※お題03「06:午後のティータイムに」と「13:そして貴方と」の続き。
現代パラレル。神威=大学生。高杉=手紙の相手。同居後京都にて。


ピリリ、と軽快な音を立てメールの着信を告げたのは神威の携帯電話だ。
今時フィーチャーフォンである。そもそもスマートフォンだのなんだの神威には使いこなせる気がしないし、新しい端末を買う余裕も無い。一応神威も学生であるからして収入の為に週末バーでバイトを入れているが平日は只管レポート作成の為の資料に目を通すことが多く、一般の学生に比べて神威がバイトに割ける時間は少ない。そもそもこうなったのもひょんなことから神威は高杉晋助という学者に出遭ったことが始まりだ。元々神威の入った大学は言うなれば頭の悪い学生の巣窟のような学科でそれでもおざなりにあるレポート提出の為に神威が図書室で本を借りたことがきっかけだ。長らく神威は高杉と顔も知らずに文通をしていた。そして夏休みの初めに高杉の正体を知り、神威は高杉の所属する大学への編入を決めた。つまるところ高杉の大学はレベルが高い。だから勉学に手が抜けないのは辛いが、それでも概ね神威はこの生活が気に入っていた。
「・・・高杉からだ」
高杉は今留守だ。
既に季節は冬にかかっている。京都の冬は意外と寒い。周りが盆地で夏は暑くて冬は寒いという土地柄だ。
神威は鼻を赤くして歩きながら家路へと向かった。古い家の門構えは威圧的でそれだけで神威の居候先は名家なのだと伺い知れる。高杉の家だ。その家に神威は家賃一万円で高杉と同棲している。古い家はよく手入れされていて中も広い。実際高杉の家は古い旧家なのだそうだ。庭は広く一見街中にあるとは思えない静けさがある。高杉のメールを確認しながら神威は家の中へと入った。
古い家は寒い。寒いが慣れればどうにかやっていけないことは無い。
本ばかりの家は家主がいなければ少し寂しい佇まいだ。
肝心の家主は現在国外である。英国で開催されている学会に参加していた。
「あと一週間か・・・」
あと一週間は高杉は海外だ。既に日本を立って一週間。二週間の滞在だ。
長い不在に神威は溜息を漏らした。高杉の仕事はわりと移動が多い。あちこちで文献を調べたり検討したり、だ。動かせない文献もあるので直接現場に赴く。それでも今回の出張は長い。これほど長く高杉が家を空けたのは初めてである。神威も子供では無いのだから駄々を捏ねるつもりは無いが、高杉に聴きたいことは山程あった。主に今取り掛かっているレポートについて、だが。この手の事は修辞学の博士である高杉に訊いた方が余程わかりやすいのだ。そもそも己の頭の出来はそれほど良く無いと自覚している神威が無理をしてでも高杉の大学に居るのは高杉と居たいからであって、文学も確かに面白さや手応えを感じてきているが、まだまだ知識も理解も足りない。だから高杉の手が神威には必要だ。おかげで既に周りの大学の先輩や教授からは神威の認識は『高杉家の書生』である。
そのくらい神威は高杉の弟子的な位置に居て、勿論衣食住を高杉の世話になっているのだから当然と云えば当然であった。そして高杉も周りの人間に神威を弟子と称されて否定もしないので、これは満更ではないのではないかと神威は自惚れている。
カチカチと携帯電話のボタンを押しながら画面をスクロールさせて高杉のメールを確認すれば高杉らしい短い挨拶と時々やってくる猫の世話のこと、それから寒ければ納戸にある火鉢を出すようにという指示だった。ご丁寧に火鉢の使い方まで神威に細かく指示してあるのだから高杉様々だ。
「寒くなってきたから風邪を引かないように、か」
まるで先生だよなぁと神威はその文を見て一人ごちた。
先生には違いないのだ。毎回神威が提出するレポートの草稿に手を入れては高杉の万年筆で、ご丁寧に青いインクで考察が記載されて返される。マメにチェックされたそれは正直物凄く有り難い。あまりに莫迦っぽいことを書くと哀れな者でも見るような顔をされるので神威とて必死である。教授に提出するよりも先に高杉に草稿を見られる時の方が余程緊張するくらいだ。
けれども神威はそれが好きだった。知らないなら覚えればいい。恥ずかしいが神威は高杉ほどの知識は無い。でもいつかちゃんと高杉のレベルで話せるようになりたい。そんなことをつらつらと思い出すとあの几帳面な高杉の字が恋しくなる。
思えば神威と高杉の始まりは文字だった。
メモに青い文字で書いた言葉の羅列。デジタルツールが主体の今、アナログで遣り取りした短い手紙の数々。それが最初。
だから神威は高杉の字が好きだ。
丁寧で、高杉の性格を物語る様に几帳面でお手本のように綺麗なそれでいてちょっと色気のある文字。
煙草の匂いの染みた紙と、青い文字、高杉の癖がありありと見えるそれ。
( ・・・後で高杉の草稿を見よう )
あの文字が見たい。その前にメールだ。
「真面目にレポートしてますよ、と」
文字を打ち返しながら神威は高杉のメールをリプライする。
近況と、近所のおばさんが食事を心配して二日に一度は夕飯を運んでくれること、猫は昨日来て元気なこと、猫缶が足りなかったので居間にある貯金箱から代金を拝借したこと。掃除は日に一度朝起きた時に軽くしていること、様々な日常を神威は報告する。
カチカチと携帯電話のボタンを押す音が寒い家に響いた。
メールを返信してから神威は再び玄関へと向かう。
メールに夢中になるあまり新聞を取り損ねたのだ。
高杉宛ての郵便物もチェックしなければならない。時折急ぎのものが混じっているのだ。
神威は木製の郵便受けから新聞を取出し郵便物をチェックする。
その神威の前にひらりと紙が落ちた。
思わず拾えばクリスマスカラーの絵葉書だ。
「英国から・・・」
高杉である。
あの文字だ。宛先には神威の名がある。
神威宛ての葉書だ。
高杉らしい丁寧な字、神威が見たかったあの癖のある綺麗な字。
青いインクで、いつもの万年筆で書かれた文字だ。
其処には珍しく高杉の近況が書かれている。
あまり自分のことは語らない高杉だ。けれども其処には欲しかった文献が手に入って少し興奮した様子で文字が綴られていて神威は思わず笑って仕舞った。

