※「14:夜刀神の神域」の続き。神威を拾った高杉。 高杉は夜刀神(やとのかみ)という角を持った蛇の神である。妖というよりは神仙に近い能力を持つ存在であったが故に己の土地を守護するという特性を併せ持つ。その高杉が拾った妖の名を神威と云った。 高杉が生まれてから今までの間に朝廷が力を揮っていた時代は終わり幕府に権力が移り、今や都は妖が住み辛くなった。そんな時代である。一度力を持つ妖怪の類が権現しようものなら脆弱な存在だが数だけは多い人間達が群れを成して討伐に来る。 ならば妖怪共が手を組んで争えば簡単に人を支配できそうなものだが、この妖怪という存在は簡単に他の種族とは相容れない。 それぞれの気性や特性がはっきりしており、人と同じように善も悪も併せ持つ者もいれば、どちらかひとつに寄る種族もある。 それ故に妖怪は一丸となるのが難しい。それぞれの土地の主が各々の領土を常世と神域の両方を管理し己の領域が侵されれば人に領域の境界を覚えさせるために争う。争いがすぎて本来の妖怪の実体を権現すれば人によって駆逐され、或いは簡単には駆逐されぬ程の強い力を持つ主であれば常世を明け渡し神域の扉を閉じることもあったが、大抵は祟り神になり野に下る。 そんな時世の中、高杉は先代の望みを忠実に守り、多少の諍いはあっても上手く己が地を治めていた。 何も敵は人ばかりでは無い。 人に土地を明け渡せば好き放題に山を崩し、樹を切り畑を作って仕舞う。そして次第に妖や神霊の類が浄化していた土地を枯らして仕舞うが、他の土地を追われた妖がこの地に流れてくることもあった。友好的な種ならば土地の一部を与え住まわせ己の眷属にすることもあったが相手が友好的で無い場合もある。 その多くは高杉の土地を奪う為に争いをしかけ、数百年ほど前にも無視できない争いが神域内で起こったこともある。 それ故に高杉は己の土地に入る者を厳しく見張り、そして害がないとわかれば放置し、害がある者が近付けば直ぐ様威嚇するということを繰り返していた。 この神威と名乗る妖が成体の雄であれば高杉も警戒したのだが、如何せん子供である。 現に神威は意図的に人型を取っているのでは無く、人型になると少年とも青年ともつかぬ年齢に化生するようだった。 高杉ほど長く生きれば人に化生するのも年齢も性別も思いのままであったがその操作が未だ神威は上手くできないようである。 気を抜けば直ぐ、本体である獣の姿の尻尾が人型の尻からひょっこり出ているのだからこれを間抜けと云わずなんというのか。 つまり毒気を抜かれてしまったのである。 霊気からしてかなりの強い妖か或いは神霊や神仙の類なのだろうが、それでも傷ついた神威を無視することもできずつい、自分の神域の水の社に怪我が治るまでという条件付きで招いて仕舞った。 そしてその神威を招いたのが失敗である。 高杉は目の前の光景に頭を抱えた。 神域の中でも神威も高杉も一応人型を取っている。 神威の理由は不明だが、恐らく本来の姿を見られたくないのだと高杉は考えている、高杉の場合は単純に己の身体が大きいからであった。大蛇の形を成す己の本体は近頃では狭まってきたこの神域内でも大きすぎる。移動も小回りがきかぬ・・・のである程度本体が大きくなってからは人型を取るようにしている。この方が動きやすいし、尚且つ敵対種が高杉を小者だと油断するので敵を仕留め易いというのもあった。 否、問題は神威である。 「おい、クソ餓鬼、それは冬の蓄えだっつってんだろ・・・!」 この神威、甚く高杉の神域が気に入ったのか好き放題なのだ。 否、勝手をするにはするのだが、それが何とも子供染みている。 治療にと貸してやった絹の繭の揺り籠は神代の時代からこの地に在る有り難い代物であったが、その揺り籠を傷が殆ど癒えた今でも昼寝用にと使うわ、社の維持の為に働く小さな水の精や光の精達の仕事を邪魔して追いかけるわ、夜になれば高杉の褥に入ってくるわ、挙句この餓鬼は燃費が恐ろしく悪いのだ。