※美大生高杉さんとチャラい神威の現代パラレル。


「モデル?」
「そう、一人立てねばならん」
高杉は手にしていたキャンバスの枠を外し壁に立て掛けた。新しく下地を貼る為に再利用するのだ。
立て掛けた壁には乾いた絵具がいくつもついていて既に壁そのものが年代物のアートである。
そもそも建物が古いのだから仕方ない。仕方が無いが、高杉はいつもの古い教室で久しぶりに遭った幼馴染の言葉を問い返した。
桂が云うには次の課題でモデルを用意しなければならないらしい。大学で美術を専攻している身なので仕方の無いことであったが、この課題というのが曲者なのだ。つまり、今期をそれに費やすのだそうだ。学期が終わるまで残り二月はあるのに今更用意しろと云われても困る。
「面倒くせぇ・・・」
「それは貴様が休むからだろう」
さもありなんという風に云われれば高杉はぐうの音も出ない。
バイトで手掛けていたウインドウデザインの仕事がひと段落ついたので久しぶりに登校してみればこれだ。
「めぇるに書いて送ったが・・・」
古風なことを好む桂も最近ついに携帯を手に入れた。どうしても必要な事態が出来たらしいが、そもそも携帯が必要でなかったお前の人生の方が余程不思議だと高杉は思う。
「あの読みにくいやつか」
そういえばそんなことを書いてあったような、とも思うが如何せん高杉はメールの管理は杜撰だ。幼馴染のように携帯を扱えないわけではなかったが、殆ど連絡用でメールなどに返信をするのも稀であるから人のことは云えないのである。
「ともかく伝えたぞ、次の授業から今期はずっと描くのだそうだ」
「つまり明日じゃねぇか・・・」
描かねば単位は無い、と云われて高杉は顔を顰める。
教授の助手の真似事をしているような桂だからとっくにモデルは用意できているのだろうが、一体誰だろうか、どうせ他科の手が空いていそうな誰かを捕まえたのだろうが、ともかく同じ大学で時間の融通が利く相手を今から見繕わなければどうにもならない。
「俺はエリザベスだ」
「誰だよ」
外人か?交換留学生でそんなのいたっけか?と高杉が首を傾げるが、桂はふははははと高笑いを上げ、勝ち組と云わんばかりに教室を後にする。それを呆れたように見送りながら誰か居たかと高杉は携帯の電話帳を開いた。
「万斉は・・・無理だな・・・」
バイトの関係で知り合ったが奴は遣り始めた音楽の作曲やプロデュースの仕事が軌道に乗ってそれどころでは無いだろう。学期全部を潰すということは最低でも二ヶ月間週二、三回以上教室に顔を出すか、二週間から一月の間高杉が放課後なり空いた時間に集中して仕上げるかのどちらかができる相手でなければいけない。河上万斉という男はそれほど暇では無い。
割りの良いバイトを紹介してくれるので高杉としても付き合い易い相手ではあったが、無理なものは無理である。
携帯のメモリに入っている電話帳を捲っていると来島また子の名前が出てくる。他科で彼女は服飾コースの筈だ。高杉がモデルを捜していると云えば一も二も無く彼女は頷くであろうが、その調子で授業すら休みかねないのでそれを想像すると高杉は眉を顰めた。彼女は最終手段にしたい。
自分の所為で単位を棒に振らせるのは後味が悪い。
それに、と高杉は想う。
どうせなら描きたい被写体は男がいい。朝方までかかっていた数週間に渡って手がけたディスプレイの仕事が万斉の紹介であったが故に美少女と銘打たれたものであったのでこの数週間女子しか見ていないのだ。あれやこれやとパーツから組み立て色んなパターンを製作し、テーマが水着であったので余計にうんざりである。
だから今度は男がいい。男といってもどちらかというと中性的な、顔の綺麗なのがいい、ユニセックスな雰囲気だと尚更だ。
そんな相手が誰かいないかと高杉が想い巡らせていると、不意に天啓が下ったように思い当った。
「そういや居たな・・・」
通学するときに偶に擦れ違う綺麗なのが。
家が近くなのか時々擦れ違う。だいたい大学の角のコンビニあたりで通る奴だ。
( あれなんか理想的じゃねぇ? )
よく顔を見たわけではないが、雰囲気が高杉の求めるものにぴったりである。
思い出して高杉はそのまま新しいキャンパスを放り出し大学の門を出た。

「ま、都合よく居るわけねぇか・・・」
そう、世の中そう上手くは行かない。次の授業は明日だ。それまでにモデルを確保しなければならない。
通りは閑散としていて人の気配すらない。コンビニの店員が退屈そうに欠伸をしているのがガラス越しに見える。
夕焼けが直に夜を運んでくる。
このまま夜まで待つことも考えたがそろそろマンションへ帰らないとバイトが忙しく何日も家を空けているので郵便受けのチェックすらしていないのだ。
それに通るか通らないかわからないような人間を待つのもばからしい。
高杉は煙草を一本取出し、コンビニの前に置かれた灰皿の前で火を点けた。
( 一本だけ・・・ )
一本だけだ。この一本が無くなるまでに通らなかったら諦めて誰か他を当たる。最悪銀時か、また子に頼むしかないだろう。
銀時の場合は金をせびられそうだと高杉は顔を顰めながら煙草を燻らせた。
ゆっくり吸ったそれが最後の灰を落した時、空は夜色になっている。
わずかに夕焼けが遠くに見え、高杉がその場を発とうとした時にそいつは訪れた。

「お前・・・」
さらさらとした珊瑚色の長い髪を一つに編んでいやに白い肌の、まるで白磁の人形のような美貌の男。
女と云われれば信じてしまいそうなほど中性的な美貌であったが、少年のような青年のようなそういった不可思議な雰囲気のあるそいつ。
高杉は思わずその男の肩を掴んだ。
「モデルになってくれ」
これで相手が女であれば完全にナンパである。否、男でもこれは紛うことなきナンパには違いないのだが、唐突に前触れも無く高杉が発した言葉に相手は怯むことなくその青い眼を瞬かせた。
「モデル?」
「二ヶ月かそこら週三くれぇでそこの大学に顔出してくれりゃいい、忙しいなら二週間か一月俺の家に来てくれりゃ・・・」
「別にいいけど・・・」
即答だ。けれども続きがある。
いいけど、と云ってから奴はにやりと笑った。
そして云ったのだ。予想だにもしない言葉を、奴は、神威は云った。


「アンタが俺と寝てくれたらね」


02:予想外な始まり

お題「キャンパス」

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