※パラレル。高杉=商家の若旦那、神威=顧客
お題07「09:このあと滅茶苦茶」「10:溺れていく」の続き。


あの旅行は散々だった。
高杉は思い出しただけでぐったりするような疲労感に打ち震える。
そもそもあれに揺れて付き合ったのが失敗だった。
度々来る逸品の交渉にもう騙されない。目先の逸品に揺れない。
揺れてたまるか。

しかし、確かに神威の持ってくるモノは良い。
お蔭で定期的に開催される好事家の品評会での高杉の評価は上々である。
「そういえば高杉殿はご存知か?私も色々ルートを捜しているのだが、高杉屋さんは確か船団に夜兎の護衛船がついておられるのでしたな」
「それが?」
父の知り合いの収集家だ。無下にするわけにもいかず応じると、「実は・・・」と男が洩らした。
「華奥の傑作『終夜』を夜兎が所持しているのだとか、闇ルートで何年も前に回ったそうなのだが、夜兎の伝手でどうにかそれが手に入らないものか・・・」
終夜とは華奥の傑作のひとつで、花瓶だと訊いたことがある。
華奥とは襲名で歴史ある陶芸集団だ。その中でも『終夜』とは十五代目が作ったと云われる逸品で、そのいずれもが名器の為、名立たるものは収集家か美術館に収蔵されている。
「夜兎の伝手は生憎、わたくしめには御することが出来かねますが、機会が御座いましたら問うことくらいなら」と曖昧に返事をして高杉はその場を辞した。そもそも宇宙中を移動するあの神威がそんなものを所持しているわけでは無いので、大方どこぞの王家に着いた夜兎が貰ったとか持っていたとか、そういうのだろうと推測する。
それに一度闇ルートに出回って、まして出所が夜兎なんて噂されるものは眉唾だろうと高を括る。
だいたいそんなものが手に入るなら自分が欲しい。
( 有り得ねェな・・・ )
ぼんやり考えながら煙管を燻らせ、そのまま迎えにと寄越された夜兎の艦に乗り込んだ。

「・・・」
茫然とする。高杉は眼の前にあるものに茫然とした。
・・・あったよ。
さっき云っていたものが、あったよ。此処に。
( 在りやがった・・・! )
にこにこと高杉を出迎えた神威が珍しく略奪品を乗せていたのか、汚い艦内に不釣り合いなものが、でーんと鎮座している。
しかも神威の部屋に。
第七師団旗艦にある神威の部屋には何度か訪れているが以前は無かった筈だ。
洗濯物が雑多に放り出された部屋に、その華奥の逸品『終夜』の花瓶がある。花瓶というかこのサイズは壺と云えた。
一目見てわかるそれ。贋作も考えられたが、鑑定に出しても恐らく本物の可能性が非常に高い。
神威はにこにこと高杉を部屋に招き入れ、それから慣れた手付きで茶を注いでいた。
その茶器も何処かのコレクションで見た気がする。待て、お前そんなものを日常使いするな。
よくよく見れば神威の部屋のものは棚から何から喉から手が出るほど欲しい逸品ばかりだ。
「どういうこった・・・」
「え?何?なんか云った?」
「いや・・・」
思わず神威から目を逸らす。
この部屋には喉から手がでるほど欲しい伝説の逸品ばかりだ。
畜生、正に宝の持ち腐れである。
「これぇ、質素だけど何の壺だ?」
知らない振りを装って神威に問うた。
内心冷や汗を流しながら洗濯物が置かれた『終夜』の、どデカい花瓶に触れる。
間違いない、『終夜』である。華奥の傑作。金の価値では測れない名器だ。
「えー、俺も知らない、なんか適当ににあったから、高杉が知らないならそもそも俺が知るわけないじゃん」
ですよねー、てめぇが知るわけねぇよなー・・・。
遠い目をしながら神威が差し出した茶を受け取り、飲む。
意外に神威は茶などの作法は厳しく躾けられたのかきちんとしていた。
扱いは粗雑だが・・・。
( つか、これも白磁じゃねぇか・・・窯元調べりゃかなりのモンじゃねぇの・・・ )
茶を啜っていると神威がどうでも良さそうに口にした。
「なんか師匠の形見だよ、家族いないから俺が丸ごともらったんだ」
「へー・・・」
すっげー欲しい。
これ欲しい。正直喉から手が出る程欲しい。
しかし高杉が欲しいとわかると神威にまたH旅行(既に3回目)を強要されるので、御免こうむりたい。
散々神威にヤられてお蔭で思い出したくも無いあれやこれやそんなことまでヤったのだ。
忘れたい過去である。
故にこれを如何にだまし取るか、だ。そんな算段をしている高杉の隣で神威はにこにこと笑みを浮かべていた。
( やっぱり食らいついたか・・・ )
実のところ神威もその価値を知ってる。
先日、師であった夜王鳳仙の形見を丸ごと引き継いだのだ。
色々と口煩かった師のことだ、さぞかし良い物を持っているのだろうと思って鑑定をさせたら矢張り神威の想像通りだった。
( 高杉、これ欲しいんだろうなー・・・)
ちらりと、神威は高杉を横目で見遣る。
何でも無さそうに茶を啜っているが高杉の魂胆が見え見えだ。
( でも旅行は嫌なんだろうなー・・・ )
既に三度旅行と云う名の拉致を神威は高杉に行っているが、気持良いことしかしていないのだからイイくせに高杉は自分がヤられる側だというのが屈辱なのか( まあ、俺なら耐えられない )未だ神威に気を許した気配は無い。
だからこその餌だ。
この逸品揃いの神威の部屋を見てどう出るか。
( さあ、どうする? )
神威がにやりと口端を上げた時に高杉が仕掛けてきた。

