※現代パラレル。AV男優高杉とAD神威。「03:レジェンド」「07:プレイボーイ」続き。


高杉が電撃的に業界を引退したニュースはネット上でもちょっとした話題になっていた。
『あの伝説のAV男優引退!』の触れ込みで様々な憶測がニュースサイトのコメント欄に飛び交っている。
曰く、薬物に手を出しただの、セレブなマダムと再婚だの、或いはヤリすぎて遂に不能になったからかなど大抵は不名誉なものばかりだ。電撃引退だったので結局新しいレーベルでの新作は無かったことになった。
契約の件で揉めるかとも思ったが高杉の予想とは裏腹に全く揉めなかった。現場の監督やスタッフには惜しまれたものだったがこれも仕方無いことだ。
つまり、原因は神威である。神威が裏から手を回したのだ。
「『セレブなマダムと再婚』は結構イイ線いってるんじゃない?」
有名な掲示板サイトに立てられた『伝説のAV男優引退の真相!』のスレッドを眺めながら神威は云って退ける。
返事をする気も失せて高杉は裸で寝そべっていたベッドから身を起こし床に投げ出されていたシャツを羽織り煙草の火を点けながら他の衣服を捜した。何処に遣ってしまったのか、或いは既に誰かが片付けたのか、見つからないのでクローゼットから神威が勝手に部下に用意させた高杉のサイズの新しい下着とヴィンテージのジーンズを取り出し身に着ける。
「何処が、」
神威が高杉の返事を待っているようなので渋々相槌を返せば神威はさも嬉しそうにその綺麗な顔に攻撃的な笑みを浮かべた。
「マダムじゃないけどセレブだし、俺」
「てめぇのは成金ってぇんだ、だいたい再婚ってなんだ、俺ぁ結婚歴も離婚歴もねぇぞ」
呆れたように高杉が神威に目線を投げれば神威は肩を竦めテーブルに出しっぱなしになっていたペリエを口に含む。
「成金、は酷いなぁ、ちょっとヤクザな商売なだけで、手広く色々肩書は持ってるじゃん、若社長とか?」
笑顔で云う餓鬼は真実色んな肩書を持っていた。いくつもある名刺を見せられた時は呆れたものだ。
どれが本当の肩書かわからない。つまり、だ。金貸しだとか、特定の法に触れるギリギリのものの売買とか、夜の街特有の店のチェーン店だとか、AVから弁護士事務所まで、所謂フロント企業の経営に神威は関わっている。
その上この付き合いで高杉が感じたのは神威はそれだけでは無いということだ。
「ヤクザ、ね、それだけじゃねぇだろ」
「バレてた?そのうち高杉にも教えてあげる」
そう、この餓鬼には何か裏の仕事がある。高杉に見せた名刺も嘘では無いだろう。嘘では無いが本当でも無い。
こいつの本業はきっともっと別だ。
腕っぷしが強すぎる。時折電話で遣り取りされる物騒な単語からも想像できるほど神威は酷く『修羅場馴れ』していた。
神威の側近だという阿伏兎とか云う男もそうだ。
ヤクザの雰囲気とも違う、どちらかというともっと不味いものの匂いが二人からは漂っている。
だからこそ高杉は神威の本業については一切詮索はしなかった。
面倒事は御免である。
「いらねぇよ、知りたくもねぇ」
「あり?つれないなぁ・・・」
「で、さっきから何してんだ?」
神威はせっせと何事かをメールで指示しているようだった。
複数の携帯がひっきりなしに神威に着信を告げている。
不審に思って神威の手にあるタブレットを見れば買い取りサイトのようだった。
「俺のタイトル・・・」
表示されているのは高杉が出演したビデオである。
そのリストにそれぞれの買い取りの値段が付けられていた。
「どういうことだ?」
神威を見遣れば神威はにこりと高杉にその綺麗な顔を惜し気も無く晒して云った。
「高杉の過去に出たビデオの買い取りだよ、データ系は配信中止にしてダウンロードを全部抑えたけどパッケージ版は買い取りしないと」
「何故?」
何故と云う高杉の疑問は最もであったが、神威は逆に不思議そうに高杉を見遣る。
「そりゃ、高杉を知ってるのは俺だけでいいからね、この身体を他の誰かが視てるなんて癪だし」
「はぁ?莫迦かお前、見てるのは俺じゃなくて女優だろうが」
「わからないでショ、俺みたいなのもいるかも」
それこそ居て堪るか、と高杉がごちるが神威は詫びれも無く目の前の買い取りリストに手を加えた。
「大方回収は苦労せずに出来そうなんだけど収集家がいるから厄介だなぁ、」
神威がコール音を示す電話を取りそれから『纏めて二十万で』なんて言葉が聴こえるので高杉は半ば呆れ気味に再びベッドにダイブした。
神威がこの様子では今日は夜までその買い取り作業とやらで忙しいだろう。だいたい全てを回収するにしてもどうやって相手を突きとめるのか、どれほどの時間がかかるのか莫迦らしくて見ていられない。
高杉は心底呆れた様子でテレビの電源を入れ内臓されていた洋画を再生した。
そんな高杉に神威が圧し掛かってくる。
「最後の一本まで回収するよ」
「細けぇな」
呆れる高杉に神威は清々しい笑みを浮かべた。笑みだけなら餓鬼らしく綺麗なものだと場違いに感心すら覚える。
この餓鬼に、神威と名乗る男に愛があるわけでは無い。確かに好意のようなものがあるがそもそも高杉は神威と付き合っているつもりも無い。けれどもどう見たって餓鬼の方が本気だ。女との別れ方なら高杉とて心得ているが、相手は年下のクソ餓鬼で挙句にやばい仕事をしている輩だ、今別れを切り出せば面倒になるに決まってる。だから今は高杉は家にも帰らずこの神威との生活に甘んじている。一月くらいは付き合ってもいいがAV男優を引退した以上次の仕事も見付けなければいけない。宛てがあったかと頭の中でぼんやりと考えながら、高杉は圧し掛かってきた餓鬼に口付けた。


