※[ 02:予想外な始まり ]続き。美大生高杉さんとチャラい神威の現代パラレル。


「アンタが俺と寝てくれたらね」

突然のその言葉に高杉は頭が一瞬真っ白になる。真っ白になったが、目の前の相手があまりにも自然に云うのでなんとなく腑に落ちて仕舞った。
「寝るって寝場所を借りる、とかじゃねぇよな・・・」
「うーん、それもあるけど俺宿無しだし、ま、それはいいや、俺と寝る?寝ない?」
唐突に云う男に高杉は眉を顰める。だが彼の出した条件はそれである。
寝るか寝ないか。よくよく考えるとモデルするのに相手と寝るというのも妙な話である。妙な話でもあるが、それが奇妙に納得できるような説得力のある男だった。それに求めているのはユニセックスなモデルである。相手の顔をまじまじと眺めながら高杉は問うた。
「寝るのはかまわねぇよ、それで、手前と寝たらモデル引き受けてくれんだろうな?」
スルのならこちらも徹底的に描かせてもらう。課題だからでは無い。高杉はこの男を真剣に描きたいのだ。その為には一ミリだって妥協はしない。体重だってきっちり管理するつもりで暗にかなりハードだと匂わせても相手は一向に怯まない。
「勿論、ヌードでもなんでも、アンタの好きなように」
その言葉に、高杉は頷きその男を己のマンションに引き入れた。

「いいトコに住んでるんだ」
神威がマンションのエントランスを潜って居住の階を押す高杉に云う。
「ああ、まあ別に、普通だろ」
オートロックのタワー型マンションだ。一階にはロビーもある。ジムや会議室もあるマンションは神威の目線からすればいわゆる高級住宅だ。それが普通だというのだから神威は少し目を瞬かせ高杉を見た。
「伯父貴が勝手に寄越すんだよ、断るのも面倒だから使ってる」
「ふうん」
成程、苦々しげに語る様を見ると高杉なりに家の事情というものがあるらしい。
それを口にはせず神威はドアを開ける高杉の後に続いた。
中に入れば矢張り想像通りだ。1LDKなのに広い。三段ほどの短い階段のあるロフトがあるが高杉は其処にベッドを置いて生活しているようだった。区切るものも何も無い広い部屋。その部屋に大型液晶テレビや最低限生活に必要なものが酷くデザイン的に配置されていた。一番目を引いたのは部屋の真ん中にある大きなイーゼルだ。
真っ白なキャンパスにはまだ何も描かれていない。
色んな家を転々としている神威だったが芸術家の家は初めてである。
物に拘りは無いらしい高杉は上着をソファに脱ぎ捨てて慣れ親しんだ我が家の床をずかずかと踏んだ。
そして神威を促す。
「脱げ」
いきなりヤルのかと神威は一瞬思う。別にかまわない、玄関でだって経験があるのだから問題無いが、どうやら相手の様子を見る限り違うらしい。少し考えて神威は漸くその意味がわかった。
( あ、そうか、モデルやるんだっけ )
その為に脱げと云われているのだ。
性的なことばかりに慣れているのでそうではなかったと神威は納得し、それから部屋にあがり、促されるままに上半身の衣服を脱ぎ始める。服は高杉に倣って男三人が優に眠れそうな広いソファに投げた。
( モデルっていっても初めてだしな・・・ )
何をすればいいのか、ただ突っ立っていればいいのか、わからないので相手を見れば相手は神威に怯むことなく煙草に火を点けながら「下も」と言葉を足した。
成程、己にはわからないが確かに人物画は裸が多い。脱がなければならないのだろう。
セックスをする目的以外で脱ぐのは初めてだが別にそんなこと気にならない。伊達に複雑な生き方をしていないのだ。
神威は下着ごとジーンズを下ろしそれから高杉の前に立った。
高杉はそれを検分するように視る。回れと云われたので云われるままに高杉の前でゆっくり回って見せる。
後ろで止まれと云われたので止まれば高杉はクロッキー帳を取出し神威のラフを凄まじい速度で描きはじめた。
動いても咎められないところをみると細かい所までは描くつもりは無いらしい。
「凄いね・・・」
思わず口にすれば高杉は矢張り「別に、大したことじゃない」と云い煙草の灰を落とさずに手を動かす。
その手の動きに見惚れてしまい結局神威の方が微動だにしないままラフスケッチは終わったのだが終わった頃には五枚のラフが描かれていた。
( 魔法みたいだ・・・ )
そのラフを全裸で観ながら神威は思う。
矢張りモデルを引き受ける代わりにこの男を誘ってみて正解だった。宿無しなのは本当だし、高杉が声をかけてこなければ神威は今日は店で寝るか誰か相手を探すかしなければならない。今朝方まで居た女の場所は別れ話がこじれそうだったので家を出て辺りをふらふらとしていたのだ。宿無し生活が長い所為で何処ででも寝れるがまともな場所で寝たいのも本音だ。
だから高杉はちょうど良かった。
勿論男相手は神威とて初めてだ。仕事仲間でその手の仕事も受けたという者が居たので興味本位でどうするか遣り方を聴いたことはあるがその程度の知識だった。
ただ唐突に己に声をかけてきた男の眼を見た時になんとなくその話を思い出したのだ。
何年も前の話であるというのに、男と寝るという行為が可能なことを神威は思い出した。
だから誘った。
相手が乗って来ればそれもいいし、乗って来なければ忘れる。それだけの話だ。
そして相手はノってきた。
だから神威は此処に居る。
「俺は合格?」
あれほど丹念に神威の身体を描いたのだ。一応モデルとしては合格なのかは確認しなければならない。
神威が悪戯に笑みを潜ませ問えば高杉はたっぷりとある煙草の灰を落とし、それから「合格だ」と神威に告げた。
高杉からすれば予想以上だった。
衣服に隠れてわからなかったがこの男の身体は線が細い癖に思ったより筋肉が確りついていて彫刻のようだ。
意図してその肉体を作ったわけでは無いようだったが被写体としては理想的である。
女と見間違うような酷く整った容姿に薄い髪の色、青い目。宝石のような取り合わせだ。
鑑賞に値する美しさだった。
その癖身体は引き締まっていて一つの芸術品のように磨き上げられたものがある。
これ以上の被写体は無い。
課題で無くても高杉は当分己のテーマはこの男だろうと思った。
卒業制作に向けてのことも視野に入れて高杉は神威をテーマにすることを決めたのだ。
その理想的なモデルが気付けば高杉の眼の前の、直ぐ鼻先に居る。
「じゃ、契約成立ってことで」
寝よう?と声をかけてくる美貌の青年に、高杉はやや諦めたように煙草を灰皿に押し付けベッドへと促した。

