※妖怪パラレル。神威=中国から来た妖怪、高杉=日本の妖怪。
wiki等で調べましたが適当なので雰囲気で読み流して頂けましたら。

古来よりどの世界にも神仙妖怪の類の目撃例はあるが此処にその二例を紹介したいと思う。
妖怪と定義するには些か、或いは神の部類に属すると云われている夜刀神(やとのかみ)、角を持つ蛇神で土地を守護する。土地を荒らす者が現れると祟り見た者、その一族が死に絶えると云われている夜の眷属である。
そしてもう一つが大陸の妖怪、神話に登場し中国に於いて四凶の一つとされる虎に似た身体に人の頭、猪牙に流し尻尾を持つ檮杌(とうこつ)である。尊大で頑固な気性を持ち、暴れ、戦いの中で退くことを知らず死ぬまで戦うと云われている妖である。
これはこの二つの妖怪の話である。



高杉は五百年以上の歳月を生きる夜刀神である。蛇神であるからして身体は蛇なのだが昨今の妖の事情というのは少し複雑だ。
先代の時代では神や妖怪の類の方が未だ強く高杉が今のような強さを持つ以前の幼体で在った頃などはまだ世間は幕府では無く朝廷が取り仕切っていた時代だ。その頃は妖怪の類も多く都に跋扈したものであったが、人間が数を増やすにつれ特に巨大なものから駆逐され、方々に追いやられて仕舞った。昨今では妖怪はまやかしの類だと触れ回られ多少の信仰はあるものの住みにくい世にはなったものだ。何せこの戦国の世も収まろうかという時代に一度本来の姿で権現しようものならば人間との諍いは避けられまい。仕方無しに高杉は己の住処、即ち結界のある神域から出る時には無用の争いを避けてやる為に人間の姿を取るのだった。
勿論高杉とてそれには不快感を覚える。狭まってきた神域内でも最近では場所を取り過ぎて地に根を張った状態で権現しているというのにこれ以上縮こまってどうするというのか。師として仰いできた先代が眠りについて久しいこの地を守るのが高杉の仕事であり存在意義である。そしてその場所を近頃人間が徐々に奪い始めていた。戦乱を起こし、その末に山を切り崩し、獣を追い立て、樹を切り、神霊を刻み己が糧として仕舞う浅はかさに高杉は眉を顰める。
これも人の業である。いっそのことこれ以上この状態が酷くなる一方だというのなら害虫にも等しい人間を滅ぼしてやろうとさえ高杉は思っているがその都度、神域で目覚めることの無い眠りについたかつての師が人という小さき者をこよなく愛していたことを思い出し高杉は踏みとどまっているのだ。
荒ぶる神に成るなかれ、そう最後に云われた師の言葉を高杉は忠実に守っている。だからこそこうして人に擬態して高杉は己の土地に住まう獣や妖怪の様子を見て回り必要であれば保護しているのだ。
神域と常世、同じ空間に二つの場所がある。人ならざる者で力があればどちらも行き来できるが常世の生き物は常世にしか存在できない。これを干渉と呼ぶ。この干渉の拮抗が最近乱れているのだ。
時折誤って常世から神域に入って仕舞う迷い人もいたがそれは極稀なことだ。
巨大な力を持つ者が神域に干渉して空間に揺らぎが出来て気付けば異界である神域に迷い込んでしまう。
高杉は時折そうして迷いこむ人を常世に返してやったり、逆に神域に入ることもできない小さな妖怪達や保護しなければ消滅してしまうような幼い神霊を神域に入れてやり常世と隔離して或る程度力が付くまで育ててやるのがこの何百年か専らの仕事であった。
『お館様、オヤカタサマ』
お館様と囁くのは小さな朝露の精だ。
陽が昇りきる頃には消えて仕舞う儚い命であったが翌朝には再び生を受ける御霊である。
その小さな精たちが口々に露を震わせる。
山伏の格好をした高杉は神域に人が迷ったか、或いは他の妖がこの地に入り気を乱そうとしているのかと少し気を張った。
朝露の精が案内する場所に足を運べば、山の木々の影に一つの塊がある。
「こりゃあ・・・」
人の形をしているがまるで獣の様だ。獣の匂いがするそれは明らかにこの高杉の治める地にはいない者である。
ところどころ深い裂傷が見られ姿こそ少年から青年になろうかという姿であったが、まだ子供のようであった。
本来の姿で云うと幼体なのであろう。現に弱っている所為か長いふさふさとした尻尾だけは股の間を通り腹を守るように丸まっている。
くうくうと寝付くその姿に毒気を抜かれて仕舞い、このままでは死ぬであろうことは高杉にもわかるので止む無く神域の扉を開けてやった。常ならばこのような得体のしれない妖怪を招き入れることは有り得ないのだが、相手は子供である。
見たことも無いような鮮やかな珊瑚色の毛並みの子供だ。諍いを仕掛けに来た土地を追われた祟り神や妖怪の類かもしれぬがそれも子供と思えば哀れにもなる。同情の気持ちもあり己の神域へ招いてやることにした。
怪我が治るまでは面倒を診てやる。後は好きにすればいい。高杉の土地を狙って争うようならば夜刀神である高杉が神域の主として相手に成るがまだ子供、その力も無いだろうと高杉は判断して神域へ戻った。
この判断が後々に大きく影響するとはその時の高杉には露ほども思っていなかったのである。