そして神威は言葉通り数か月後には高杉の出演したAVの全てを最後の一本まで回収した。収集家が厄介だったそうだが、相手の家に押しかけ『誠心誠意お願いした』ら快く譲って貰えたそうだ。
「快く、ね・・・」
ソファに座りながら高杉は呆れた様子で手にしたパッケージを見遣る。
何処が快くだ。
高杉の目の前にあるパッケージには血が飛んだ後がある。まさか殺して無いだろうな、と云う目で高杉が睨めば神威は鼻血が飛んだだけだと云った。鼻血ね、つまり鼻血が飛ぶような事態はあったわけである。
ずるずると神威と別れ損なって既に付き合って半年、高杉は神威が骨の髄まで裏社会の人間であると身を以って知った。
いつの間にか高杉の家は引き払われていたし、携帯は解約させられ新しい携帯が高杉に渡され月々定期的に神威から金が振り込まれる。体の良い愛人業の典型だ。それでも餓鬼に囲われるのは癪なので就職活動をすると云えば神威の表の仕事の店を一つ任された。
有体に云えばやっぱり誰が見ても高杉は神威の愛人なので納得はしていないがそれも悪くないと思い始めている自分に気付いて高杉は少々苦い顔になる。
「いくら使ったんだか・・・」
高杉のビデオを全て回収するなど並大抵のことでは無い。最初の内はフルセットで数万円だったが、ネット上である程度数が集まってからは値段が超高騰し、再びニュースサイトで話題になった程だ。
高杉の初主演デビュー作の『ハニースタイルは流行らない』に至っては最高値で一本四十万〜五十万を記録した。AV買い取り価格市場最高の値段である。
あっさりと金に糸目を付けず全て神威は買い取ったのだから高杉は開いた口が塞がらない。いっそそんなに金が使えるなら出演した俺に金を払えよと云ってしまいそうになるが云ったら最後、神威は本当に払いそうなので止めた。
こんな餓鬼に金を払わせたら後が怖い。
( 全く厄介な相手に惚れられたもんだ・・・ )
惚れられたが、既に高杉はこの強制的な同棲を気に入ってはいる。それをもう否定出来ない。
男相手にとは思うし、未だに自分が挿入される側なのは癪だが、下手糞は下手糞なりに懸命に高杉に奉仕するのでそれに思うところはあるのだ。それに神威との性格的相性は悪くない。この餓鬼が飽きるまで付き合ってやるのも悪くないと既に高杉は思い始めている。有体に云えば嵌ったのだ。この表の顔も裏の顔も持つ厄介な餓鬼に。
そんな高杉の想いを他所に神威は機嫌が良さそうにそのパッケージの裏にある高杉の写真に口付けた。
「お金の問題じゃないでショ、俺の気持ちの問題」
だって、と神威が顔を今度はパッケージでは無い本物の高杉に近付ける。
神威の指が誘う様に高杉のシャツの間に潜り脇腹を撫ぜた。ソファが二人の重みで沈む。
「これを知っているのは俺だけがいいんだ、だから高杉も俺をゆっくり知ればいい」
唇が近付いて、互いの吐息がかかる距離で会話する。
「知りたくねぇって云ったろ、お前との付き合いはヤバそうだ」
「そうでもないさ、俺にはこれが普通。それにそのうち嫌でも知るよ、俺の全部。俺、アンタと別れる気ないし、手放す気も無い」
しれっと素直に云われると弱い。神威のこういった素直さは今まで高杉の周りに無かったパターンだ。
一見神威はクールで冷酷そうに見える癖して高杉にだけこうして甘えて擦り寄る様は高杉を何とも云えない心地にした。
( クソ・・・ )
可愛いには可愛いのだ。この年下の十代の餓鬼に絆されている。
癪だが可愛いから仕方無い。そう思って仕舞うあたり自分は充分この餓鬼に絆されているのだ。
だから高杉は降ってくる口付けに観念したようにそれに応じることにした。

「全く手のかかる餓鬼だよ、お前は」

笑みを含ませて囁けば神威は高杉と己の空気を分け合うように激しく舌を絡めてきた。
あと数分もすれば仕事だと神威の部下が部屋へやってくるだろうが知った事か。
高杉はテーブルに投げ出された己のパッケージを視線の隅に捉え、それからこの蜂蜜の様に甘い互いの関係に、莫迦みたいに素直だった餓鬼の頃を思い出して、今度こそ視界をシャットダウンした。
分け合う熱は熱い。甘いなんてもんじゃない。
互いを襲う身体の隅々まで焦がしそうな激しい熱に身を任せる。


16:ハニースタイルは流行らない

お題「ハニースタイルは流行らない」

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