杉の学生時代もさぞこんな光景だったのだろう。其処に混ざれないのは悔しいが今高杉に近い位置にいるのは己だと云う自負が神威にもある。
( けど食べなきゃ帰れないよ・・・なぁ・・・ )
がくりとする。食べても食べても肉は減らない。その上焼いた端から冷めていく。
冷たい肉を食べる為にちっとも温まらない。鼻水を垂らしながらも神威はこの企画を恨みながら一刻も早く解放される為に現実的に箸を動かした。
「いけ!神威!十人前くらいお前ならできる!」
それは平時の屋根があって寒くない場所でのことだ。
十人前や二十人前くらい食べても平気な胃袋を神威は持っていたがこの寒さでは駄目だ。
手がかじかんで上手く肉が口に運べない。見兼ねた厨や他の面子が神威の口によってたかって肉を運ぶのを文句を云うのも面倒になって神威は只管に運ばれるそれを飲み込んだ。
そして決意する。
( 真冬に外で焼肉大会には絶対参加しない! )
畜生、絶対食ってやる。高杉の差し入れの松坂牛を喰い尽くしてやる。
何の意地なのかわからないが固い決意だけが神威をフードファイトへと誘った。
もう二度と参加しない。こんなことなら家でレポートを仕上げてバイトへ行った方がはるかにマシである。
強制参加なんて知るか、高杉の差し入れも知るか、次からは絶対NOだ!
そう神威が固い決意をするのにもかかわらず夏には炎天下の中、再び胃袋の限界に挑むことになるのだが、それはまた別の話である。



「で?食ったのか?」
家で半纏を着こみながら鼻水を啜る神威は案の定発熱している。
風邪である。
高杉は酷く愉快そうに、またこうなるのがわかっていたかのように手際良く神威の面倒を見た。
火鉢に薬缶を乗せ加湿もばっちりな居間に布団を敷いて待機しているあたり確信犯である。
「美味かったよ、松坂牛」
「十人前以上食ったって?」
ヒヒ、と楽しそうに高杉が笑うので朦朧とする頭で神威は自棄になりながらも堪えた。
ちなみに鼻声なので凄みは全く無い。
「もう当分肉はいらない」
少なくとも焼肉もビールも御免だ。お蔭で腹に来る風邪に当たって仕舞った。トイレと布団を行き来する羽目になったのだ。
勿論残りの参加者もテントに居た女子以外の大半は神威と似たり寄ったりの結果になったのだが、一つだけ違う点があるとすれば神威をこうした張本人の元凶である男が甲斐甲斐しく世話をしてくれることか。
ゲホ、と神威が咳き込めば喉に良い飲み物を入れ、粥要るかと問われたが当分何も口にはしたくない。
高杉が用意した薬を飲み額に氷嚢を乗せられて神威が寝入る暖かな布団の傍らで高杉が本を捲る音だけが響く。
古い家の居間で、火鉢の暖かさが染み入る部屋で、熱に浮かされながらも神威は時計のカチカチと動く静かな音と高杉が本を捲る微かな音のハーモニーを聴きながらうとうとと眠りに落ちた。


11:本と時計と
ハーモニー

お題「焼肉」

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