つまりよく食べるのである。 お蔭で秋を前にして冬の蓄えにまで手を付けられて仕舞った。 直ぐ様立ち行かなくなるような高杉の神域では無いが、それでも予定というものがある。今し方神威が口にしたものは祭り用の神饌であり、おいそれと口にするものでは無い。高杉ですら古の御霊にそれを捧げた後、清めて口にするような有り難いものであるというのにこの餓鬼はそれを喰ったのだ。 「おい、コラ殺すぞ」 首根っこを摑まえれば神威は人型に無様に化生した己の尻尾を股に入れる。項垂れているところを見ると一応悪いとは思っているようだが、その後に続く言葉が「お腹が空いちゃって」であるので高杉は矢張りこのクソ餓鬼を殴ることにした。 「チッ、喰っちまったもんは仕方あるめぇ、まだ予備でいくつか樹に生ってるだろう、罰としててめぇで取ってきやがれ」 「だって美味しそうだったんだもの」 「だってじゃねぇ!動けるようになったなら、ちったあ働け!穀潰し!」 ごん、と頭を殴ればぐちぐち云いながらも神威は高杉に従った。 大陸育ちの所為なのか神威は奔放すぎる。いつまでも野性の幼さのまま何事にも全力なので些か困った。 そして待てよ、と高杉は思う。 ( あいつ俺が監督しねぇと樹の実全部獲っちまうんじゃねぇだろうな・・・ ) 考えれば考えるほど当たりの予感がして、高杉は溜息を吐きながら前を歩く神威の後に続いた。 何もかも一から躾けなければならないこちらの身にもなって欲しい。齢五百年を超えたところで子育てをするとは思わなかった。 * 神威がにこにこと笑みを浮かべて高杉に指示された実を樹から獲る。 樹には沢山実が生っているのに高杉は三つだけ、と指示を出した。 残りは次の為においておくのだという。それが神威にはわからない。これほどあるのなら全部毟れば良いと思うが高杉はそうしない。わからないなりに高杉のことは気に入っているので神威は従った。 神威を助けた高杉という蛇神はなんとも色っぽくて綺麗だ。神威が生まれて初めて遭遇した種類の種である。 頭が良く、土地を守護するのが本能の種らしく、土地を見回り、人とも妖とも比較的上手くやっている。それになんと云っても高杉は神威の雄を刺激した。なんというか良い匂いがするのだ。雌ならばよかったのに残念ながら高杉は雄の成体である。そればかりは神威にはどうにも出来ない。芽生えたばかりの性的衝動をぶつけたくても相手は魔性の蛇神であり、神威より遥かに年上で尚且つ非常に強い力を持つ神だ。故に手出しもできず夜毎に高杉の寝室に入り込んでは追い出されるという醜態を神威は繰り返しているのだが、近頃ではその持久戦が功を成したのか高杉は神威を追い返すこともなく招き入れてくれることもあるので神威は概ね満足している。神威の望む性的交合は皆無であったが、褥に入れてくれるだけでもマシと云えばそうか。 高杉は神威が今まで遭ったどの種とも違う。 故郷を追われ放浪したが高杉程魅力的な種に出逢ったのは初めてだ。大陸を出て本当に良かったと神威は思っている。 「そういやお前、故郷には帰らねぇのか?」 もう良くなってきただろ、と暗に傷のことを云われて神威は困ったように顔を顰めた。 「うーん、故郷はもう無いしなぁ・・・」 「無い?」 「あり?云ってなかったっけ?俺の故郷はニンゲンがやってきて住み始めてから砂漠になっちゃって住めなくなったから俺此処まで逃れてきたんだ」 その言葉を聴いて胸が痛んだのは高杉である。 故郷を追われた幼体の妖であればさぞ生きにくいだろうという想像もできる。実際高杉も先代が拾って呉れなければ野垂れ死んでいたに違いないので、神威の心情を察してか、少し態度が柔らかくなった。 が、これは誤解である。 神威と高杉の間には大きな誤解がある。 