「・・・おい、ちょっと待て・・・」
仕切り直しとして互いにシャワーを浴びたものの、今の状況に高杉は些か疑問がある。
「何?」
己の上に乗る男に対して多大な疑問がある。
「こりゃどういうことだ?」
「だから何が?」
何故己が上に乗られなければならないのか、こうして下に組み敷かれなければならないのか、問題は其処にある。
「これからアンタと俺がセックスするってことでショ?」
さも当然のように云われて、確かにその通りなのだが、些か状況が不穏である。
「いや、それはわかってるがよ、何でてめぇが俺の上に居るんだ?」
「だって、」
だってとさも当然のように長い髪をさらさらと肩口に流して男は云う。
とびきり綺麗な顔を高杉に向けて。
「俺があんたとHするんだからこうでショ、あ?バックの方が良かった?そっちの方が楽らしいけど、どうする?俺はあんたの顔を見たいんだけど・・・」
云われた方は内容を反芻するので手一杯だ。
バック?楽?Hする?誰が、誰に?
漸く合点がいった。つまりこういうことだ。
「違ぇだろ、おい、なんで俺がお前にヤられなきゃなんねぇんだよ」
寧ろ抱かれるのはてめぇの方だろ、と高杉は云いたい。
これほどの美貌の男が己と寝ようというのだからてっきりそうだと思っていたのだ。
まさか逆なんて思う筈が無い。己はゲイでは無いのでヤるにせよヤられるにせよ、明確な線引きが必要なのかは高杉にはわからなかったが、それにしたってこの顔でヤる側とは詐欺である。有り得ない。
「俺はヤるよ、ヤられるなんて冗談じゃない」
「俺だって冗談じゃねぇよ」
なら、と酷く退屈そうに顔を顰めて相手が云う。
「ならこの話はナシだ、俺あんたを抱きたいもの」
「・・・」
そう云われると弱い。想定外のこととは云え一度は高杉自身が承諾したのだ。
断ればこいつは本気で帰るだろう。そしてこのことを忘れてしまうに違いない。
先程描いたクロッキーでさえ滾った。理想的な身体の持ち主だ。
長い手足に彫刻のような肉体、整った端正な顔。
課題とそして卒業制作へのテーマと己の貞操を天秤にかけた結果高杉は折れた。
( 痛ぇだろうな・・・ )
なんとなくわかる。その想像は出来る。男が男に挿れる場所なんざひとつだ。つまりケツにナニを入れるってことだ。
考えれば考えるほどぞっとする話ではあるが、女のケツに入れるのが好きな奴だっている。
それと大差ないだろう。自分は男なので筋肉が固く挿入しても互いに痛いだけだと思うが此処は己が折れる以外に無い。
明日の授業は出れるのか、そういった現実的な不安はあったが結局高杉はこの美貌の為に足を開いた。
一応その前に金で解決するか訊いてみたが素気無く却下されたので高杉が足を開くしかないのだ。
腹を決めるしかない。よくよく考えるとモデルをして貰う為に足を開くのも妙な話であるが、偉大な芸術家の歴史ではそんな例も稀に訊く。完全に他人事だったがそれが我が身に降りかかるとは思わなかった。それにモデルと実際に寝るというのは高杉にしても今までそんな雰囲気にはなったが(相手は勿論女性だ)結局一度も関係を持たなかった。逆に一度寝た相手を描くというのはどういう結果になるのかそれに興味があったのも事実だ。結局高杉は胸の内で、後学の為にとか、寝た結果何が描けるのかという因果関係とか、一度だけだ、とか様々な言い訳を己にして、折れることにした。
「あまり痛くすんなよ、あとゴムはちゃんとしろ」
「勿論、俺も男は初めてだからさ、ちゃんとできるようにしてみる」
嬉々として再び高杉に乗りかかってくる男の顔は綺麗だ。
あ、と思った時には唇を重ねていた。



