※※パラレル。高杉＝商家の若旦那、神威＝顧客 高杉の家は代々商家である。 祖父の代で宇宙に上がり今ではそれなりに名の通った宇宙の移動都市（コロニー）を所持する商家だ。 商いのことならなんでも、武器から食糧、あらゆる日用品まで取り扱う。宇宙は危険も多いが、幼いころから地球に数えるほどしか降りたことの無い高杉にとってはこのコロニーこそが我が家であった。商い益々繁盛。根っからの商人の家系である。 屋号を高杉屋と云った。 今日も今日とて高杉屋に出入りする船は多い。仕入れの商船から、卸問屋、そして多くの客が出入りする。 小規模とはいえ高杉屋は船団を持つコロニーだ。中には宿泊施設や娯楽施設、住居も兼ね備えた天候操作型の疑似惑星の作りになっているので小さな街が形成されている。 地球の江戸の町を模した其処はちょっとした観光スポットとしても人気の場所だった。 「それで、今日は何の取引でぇ？」 煙管を吸うのは高杉屋の若旦那である高杉晋助である。 眼の前には神威だ。この宇宙では知らぬ者がいないほどの大物。否、裏社会随一のお尋ね者の一人である宇宙海賊春雨、第七師団団長神威である。第七師団というのは春雨の中でも実戦重視の白兵戦部隊だ。つまり宇宙最大のシンジケートが抱える最大規模の戦力を保有する宇宙の掃除屋のことを指す。この春雨第七師団団長である男は年の若い未だ少年と云えるような年頃の餓鬼である。 しかし神威は夜兎だ。宇宙最強と云われるほどの力を持つ種族のひとり。その夜兎で構成された部隊の長。 この子供が、と最初こそ信じられなかったが一度神威の力を目の当たりにすれば信じるしかない。 そしてその神威にひょんなことから気に入られ、この高杉屋との取引が始まった。 神威は高杉の有力な顧客の一人である。 そして高杉は前回この高杉が若旦那として持つ顧客の中では最上の客、神威と寝た。そして色々あって腹いせに支払う額だった十倍の請求をしたのだが、なんと神威は、それを払って仕舞ったのである。 春雨第七師団に落とされた星系の話題は少し前まで有名だったが、それを聴く度に高杉の胃はきりきりとしたものだ。 何せその略奪した資金の一部が高杉のポケットマネーに入っている。ちなみに後味が悪くて店にも云えず、結局お金ごと高杉の胸の内だ。云って実行するとは思ってもみなかった。まさかこの餓鬼がその金を調達するとは思わなかった。ちょっとした腹いせだ。 相場の十倍を吹っかけたのだから払う筈も無い。しかし三ヶ月後、神威は払った。いつもにこにこ現金払いの夜兎様様である。 返すとも云えず高杉はなんとも居心地の悪い気分を味わっている。 そもそも神威は高杉と性的な意味で寝たいと笑顔且つ真顔で云うような餓鬼だ。 これではまるで自分が金でこの餓鬼にしてやられたようで、矢張りあの選択は失敗だったのだと高杉は思い知った。 たった三ヶ月で小なりとはいえ星系を落としたのだ。全くもって夜兎の道は明るい。 宇宙最強を紛れも無く証明した神威の執心が目下、己だと云うことが高杉にとって最大のファンタジーである。 「うん、高杉骨董好きだったよネ」 そう。確かに高杉は骨董が好きだ。趣味が高じて集めたものの一部を骨董屋として別で店を持っているほどには好きだ。 『鬼兵隊』と名付けた店は道楽で始めたことだが、軌道に乗ってその筋ではわりと有名な店になりつつある。 勿論、門外不出の一品は高杉の所蔵品として大事に仕舞ってある。売りものとは別だ。商いの世界ではこうした好事家の付き合いや品評会などもあるので父の推奨もあって始めたことだが遣り始めると中々どうして、奥が深いこの世界に高杉は魅了された。 「・・・そうだが、なンだよ」 投げ遣りに高杉が答えると神威は背後の部下に目線をやり、夜兎にしては丁重な手付きで運ばれたそれに高杉は目を見開いた。 「重松・・・」 そう、この筋では有名な作家だ。歴史ある作家では無い。百五十年ほど前に地球から宇宙へ出て、独自の創作を続けた陶芸家の作品である。彼の才能は地球にだけに留まらず宇宙でも評価された。数多くを遺したとは云えないその作品の値は今では法外なものまである。思わずそれに触れる。 慎重に・・・重松の作品は多岐に渡るが、これは大物だ。箱である。