※お題05「14:夜刀神の神域」「18:大陸妖怪御一行様」の続き。神威を拾った高杉。 高杉は夜刀神(やとのかみ)である。夜刀神と云うからには元来古くから在る蛇神の化身であった。 齢五百を数える妖怪と神そのどちらにも属する神仙であった。 そして先日高杉が自身の土地で傷つき倒れた子供の妖を拾った。その名を神威と云う。 成り行きから世話をしたが、この神威、中国に於いて大陸を巻き込む程の仙界大戦をけしかけた檮杌(とうこつ)という種の神話に登場する四凶の一つであったのだから堪らない。まさか己の拾った餓鬼がそれほど危険な妖怪とは知らず自身の神域に招いたことを後悔したが、それだけでは済まなかった。檮杌の群れが主である神威を捜して大挙して高杉の神域に押し寄せたのだ。 結局それは神威の仲立ちがあって現在は神威が傷を癒しある程度成長するまで、と期限付きで高杉の神域に神威が率いていた檮杌の集団、第七師団ごと受け入れるに至る。 * 目下のところ上手くはいっている。 上手くいっているのだと高杉は逆に溜息を吐いた。 高杉の身の回りの世話をして長い鬼兵隊と云われる妖たちもそんな高杉に何も云えない。 檮杌の群れをまるまる高杉の神域で引き受けたのだ。といってもその半数は大陸での土地の防衛にと一定の周期で入れ替えているようだったが、それでも檮杌が五十もいれば小さな精や妖が怯えるのも無理は無い。 当初神威の部下である阿伏兎という男と交わした約束により、細心の注意を払ってもらい、神域内での殺生は禁じてあるので諍いは無かったが、それでも矢張り動揺はある。 周囲の動揺を治めつつ、高杉は第七師団に神域の離れの土地を与えた。そして主である神威を己の水の社に住まわせて所謂人質の体を取ることによって漸く神域内が収まってきたのだ。 けれどもそれが上手くいっている為に高杉は困った。 檮杌が高杉の神域に居る。その気配だけで近隣の土地の主はひっそりと自身の神域をしっかりと閉じ、おかげで周囲の外敵に成り得るもの達からの侵略の心配がなくなったが、土地の霊的圧力が高まって仕舞い、現世との均衡が取りにくい。 神威一人なら強大と云っても然程苦労はなかったが五十もの檮杌では無理も無かった。 力仕事などは体力を持て余している第七師団に依頼すれば快くやってくれるのは便利だったが、問題は均衡のとり方と、神威である。 「おい・・・毎度云ってるがな・・・クソ餓鬼・・・」 「なに?」 ぴょこんと尻尾を出して下手な擬態をするのは神威である。 未だに人に化けるのが苦手で尻尾が出ているのがなんとも情けないが、これが既に大陸の三分の一を制した群れの長であり最強の檮杌の血筋を引く御曹司だというのだから無様である。 「いい加減てめぇの部屋に帰りやがれ・・・」 これまでは神威の部屋は治療にと使った繭の揺り籠の間の前であったが、この度神威達第七師団を土地に受け入れるにあたって体裁だけでも神威は人質の体を成している以上、それなりの部屋を宛がう他無い。来客用にと置いた社の離れを神威に与えたのだがこの子供、その離れの間で眠るのでは無く夜毎高杉の寝室に来るのが常であった。 「ええと、夜這い?」 「そういうのは雌とやれ」 雄である。神威は雄の幼体で高杉は雄の成体であるからして双方雄である。 雄であるからして神威の望むような生殖行為は不可能である。 「いいじゃん、ほらニンゲンならたまに同性でもシてるし」 「云うじゃねぇか、だが俺ぁ人間じゃねぇし、てめぇも人間にも成り切れてねぇ餓鬼だ」 ぎゅう、と高杉が神威の人型の姿から出ている尻尾を掴めば神威が悲鳴をあげた。 ぎゃん、と叫ぶあたりがまだまだ子供なのだ。 「それに餓鬼なんかとヤる趣味はねぇよ」 「力尽くでも?」 暗に己の方が強い妖だと誇示する神威に高杉は今度こそ哂った。 手にした煙管の煙を神威に吹きかけてやる。 「やってみるか?餓鬼」 神威が成体であれば高杉とて勝てぬであろう。それはわかる。