「その生き残りってことか」 「うん」 と神威は頷いた。事実には違いないが、実際はその間がある。神威は故郷が砂漠になったのでもっと住み良い崑崙か蓬莱山で神仙の土地を奪おうと仙界大戦を挑んだのだ。結果力が足りずにこんな場所まで流されて仕舞ったのだが、己の力を過信していた神威の完敗であった。少なくとももう少し成長して力を付けねば勝てない相手がいる。仙人など一瞬で殺せると思ったがなかなかどうして、強敵がいるものでいつか再び仙界全土を巻き込んだ大戦を仕掛けようと思っているが、目下のところその為に成長するのが大事だと神威は認識を改めたのだ。 それに神威とて最低限の礼くらいある。少なからず己の命を助けてくれた高杉には借りがあるのでこの神域では争うまいという義理堅さも一応持ち合わせていた。それ以上に初めて見た辺境の地の蛇神である高杉に対して性的欲求が勝っているのだが。 高杉としてはそんな神威が少し哀れである。生まれ育った地を人間に枯らされ、土地を追われ、大きな傷を負った最後の種、他は全滅したか散り散りになったかそれはわからないが神威が孤独なのは哀れである。異国の地で頼るものも無いこの子供が高杉の前だけはその凶暴さの形を顰めているのも誤解の種だった。 想像だけで同情してしまってつい、大事な神饌の実をもう一つもいでこの餓鬼にくれてやろうかと思った瞬間それは起こる。 「!!」 巨大な気配だ。 何者かが己の神域を開こうとしている。 咄嗟に高杉が本来の姿を権現させようとするが、神威の方が早かった。 権現したのだ。初めて見る神威の姿は獣と人の肉体を持ち、牙を生やし吼える。 その咆哮は天をも割き、高杉が咄嗟に神域の扉を開けなければ神威は結界をその獣の爪で割いていただろう。 己を守るためなのか神威のその行動に高杉は眼を瞠り、それから神威を追うように神域の外へと向かう。 そして外へ出て広がる光景に我が目を疑った。 神威と対峙しているのは同じ種なのだ。 「おい・・・こらぁどういうこった?」 先程までの闘牙は消え、神威は罰が悪そうに高杉に振り返った。 「確かてめぇは生き残りだって・・・」 てっきり一人だと思っていたのだが・・・思っていたのは高杉だけのようである。 「あー・・・見つかっちゃったか・・・思ったより速かったね、阿伏兎」 阿伏兎と呼ばれた雄は神威に襲い掛からんばかりの勢いで己が苦労を語る。 「速いじゃねぇよ!この莫迦団長!俺達がどんだけ苦労して探したと思いやがる!?大陸中探して見つからねぇからこんな辺境まで足を伸ばしてみりゃ、これだ!いい加減にしやがれ!」 余程の苦労があったのだろう、阿伏兎と呼ばれた者やその後ろに控える者達に疲労が見える。 「うーん、ごめんネ、ちょっと俺も弱ってたからさぁ」 「別にいい、てめぇが見つかったなら話は早ぇ、直に鳳仙の旦那もお陀仏だ、てめぇに立ってもらわねぇと示しがつかねぇ、さっさと戻って大戦の開戦と行こうぜ、団長、それとも後ろの奴を先に殺った方がいいのか?」 そこで高杉に全ての視線が集まる。 高杉は流石に冷や汗を掻いた。 まずい、初めて目にしたが、書物では目にしたことがある。 大陸の妖怪の中でも神話に登場する四凶の一つ。 「檮杌(トウコツ)たぁ聴いてねぇぞ・・・クソ餓鬼ぃ・・・」 尊大で頑固な気性を持ち、暴れ、戦いの中で退くことを知らず死ぬまで戦うという戦うことしか知らぬ種ではないか。 確かに力のある妖だとは思っていたがこれほどとは思ってもいなかった。 これほど強力な種で、しかも絶滅には瀕しているのだろうが、未だにこれだけの数が居る・・・高杉の目の前には優に百近くの檮杌の群れである。最悪だ。己は何と云うものを神域に引き入れたのか。 最悪でも神域の扉を閉ざして高杉が礎となり土地を封印せねばなるまい、でなければ先代の護った地が消滅して仕舞う。 この数では勝てない。