※[ 02:予想外な始まり ][ 04:予定外の出来事 ]続き。美大生高杉さんとチャラい神威の現代パラレル。


そのまま神威がずるずると居着くのは予想外のことだった。
既に三週間近く神威はあれから高杉の家に居続けている。
高杉も高杉で大して気にもしていない。課題もあるのでモデルが常に近くにいるということは良いことだ。
だから咎めることも無くなんとなく同棲して仕舞った。
食事は高杉が要るかと問えば頷くが聲をかけないときは神威が何処からか調達しているようだった。
その殆どが牛丼であったりカレーであったり即席麺であったりしたのだが、男所帯だ。高杉とて滅多に自炊はしないのだから気にはならない。気にはならないが時々目が醒めた時にいないので三週目に入った今週、高杉は神威の生活を注意深く観察してみた。
普段高杉がいない時、神威が家に居る場合は適当に高杉が学校の知り合いから借りてきたゲームを万斉から何かの催しの際に懸賞品で貰ったゲーム機で再生してプレイしているようだったし、ノートパソコンもあるので神威はそれを弄ったりしているようだ。
あとは専ら携帯を弄っていることが多い。何台持っているのかわからないがごてごてと飾った携帯電話を神威はいくつも所持していた。
そしてその携帯が鳴るとベランダに出て何事か話している。
調べてみたがだいたい週末の夜に二、三日神威は出掛けるようだった。
けれども朝方どんな時間であっても神威は帰ってくる。高杉も不規則な生活をしているので帰宅が朝の四時だろうが五時だろうが気にはならないがとにかく神威は外へ出たとしても毎日必ず此処に帰宅した。
そうしたことがあって高杉は久しぶりにデザインのバイトが空いたので神威を夕食に誘ってみる。
快諾されたのでワインを開けながら珍しく自分で自炊することにした。と云っても凝ったものは出来ない。簡単なアンティパストを用意して、それからパスタを茹でて新鮮な卵と肉厚のベーコン、にんにくを刻んでカルボナーラを作る。生クリームは混ぜない。シンプルな味に仕上げたものだ。胡椒とたっぷりのチーズを下ろして和えれば出来上がりだ。神威と生活してわかったことだが神威は高杉の三倍は食べる。優に五人分の量を用意すれば神威が嬉しそうに顔に笑みを浮かべるものだから現金なものだ。

「で、お前何してんだ?普段」
「何って?」
食べながら問うてみれば神威は高杉の問いの意図を理解できていないようだ。
「ゲームのこと?バイオハザードならさっきタイムアタックをフルコンボでクリアしたけど」
「ちげーよ、そうじゃなくて」
「じゃなくて?」
「だから職業」
お金は持っている様である。部屋にあるコンビニの袋には菓子類が沢山あるのだ。昨日までは無かったのだから今朝買ってきたのだろう。衣服も最初は高杉のものを借りていたが僅かに神威の私物も増えてきた。つまり神威は何かしらの仕事はしているらしい。
「ああ、」
得心したように神威が頷く。それから高杉のカルボナーラを美味しいと頬張りながら答えた。
「ホスト」
「ホスト?」
そう、と神威が頷いた。
「ホストしてるんだ、俺、今は週二か週三くらいだけど服とかは店に置いてあるし」
ごめん香水とか臭かった?と神威が問うのでいいやと高杉が答える。
道理で朝帰宅するときは直ぐ様浴室へ直行しているわけだ。
気にはならなかったがホストと云われれば漸く得心がいった。

