02:昼

襖を開けた瞬間、また子は、ぎょっとした。
「・・・!」
見遣れば目の前に憧れの人と、最近辺りをうろつくようになった小賢しい餓鬼がぴたっと寄り添っているのだ。
「何してんスか!晋助様から退くっスよ!朝ごはんもたかって散々食ってあまつさえ晋助様に膝枕して貰うなんて図々しいにも程があるっス!」
神威である。
見目だけなら美少年とも美少女とも取れる青年であったが、何分中身が凶悪だ。
宇宙最強の戦闘種族夜兎の上に、第七師団という数少ない夜兎で構成された戦闘部隊を率いている、肩書だけなら『最強』と云える夜兎の中でもサラブレットのクソガキである。
そんな神威が、矢鱈高杉に懐いて仕舞って迷惑しているのは鬼兵隊一同である。
何せ食費がえげつないし、その上粗野で生意気だ。何より高杉の傍を離れないのもまた腹立たしい。
万斉や武市などは割り切っているようだったが、また子としてはこれは一番頂けない。
自分の!憧れの人と!べたべたべたべた目の前でされては腹も立つというものだ。
先程このクソガキと将棋に興じていたようだったのでまた子が気を効かせてお茶を持ってきてみればこれだ。勿論神威の分は無い。
膝枕である。ひざまくら!
あの高杉に膝枕をさせているのだこの餓鬼は!

「早く退くっス!汚い頭を退けるっスよ!」
茶を乗せた盆を脇に置き、銃を出しながらまた子が牽制をするが、そこで目を閉じていた神威がぱちりとその綺麗な眼を瞬かせ、そして不敵に哂った。
「退かない、今日はシンスケの膝は俺の」
「な、なななななななな何云ってるっスか!死ネ!寧ろ殺すっス!」
わなわなと細い身を震わせまた子が高杉を見遣れば、高杉は我関せずと云った様子でのんびりと煙管を燻らせるではないか。
これは駄目だと神威を引っ掴み高杉の膝から退かそうとするがこれがびくともしない。夜兎マジで殺す。
堪らず「晋助様!」とまた子が叫べば、高杉は煙を吐き出し一言云った。
「いーんだよ」

そう、仕方ないのである。
囲碁や将棋の類の卓上ゲームを神威に教えれば、神威はそれをみるみる覚えた。多少の手習いはあったようだが、定石の類を全く理解しない神威の手はシンプルだが、時々有り得ない手で高杉に勝つようになった。勿論ごく稀のことであったが、これはその代償である。
こうした勝負をする度に賭けをするのだ。
そして神威が勝てば高杉はひとつだけ云う事を聞いてやる。
大抵は一晩だとかの夜の誘いで、他には高杉から口付けて欲しいだとか今の様に膝枕だとか子供じみた要望もあった。
仕方なしに応じてやれば神威は酷く嬉しそうに高杉の膝に頭を乗せ高杉の邪魔をしないように大人しくしている。
高杉が何かしらの作業や読み物に向かっている時は弁えているのか神威は決まって大人しいので、それも云う事を聞いてやる一因にもなっていた。
「そ、あんたの出番は無いからさ、お茶置いたらとっとと出てってよ」
しっし、と神威が高杉の膝の上から手を遣ればまた子は全身をわなわなと震わせ、それから何か言いたげに口を開いては閉じ、そして「晋助様がいいと仰るなら・・・でもてめーは殺すっス!」という捨て台詞を吐いて部屋を辞した。

「うるさいねー、晋助の邪魔だって」
「てめぇも黙ってろ」
見上げれば頭上で高杉が煙を燻らせながら何かの書状を検めているようだった。
難しいことが書いてある上に達筆すぎて神威には理解できない。どうせ己は夜兎なのだから理解をする必要も無い。
居心地の良い膝に、最上の相手、そしてその男が戦場でさえ提供してくれるというのだから神威にとって楽園此処に極まれり、であった。
高杉にとって意外な手で勝った時は気分が良い、力比べでは神威の方が勝つに決まっていたが、こうした頭脳勝負で神威が勝つことは稀だ。だから酷く楽しかった。神威が勝った時、高杉は興味深そうに神威に意識を寄せる。普段は己のことなど意にも介さないような男の興味を惹けるのは愉快だ。
この不思議な男、高杉との勝負や賭け事を神威は好んでいる。
最初に持ちかけたのは高杉で乗ったのは神威だ。
そして高杉晋助という男は神威を飽きさせない。
これほど他人に夢中になったのは初めてだ。
だからもっと神威は高杉のことが知りたい。
奥の奥、底の底まで味わいたい。
( だから殺さない )
「夜は相手してくれるんでショ?」
「気が向けばな」
宥めるように頭を撫ぜられて、普段なら腹が立つ筈なのに高杉相手だと嬉しいのだから不思議だ。
( まだ殺さない )
「俺、武力百の駒になるよ」
自分が従順だとアピールすれば、高杉は呆れたように神威に視線を向けた。
「欠片も思っちゃいねぇ癖に」
「武力百なのは本当でショ、俺が力を貸してあげるんだ、この神威があんたの駒になってやると云ってる」
「そりゃ、有り難ぇこった」
「あ、ほんとに有り難いとか思ってない癖にー」
( 殺しては、いけない )
意味深に笑みを浮かべる男は酷く魅力的だ。
殺意と性欲が同時に同じ相手に湧くなんて神威には初めての事である。
( まだまだ、もっと )
深くまで。
この男を知らなければならない。
この地球種という辺境の蛮族の男、地獄に立つ奇妙に美しい崇高な男、そして何処か欠けているこの男を知らなければならない。
絶望と悲哀と、数多の血潮を浴びて咆哮を上げるこの男が知りたい。

( 知りたい、欲しい )
( いつか・・・ )
そして、いつか、この男の全てを手にすることを想う。
神威は既に自分のことなど目もくれない男を見遣った。
男の視線は遠く、遥か遠くの地獄を見据える。
その地獄で、どうやってこの男を己の地獄に引き込むか、穏やかな昼の最中に、考える。
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