陶器製の箱はいくつかあったが、これほどのサイズは観たことがない。紛い物かとも思ったが重松独特の七色の色彩は今でも再現不可能だと云われるほどの逸品だ。 裏を見れば、銘が打ってある。晩年の作だ。 下手をすれば歴史的にも価値のある作品なのではないかとさえ思う。 「これ何処で・・・」 「この間任務で行った先にあったからさ、他にも色々あったから高杉が好きかと思って持ってきたんだ」 ずら、と出されたのは逸品ばかりだ。こんなのどこぞの貴族だとか王家を襲撃しなければ見つからないようなものばかりだ。 出所を訊くのは憚られる。盗品かと暗に神威に問えば「違う」と首を振るので安堵する。鑑定書付きだった。 「命助けてあげる代わりに呉れるっていうから、貰ったンだけど」 「すげぇ・・・重松、廬参に、九鬼・・・初春の原書まで・・・」 収集家であれば喉から手が出る程欲しいコレクションである。 ばばっと、顔を上げ値段の交渉に入る。 すると神威は待ってましたと云わんばかりに高杉に笑みを浮かべた。 「十」という数字を広げられる。 「できればこれ以上かなー、俺的には物を壊さずに運ぶって結構大変だったし」 「億かよ、吹っかけすぎだろ」 いくらなんでも値段が飛びすぎている。貴重だと云っても総額で二〜三億というところだ。 好事家の間では評価されるものだが一般的にはそれほど価値の無いものもある。 細かい鑑定で正しく査定すればいい。見積もりを作ろうとしたところで神威が首を振った。 「十日」 「は？」 「だから十日」 「・・・」 茫然とその数字を見遣る高杉に業を煮やしたのか神威は、ずいっと高杉に近付いた。 高杉の耳元に甘い聲で囁く。 「高杉の時間を十日呉れたらあげる」 あげるって何だ？これ全部か？このコレクション全てか。 （ こいつ・・・！ ） やばい、揺れる。 しかし云っている意味がわからない高杉では無い。 「ちょっと行ったところに良い温泉地があってさ、其処行こうよ」 要約するとこうだ。一見何でも無い旅行の誘いだが、こいつの本心はこうだ。 『これ、あげる代わりにＨ旅行に行こう』・・・だ。 神威の腹が読めるだけに高杉は絶句する。 そもそも二度目は無い。 あの一回だけだと高杉は思っている。 「まあ苦労に見合う報酬が俺も欲しいし・・・」 一回だけだ。 それにこんな体力だけがある異種族の餓鬼なんざと寝る為にというか始終エロいことしてそうな旅行なんて冗談じゃない。 男同士手に手をとってお花畑など御免である。 「ちなみに俺がそれを拒否したら？何処に流す？」 いっそのことそんな旅行に行くくらいなら何処かに流してもらって多少高くついても買い戻す方がいい。 そんな算段を高杉が口にすれば神威はにこりと笑って云った。 「壊す」 「は？」 「壊すよ、俺には価値の無いものだし、いらないから壊して捨てるかなぁ」 「・・・！」 脅迫である。 高杉が同行しなければ壊すと云っているのだ。 失えばもう二度と手に入らないであろう逸品を。 そして神威の顔を見て高杉は確信した。 （ こいつは絶対やる・・・ ） 壊すと云ったら壊す。神威には価値の無いものなのだから平気で今手にしたものを落として壊すだろう。 「・・・野蛮人」 「なんとでも」 にこりと笑う神威の顔が整っているだけに腹立たしい。 そして重松の逸品を手に高杉に迫る。 「十日」 「九日」 「十日」 「八日」 「・・・なんで其処で日数が減るかな」 「俺にも予定ってモンがあらぁ、店にどやされる」 「仕方無いなぁ、じゃあ明日から九日、オーケイ？」 「クソガキ・・・」 「じゃ、明日迎えに来るから、九日間ヨロシク」 契約の証と云わんばかりに口に降る口付けを拭いながら高杉は息を洩らす。 こんな筈ではなかった。こんな筈ではなかったが、またこのパターンだ。 畜生。あの餓鬼交渉がなんだかわかってやがる。 冗談じゃない。このままこんな関係がずるずる続いたら身が持たない。 男としての矜持もぼろぼろだ。 けれども、応じる己の胸中に、うんざりしながらもスクリーンに投影された晴れ晴れとした空を高杉は見上げた。 09：このあと滅茶苦茶セックスした |
お題「若旦那続き」 |
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