「・・・っ」
く、と高杉が聲を押さえればそれに気を良くしたように神威は高杉の身体に舌と指を滑らせた。
触れられる先からぞくぞくするのを抑えられない。
流れるような神威の手付きに高杉は確信した。
( こいつ慣れてやがる・・・! )
男相手は初めてだと云ったが女相手なら百戦錬磨と云ったところか。
とにかく上手い。痛くするなと高杉が釘を刺した分丁寧にしているのか逆にそれが辛い。
先程から自身は勃ちっぱなしであるし、男が男にどうこうされてこうなっているのもかなり複雑な心境に陥る。
要するに滅入るのだ。相手の見目が美しいだけに非現実的なことのように捉えられるのが唯一の救いであったが、これが仮に他のその辺りに居るような男だったら興醒めである。
高杉とてそれなりに経験があったが神威のそれは恐らく高杉の比では無いのだろう。
『宿無し』だと云っていただけあってヒモのような生活をしているのかもしれないとそんなことを想像しながらも神威はどんどん高杉を追い上げていく。
指が中に入った時は流石にやめてくれと口にしそうになった。己の貞操と(しかも一生知らなくてもいい経験だ)この美貌とを再び天秤に掛けようとしたが結局神威が巧みに指を動かすので気持ち悪さも暫くすると別の感覚に変わってきたので居た堪れない。
痛みはあるのにそれ以外のむず痒いような感覚が身体に奔るのだ。
「うあ、」
「大丈夫?」
何度も大丈夫かと問うてくるそれになんとか頷きながらもゴムを装着した神威がゆっくりと挿入してきた時には流石に悲鳴をあげた。
シーツを噛むことで堪えたが痛い。痛いものは痛い。
神威も痛みがあるであろうにその秀麗な顔を歪ませながらもゆっくりと沈めた。
先端を中に挿れてしまえばあとは楽なものだ。
じっくりと挿入してから今度は引く。
浅いところを刺激されれば白旗を上げたのは高杉の方だ。
「っ、ぅあっ!」
びくりと慄える身体の反応を神威は獲物を捕らえたように見逃さない。
「あ、此処?」
イイんだ。そう呟いた直後から何もかもが塗り替えられた。
「うあっ、ッ、あ、!」
痛い、鈍痛はある。息が圧迫されるような苦しさがある。直ぐに抜いて欲しいと懇願しそうになるのをどうにか堪えるので手一杯だ。現に高杉のものは萎えている。その萎えていた高杉自身を神威が掴み少しきつめに掻かれれば別の感覚がせり上がる。
リズムを取るように神威がタイミングよく中を刺激し、同時に前も掻かれては駄目だった。
痛みで聲を堪えるのに、じんとした痺れのようなものが高杉の身体に奔る。
そのテンポのまま突かれれば駄目だ。
駄目になる。
「・・・っく、あっ」
出る、出ちまう。
意識的に腹に力を籠めれば神威の方が辛そうな顔をするが、其処はどうにか堪えたのか代わりに高杉の前を弄る指の動きが早くなり、堪らず高杉から口付ければそのまま達して仕舞った。
間髪入れず相手も達したのか「う、」と低い聲で呻いてずるりと中から引き抜く。
はあはあと互いの息が荒いまま、神威は慣れた手付きでゴムを外し、それから高杉に口付けてきた。
激しく舌を絡め、何が何だかわからなくなるような熱を分け合う。
溶けそうだ。蕩けるような感覚にそのまま目を閉じ意識を落としそうになる。
が、絡めた舌が離れた瞬間、生じた感覚に高杉は眼を見開いた。
「てめっ・・・」
神威が再び押し入ってきたのだ。
何時の間にゴムを取り替えたのか、早業である。そして高杉の身体のコツを掴んだのか再びテンポ良く高杉を揺らした。
抜いたばかりで緩まっていたのもいけない。まして続きがあるなど高杉は想像もしていなかっただけに不意打ちだ。
「もういっぺん」
舌足らずな口調で、甘えるように云われてそれにぞくりとした。
「・・・ッ!」
この男はタラシだ。天然系の。
男が男にどうこうなんて今まで想像したことも無かったのに、再び襲い来る熱に高杉はついに喘いだ。
腰から下は既に甘く痺れて使い物にならない。
明日の授業は欠席だと高杉は頭の隅で思いながらも、揺らされるままにその甘さを伴う痛みを受け入れた。
「っ、ぅ、なら、てめぇもヨくしてやる」
自分だけこうなんて癪だ。ならこいつもヨくしてやろうと今度は己も動く。
それに気付いたのか相手はその整った美貌を一瞬驚きに染めてから、そして驚くほど優しい目で高杉に微笑んだ。