目覚めたとき神威はふわふわとした場所にいた。
心地良い絹の揺り籠だ。こんなに心地良いのは初めてであったので思わず喉を鳴らし神威はその心地良さに揺蕩った。
夢の中で誰かが神威に何かを飲ませ、もっととせがんだ気もする。まるで母の乳を強請るように神威は眠りながらそれを貪った。
そして徐々に意識がはっきりしてきた時、己が今居る場所が水の社、即ち夜刀神の治める水の地であることを知ったのだ。
「此処、何処?」
ごしごしと神威が目を擦ればやんわりと頭を小突かれた。
今は神威は人型である。半端に人化した所為か化生してしまった尻尾を揺らしながら問えば「俺の家」と答えられた。
「あんた誰?あんたが俺を助けたの?」
起きたばかりで舌足らずな口調をする神威に相手は僅かに笑みを洩らし、それから「そうだ」と返事を寄越した。
漸く確りと覚醒してきた頭で周囲を見れば神威の目の前には黒い濡れ羽の髪の男が一人いる。
人間かとも思ったが違う、これは強い者だ。ひそりと見え隠れする気の力に神威は毛を逆立てるように警戒する。
けれどもそれもあっさりと解かれた。
「俺ぁ高杉ってえんだ、此処の者にはお館様とも云われているがな、好きに呼べ」
がしがしと頭を撫でられてそれで神威は気が付いた。夢現の時に何かを飲ませたのはこの妖だ。
今思えばあれは薬だったかと神威は得心する。
即ち神威が状況を整理するに、この高杉という妖が神威を助けたのだろう。
それを察し力を抜いた。
「怪我が治るまでは面倒みてやる、手ぇ出せ」
そう云われて己の腕を出せば高杉は縛っていた布を替え、それから皮膚に何かの薬を塗りつけた。
染みるが神威の傷はお蔭で快方に向かっているらしい。
要するに神威はこの妖の気紛れで助かったのだ。
( 多分、強い )
( ・・・凄く・・・ )
そう、恐らく眼の前の神威にとっては見知らぬ妖怪は強い。うっすらと見える影から何か夜の獣の眷属のようだったがこの神域の主というだけあって巨大な力を感じる。
強い者と見ると見境なく殺り合いたくなるのが神威の性分であったが、今はまだ傷が完治しておらず挑んでも叩き潰されるであろうことが簡単にわかるので、それならば怪我が治るまで面倒をみるという相手の言葉に甘えることにした。
「何の妖怪だ?お前・・・否、神霊に近いのか?」
「あんたも妖怪だか神仙だかわからない匂いがする」
「此処らじゃみない面だな」
それはそうだろう。神威は遠い場所から来たのだ。
彷徨っていたら随分遠くまで来てしまったらしい。
「あんたは夜の眷属?形は蛇かな・・・」
「夜刀神ってぇんだ、てめぇは?名前はなんて云う?」
高杉の治療を受けながらも神威はうつらうつらしてくる。
眠気が神威を襲ってくるのだ。どうにもこの神域の温度は厳しい気温の中で育った神威には心地良くていけない。
きっと蓬莱山だとか崑崙の仙人の住まう場所はこんな風に心地良いのだろうが、それと同じような清浄な空気が此処にはあった。
きっと何年も何百年もこの神域では大きな争いが無かったのだろう。土地が潤っているのだ。だからこんなに場が安定している。
「神威、」
かむい、と答えれば高杉は腕を再び白い布で縛り直し、絹の揺り籠を優しく揺らした。
「いくつでぇ?」
年か?どうにかうつらうつらしながらも神威は答えた。
「百越えたくらい・・・」
「餓鬼じゃねぇか・・・何処から来た?」
その問いにどうにか「大陸から」と神威は答えついに絹の揺り籠で本格的に睡眠の体勢になって仕舞う。
今にして思えばこの揺り籠は治療用の気が満ちているのだろう。
流れてくる清廉な力を感じながらも神威は想う。
今は未だ戦わない。
このお館様と呼ばれる不思議な蛇神と戦わない。
戦わないのなら、傷が癒えるまで相手の出方を伺い、様子を見よう。
こうして絹の揺り籠に包まれながら心地良く昼寝を愉しみたいというのが本音のところでもある。
傷ついている所為でとてつもなく眠いというのもあった。
普段の神威らしからぬ大人しさで神威はこの水の社の居心地の良さにすっかり慣れて仕舞うのだった。


14:夜刀神の神域

お題「あやかし」

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