そしてなんとこの同棲生活は二ヶ月目に突入するのである。
その頃には課題の神威の絵も仕上がり学内で絶賛されてモデルは誰かと色んな人間に問われたものだが高杉は答えなかった。
万斉は特にしつこかったが教える気にはなれなかったのだ。
そして高杉はその後も卒業制作に向けて継続して神威にモデルを頼んだ。神威は快諾したが矢張り条件は高杉と寝ることであるのでずるずるとあまり考えたくもないが恋人のような同棲生活を続けていることになる。
高杉も特定の彼女はいないし、今は絵に集中したい。男と寝ることにも慣れた。慣れたと云うか悔しいが神威は上手い。相性の問題もあるかもしれないが行為が気持ち良いのも確かだ。なまじ顔が綺麗なのもいけない。ついあの天然タラシに迫られると絆されてしまうのだ。けれども付き合っているわけでも無いというのが高杉の認識であり互いの認識でもある筈だった。だから気にはならなかったが問題は神威である。
ある日万斉の所属する会社のデザインのバイトで神威が欲しがっていた発売前のゲームが関係者向けに公開されるというので誘おうと神威の携帯に電話をかけたのだ。都合がつかないのなら別にいいしそれならば帰りが遅くなると伝える為だった。神威が今日の夜仕事かどうかも確認したい。だから神威の携帯にかけたのだが繋がらない。ちなみに神威の携帯電話の番号を高杉は四つほど教えて貰っていたがそのどれもに通じなかった。
高杉から神威の携帯にかけることは滅多に無かったが携帯には直ぐ出る神威の電話が繋がらないのは妙である。
付き合いもあるし仕方無いので高杉は結局繋がらない携帯を諦めて朝方までプレレセプションに参加した。
会場が用意した部屋で少し仮眠を取ってタクシーで家に着く頃には酔いも醒めてきたのだが、不意に神威のことを思い出す。
電話が繋がらないということはもう神威は帰ってこないかもしれないとも思った。
元々互いの素性も明かしていないし肉体関係こそあれど、生活のペースも別々だ。互いにあまり干渉しないのもある。
けれども神威は必ず毎日高杉の家に帰ってくる。だからこそこの関係は成り立っていた。
二ヶ月以上もこんな生活を続ければ互いに慣れてきて半分同居人のようなものだ。だから明日も明後日も来週も居るものだと漠然と高杉は思っていたがそうでは無い。神威は猫のような気紛れさで此処にいるだけだ。
神威がいなくなれば部屋は以前のようにシンプルになり、毎日のように高杉がコンビニの袋を片付けなくてもいい、朝方に帰ってくる相手の為に玄関を開ける必要も無いだろう。でもモデルは困る。神威が帰ってこないとなれば卒業制作をどうするか・・・そんなことをエレベーターの中で高杉はつらつらと考える。そうしているうちにエレベーターのドアが開き、そして居住する階のフロアに三つしかないドアの一つに人影を見つけた。
「神威・・・」
「おかえり」
朝の十時になろうかという時間だ。
そのドアの前に神威は立っている。随分長く待っていたのだろうか、少し疲れているようだった。
「どのくらい待ってた?つかマンションのオートロックはどうやって?」
「五、六時間くらいかな、オートロックなんて適当に誰かの後に続けば入れるよ」
成程、しかし五時間以上待っていたというのには驚きだ。
「携帯どうした?」
かけたが繋がらなかったと云えば神威は頷く。
「解約されたから」
「解約?自分名義じゃなかったのか?」
そう問えば神威は困ったように頷いた。
「俺身分証持ってないんだよネ、だから女の子が適当に買ってくれたの使っててさ」
「だから何台も持ってたのか・・・」
呆れたように部屋の鍵を開けながら高杉が問えば神威は頷いた。
それにしても身分証が無いとはどういうことか、まさか不法入国でもしたんじゃないだろうかという考えさえ高杉に過る。何せ神威の顔は日本人離れしている。目の色からして百歩譲ってもハーフだろうとは思っていたが、面倒なことにならないだろうかと一瞬高杉は思うが神威の顔を見ていればそれすらもどうでもよく成るから不思議である。
「まあ止められてもいいかなって、店には云ってるし」
「俺ぁよくねぇよ、だいたい何で解約されたんだ?」
高杉がキッチンに向かい珈琲を淹れながら問う。面倒なのでフィルターを通さず今日はインスタントだ。
こうなるなら珈琲を外で買ってくれば良かったと思いながらも高杉は神威の分の珈琲も用意した。
「うーん、俺此処最近ずっと高杉のとこに居るでショ」
「それが何か問題か?」
「うん、まあこの二ヶ月あんまり仕事も行ってないし、女の子の家にも順番に行ってたけどなんか面倒になって連絡ぶっちしてたら俺に彼女が他に出来たと思われて携帯の契約切られちゃったんだよネ」
成程、確かにそうである。神威の身から出た錆であるが、ホストに投資していた女からすれば怒るのも当然であった。
えへへと笑う天然タラシは全く堪えていないらしい。
それに呆れながらも高杉は今しがた淹れた珈琲を二口ほど啜り、それから玄関に向かった。
「もう十時だから開いてるだろ」
「何処か行くの?」
「携帯屋」

見るに見かねてである。
それに連絡がつかないと不便だ。どうせ神威はまだ高杉の家に居座るのだろう。
高杉としても卒業製作を描きあげるまでは神威の所在は知っておきたい。
出ていくにしろ、居続けるにしろ、携帯は必要だ。
手近な携帯会社の営業所に赴き、最新機種で直ぐに用意できるものを一台高杉の名義で買い求めた。
色は黒でいいだろう。黒い薄いフォルムのスマートフォンを手渡し特典らしき諸々の何かも神威に持たせた。
勿論一括購入だ。
神威が財布を取出し罰が悪そうに高杉に口を開く。
「あー・・・ごめん今お金足りないから週末まで待って」
神威の財布を見れば二千円だ。財布こそブランドものだったかそれも自分で買ったものでは無いのだろうということがはっきりわかる。あまりの切なさに高杉はどうでもよくなって「別にいい」とだけ答えた。
「本体は払ってやる、ただし使用料はてめぇで払え」
これでは己は神威に携帯を与えた女と同じだ。そんな己に辟易しながらもけじめのために使用料は自分で払うことを約束させる。
家賃も何も神威からは取っていないが今月からは神威の携帯代だけは請求させてもらう。
「いいか、必ず払えよ、払えないならウチに帰ってくるな」
「うん、わかった、大丈夫だって」
へらへら笑う様がつくづくチャラい。しかし神威の顔が規格外に出来が良いだけにどうでもよくなる。
此処まで顔が整っているとつくづく得である。神威のようにいい加減でも生きていけるのだ。
そんな神威に呆れながらも高杉は前を歩き出し、それから立ち止まって神威に振り返った。

「そうだ、これやるよ」

高杉が神威に投げて寄越したのは家の鍵だ。
受け取った神威は驚いた顔をし、それから高杉の後ろに続いて歩き出す。
何処へ帰るかって、勿論家に決まってる。

「俺、これ大事にする」
珍しくそんなことを云うので高杉はだんだん愉快な気持ちになってきた。
どっちを大事にするのか、携帯電話か、それとも家の鍵か。
訊くのも野暮な気がしてばたばたと高杉の後ろを歩く理想的なモデルを高杉は振り返った。


05:想定外の携帯電話

お題「珊瑚色」

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