翌朝、気付けば昼の二時を回っていた。
あれから何度したのか覚えていない。
途中から水を補給しながらも延々とやった気がする・・・。
痛みはあったもののヨかった。互いに男が初めてだというのに何かの箍が外れてしまったかのようにヤって仕舞った。
最後の方に至っては高杉が煽った。普段どちらかというとあまり激しいセックスをしないのに魔が射したのか莫迦みたいに行為に耽って仕舞ったことに高杉は苦味を覚える。
舌打ちをして身体を動かそうとするが、怠い身体を動かすのも億劫で何とかベッドのサイドボードに置かれた水の入ったペットボトルを取ろうとして傍らの体温に気付く。
ダブルベッドだから男が二人寝る分にも困らないが、そのベッドを矢張り彫刻のように綺麗に整った顔の男が高杉の腰に手を回し眠っているのだ。
思わずこれもクロッキーにおこそうかとも思ったが、やめた。
( これは俺が記憶してればいい )
誰かに見せる為に描くのは穢すようで勿体無い。
美しい絵画のようだが、これは己だけが知っているのがいい。
何故だかそう思えた。
「起きた?」
不意に青い眼が高杉を捉えた。
「ああ、授業またさぼっちまった」
「ふうん、ねぇところでさ、名前教えてよ」
そう云われて互いに名乗ってなかったことに気付いた。
怠い身体をどうにか起こし、それから携帯のチェックをしながら高杉は答える。
「高杉晋助だ、表札見なかったのか?」
「見てないよ、俺あんまり人の名前とか憶えないし・・・でもあんたのことは覚えた」
「てめぇは?」
てめぇは?と煙草を取り出しながら高杉が問えば欲しそうなそぶりを見せたので一本分けてやる。
そして互いに火を点け、ゆっくりと煙草の煙を燻らせた後、そいつは云った。

「俺は神威、神に威と書いてカムイだ、苗字は秘密」

悪戯っぽそうに云う男に少し噴き出しながらも高杉はこの男に似合いの名前だと、笑みを浮かべた。


04:予定外の出来事

お題「新居」

ゆめのテクニシャン神威・・・!

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