「これ、いらねーんじゃねぇの?ウチの蔵にでもいれとくか?」
( 来た・・・! )
高杉が動いた。さもどうでも良さそうに花瓶を指差す。
神威はにこやかに切り返した。
「え?いいの?えー・・・でもこれゴミ箱にちょうどよくて」
「ゴミっ・・・!」
何てことをするのか、と動揺する高杉に畳みかける神威。
鼻を啜った紙を花瓶目掛けて投げる。
神威にはその程度の価値である。花なんか活けるわけもないし飾る趣味も無いのでゴミ箱だ。
しかしそれを許せる高杉では無い。思わずキャッチした。
空中で、花瓶に入ろうとする紙クズをキャッチした。

「あ・・・」
バレた。これでこの花瓶が価値があるものだとバレた。
バレるも何も、そもそも神威は知っていてやったのだが、高杉はまんまと神威の思惑に引っかかっている。
面白いのでそのまま神威は高杉の動向を見守る為に知らない振りを続けた。
「ねぇ・・・ひょっとして、高杉・・・」
「・・・なんでもねぇよ、これ寄越せよ」
ストレートだ。直球である。
云いたくないと口を閉ざす様は年不相応に愛らしいものではあったが、欲望がダダ漏れである。
( やっぱ欲しいんじゃんか・・・ )
普段はポーカーフェイスだったが、骨董を前にすると高杉はわかりやすかった。
焦らすように神威は笑みを浮かべる。
「どーしよーかなー・・・」
「旅行ならいかねぇからな」
「んー・・・じゃあお金以外で高杉の気持ちがほしいなァ」
( そうきたか・・・ )
バレて仕舞っては仕方無い。
仕方無いので高杉は目を閉じた。
腹を括る。
だってこれは逸品だ。逸品の為であってこいつの為じゃない。
唇を寄せて、口付けて「それだけ?」と問う年下の男にもう一度キスをする。
舌を絡めてそいつの膝に乗って・・・。
( 噫・・・畜生・・・! )

結局、こうなるのだ。
神威は酷く機嫌が良さそうに高杉の身体を弄る。
それを受け入れながらも負けた気がして、精一杯虚勢を張る。

「・・・まいどご贔屓に、ッ・・・!」
中を抉られれば駄目だ。受け入れることに慣れた身体はびくびくと無様に反応する。
はあ、と息を洩らしながら高杉はどうにかその快感を逃がした。
「次もお待ちしてますって?高杉は誘い上手だなぁ」
ぐり、と抉られて悲鳴が嬌声に代わりそうになる。
そもそも主導権をこんなガキに握られているのが癪だ。
震える膝を立たせて、餓鬼の上で腰を振る。
「ちっ、くしょ・・・!」
気持ちイイから癪だ。
神威の突き上げが堪らなくて、落ちそうになるが、堪える。
落ちて堪るか。
( 噫クソ、俺ぁ根っからの商売人だからよ・・・ )
「う、あッ・・・ッ」
「ココ?」
「ふざけ、んなァッ」
軽く達しながらも神威に突っかかる。
( 絶対、てめぇとの関係を認めるわけにはいかねぇ )
不埒を働く餓鬼のナニを受け入れながらも、高杉はそのクソガキに精一杯の意地を張る。
甘い感覚に、じわじわと痺れるような快楽に、僅かに期待していることにを認めまいと。
ともすれば「もっと」なんて強請りそうになるような感覚を堪えて。
意地悪く己を揺らし、まるでそれが本物みたいに全身を愛撫するこのクソ餓鬼に揺らされながら、甘い言葉など洩らすまいと高杉は唇を噛み締めながら達した。


17:毎度、ご贔屓に


「まー流石、鳳仙の旦那だよネ、いいの持ってるや」
気絶した高杉を抱えながら神威は大理石の廊下を歩いた。
此処は夜王鳳仙の遺した小惑星の一つだ。
後ろから腹心である阿伏兎を筆頭に部下が歩いている様はさぞ圧巻であろう。
しかし、それ以上に神威の背後には値打ちものばかりが、ずらっと回廊の奥にまで並んでいる。
その全てが鳳仙の遺品だ。献上品も多くあることから鳳仙の所蔵の価値は計り知れない。
「これであと何回高杉とHできるだろう」
ぼそりと呟いた神威の言葉に腹心である阿伏兎は閉口しながらも気絶して運ばれる男の命運に、些か同情した。

その後、この所蔵を見た高杉が絶句した後に放った言葉は高杉らしからぬ迷言であった。
この量を手に入れようと思ったらどれほどの数クソガキと寝る羽目になるのか、考えたら眩暈がする。
しかし欲しい。しかしヤりたくは無い。
もうこんなの結婚の勢いだ。結婚なんて冗談じゃない。そもそもこんな量こなせるか。他の交渉方法を見出したいが、眼の前の男には通用すまい。
「ぶ・・・分割で・・・」
思わず出た高杉の言葉に神威にこりと笑って云い放つ。

「俺はいつも一括払いなんだ」
いつもにこにこ現金払い、一括の男は紛うことなき、次代の夜王だった。

お題「ラブホテル」

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