けれども高杉と神威では歳が違いすぎる。 妖怪の類は基本的に生きた年齢で力を左右する。長生きすればするほど強くなるのだ。 神威はいかな檮杌の御曹司といえども齢百程度の童である。対して高杉は齢五百を超える大妖怪なのだ。 今の神威が相手ならば高杉に分があるのは明白であった。 故に力尽くでも神威は高杉には敵わぬ。それが分かるだけに神威も「ちぇ、」と舌打ちするに留まった。 結果がわかる程度には聡明であるらしい。 「じゃあ、どうしたらヤらせてくれるのさ、あんたの身体を俺が甘噛みしたり舐めれば満足スル?」 何処で覚えるのか、或いは本能なのか、とんだマセ餓鬼である。 「もう少し色気でもありゃあな」 「イロケ?」 「てめぇにゃそれが無ぇって云ってンだよ」 コン、と神威の額を爪先で弾けば神威の珊瑚色の髪が揺れた。 人間に擬態すると云っても神威は高杉の様に変幻自在というわけにはいかない。高杉は気分次第で男にも女にも童にも翁にもなれたが、下手なのか、神威は今の姿しか取れないのだそうだ。その癖油断すると直ぐ尻尾が出る。明らかに人間です、と云うには不格好な変化である。 しかしなまじ人の姿が酷く整っているので周りの者の中には神威が高杉の稚児だと誤解している者も居る始末だ。 稚児にするには色気もへったくれも無いしそもそも高杉は稚児を持つような趣味は無い。 傍回りの手伝いならば水の精がするし、何か足りないものがあれば鬼兵隊に命じれば良い。だから稚児など不要である。 まして夜の褥の相手までさせていると思われては堪らない。 「イロケがあったらヤらせてくれる?」 無邪気に問うのは餓鬼の証拠である。 「いいから帰れ」 高杉は溜息を零しながら神威を寝室の御簾から追い出す作業に取り掛かったがこれが中々骨が折れる。 何せ力だけは強いのだ。 ぎりぎり、と御簾から出るのを嫌がって高杉を押し返す神威に高杉はふと思い出す。 この人型では無く元の檮杌の姿に権現した時のことだ。 ( あれにはぞくりとした ) 悪くなかった。 背後で禍々しいまでの力を放ち、本来の姿に権現し本能をむき出しにして咆哮する様は美しかった。 ( 餓鬼だ、童だと思っていたが・・・ ) 「いやだって、ねーお願い高杉!」 ぎゅうと己にしがみ付く様は童そのものであるが、それでも本能のままに荒ぶればこの子供は高杉の神域の半分は吹き飛ばせる力を持っているのだ。 「仕方あるめぇ・・・今夜だけだからな」 駄々を捏ねれば通ると思っている可愛い子供。 水の精を労わる気持ちと大差ない。 尻尾が揺れる様が正直でなんと愛らしく、また情けないことか。 「ヘンなことしたら叩き出すからな」 「はあい」 返事だけは良いのもまた白々しい。 すかさず己の尻に指を這わせてくるクソガキの手を叩きながら、高杉は今夜もこの餓鬼と同衾かと胸の内で溜息を吐いた。 しがみ付く子供は確かに美しい。 純粋に凶悪で戦うことしか知らぬ種のこども。 美しい珊瑚の髪と宝石のような蒼の瞳を持つ、クソ餓鬼だ。 さらさらと高杉の指から零れる珊瑚の髪は絹糸のように綺麗だった。 これが大きくなればさぞや物凄い大妖になるのだろう。 いずれは大陸を支配できるような力を持つ子供。それを想うと僅かに高杉は鼓動が早まるのを感じた。 それは本能的な恐怖か、或いはいつか己を言葉通り抱くのか、それとも力のままに殺すのか、危うさのある互いの関係が高杉の中にある本能を刺激する。神威こそ力ある凶悪な種であったが高杉もまた闘争の多い蛇神なのだ。 ( そのうちな・・・ ) 成程、色気が無いと云ったがそれは撤回しよう。 この餓鬼は本能が剥き出しの方が余程色気がある。 もう少し妖として大成したのならば応じてやってもいいかと珍しくも柄にも無いことを想いながら高杉はその童の頭を撫でた。 04:蛇と交わるゆめ |
お題「妖怪続き」 |
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