なんとか封印する方法を高杉は画策しながらもじりじりと警戒を露わにした。 阿伏兎という男は神威の合図があれば直ぐ様、高杉を殺すだろう。その前に封じなければならない。 高杉がいくら齢五百年を越えた蛇神であろうともこの数を相手に勝てる筈は無い。 じり、と汗が流れる、高杉が構えたところで神威が動いた。 「これは駄目」 しん、と辺りが静まり返る。 「高杉は俺の恩人なんだ、俺、高杉がいなきゃ多分死んでたし、」 その言葉を受けて阿伏兎が「ったー!」と呻いたと思うと人型に化生した。それに倣って次々と他の檮杌も人型になる。 「で、我らが団長サマはどうしたいと仰るんで?」 物々しい言い方に漸く状況が掴めてきた高杉は、ごん、と音が鳴るほど神威の頭を殴った。 「オイ、説明しろ、クソガキ」 それに目を見開いたのは阿伏兎達である。 神威は殴られたというのに怒るでも殺すでも無くへらへら笑っているのだ。 「うん、俺第七師団ってとこの団長なんだ、俺この中でもかなり強い血族の出でさぁ・・・」 所謂御曹司である。生まれついて何かの王になることが決まっている子供だ。 血統の強さというのは確かに神霊の存在した年数よりも遥かに強く力の有無を左右することがある。 「それで土地から出て仙界の仙人共に戦いを挑んだんだけど敗けちゃって、此処まで流れてきちゃってさー、あ、土地が砂漠になったっていうのは本当なんだけど」 しかしこの数の檮杌である。それの上に君臨するこの餓鬼がどれ程悪食なのか高杉はすでにわかっている。 「つかてめぇの食い過ぎで砂漠になったんじゃねぇだろうな!」 「あはは」 アハハと笑う神威と高杉の様子に唖然としたのは阿伏兎達である。 とりあえず己の主はこの神域の持ち主に甚く尽しているらしいその様子に不承不承、部下達にこの神域での殺生を禁じた。 神威の様子から当分此処を離れる気は無いらしいとわかったからだ。 * 結果どうなったというと、高杉は何物も傷付けないという誓約を神威達にさせ、神威を追ってきた檮杌達を己の神域に受け入れた。 勿論他の者を怖がらせない為に人型に化生すると約束させて、その上で土地の一部を与え、己の眷属では無いが協力体制を築くことになったのだ。 「いつまで此処にいるつもりだ?団長?確かに此処は良い場所だがな・・・」 奪う気も無いではぬるま湯である。阿伏兎は呆れながらも先日の台風で倒れた樹を片付け神域の管理を手伝っている。 確かにこの地は崑崙や蓬莱山もかくやというほど住み良い場所だ。空気は清浄で水も豊富、食べ物も沢山あるとくれば充分である。 これほどの地を奪わずにいるという神威の方が信じられない。 「いいじゃん、俺もまだ力が足りないし、幸い此処は力を高めるにはいい場所だし、暫く空を駆ければ大陸には戻れるんだし、奪った土地は未だ俺達のものなんだろ?」 その通りだ。神威の覇権は未だ途中ではあるがその力の影響力は強い。 神威は既に大陸の三分の一を制覇している大妖怪なのだ。子供であるが故に神威の成長を考えると神威に付き従う者の期待は大きい。その神威は目下高杉という蛇神に夢中なのである。 しかも相手は雄だ。 「あーあー、好きにしやがれ、この莫迦団長!色呆けしてんじゃねぇぞ!」 と阿伏兎が作業に戻ろうとしたときに神威が口を開いた。 「ねぇ、阿伏兎・・・蛇と性交する方法って知ってる?」 あまりのことに阿伏兎の開いた口が塞がらない。 もう勝手にして欲しい。どうにでもなれ。知るか! 「知るかよ!莫迦ーーーーー!」 こうして束の間の平和な一時が訪れるのであった。 ちなみにその後、人型で性交すればいいということに気付いた神威が高杉の寝所を訪れるのだが、それはまた別の話。 18:大陸妖怪御一行様 |
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