それを大事に手にし神威は家へ戻る。
階段を上がり神威にと宛がわれた日当たりの良い部屋へと赴く。
寒くなってきたから高杉の云うように火鉢を出そう。
そうすれば通い猫も喜ぶに違いない。
一週間後、高杉が戻るまでにレポートを仕上げて驚かせてやろう。

「俺が欲しいもの、いつもわかるんだもんな、」

高杉はずるい。いつも洗練されている。
神威のそうした気持ちなど見透かされているに違いない。
でなければ高杉がわざわざ神威に絵葉書など送ってくることはなかっただろう。
それを想うと、参ったという気持ちとそれから堪らなく幸福な気持ちになる。
今はまだ神威は高杉に追いつかない。年齢も知識も地位も何もかも。
でも、いつかは一緒に行けるようになるといい。
神威が高杉を手伝って、文学の討論をして、古書に囲まれながら生きていければいい。
こんな風な生き方を神威は高杉に出遭うまで想像してもみなかった。
でも今はそれが神威の夢だ。必ず実現する将来の話。
永い将来設計だ。
そうしてずっとずっと高杉の傍に居られればいい。
そう神威は想いながらその絵葉書を窓辺に飾った。

窓辺には少し煙草の香りのする絵葉書。
色気のある貴方の青い文字。
癖のある
ユーガットメール。

お題「14:ユーガットメール」

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