※現代パラレル。AV男優高杉とAD神威。「03:伝説的邂逅」の続き。


神威に連れられた先のバーは意外にも落ち着いた場所だった。
てっきりこんな餓鬼が連れてくるのだからもっと若者が集まる様な騒々しい処かと思ったが、高杉の想像とは裏腹に案内された場所は落ち着いていて静かな雰囲気だ。
「此処もお前の所が?」
暗にお前の家業の系列かと高杉が問えば意外にも違うと神威が答える。
「違うよ、俺の師匠みたいな人がね、こういうのが好きで偶に付き合わされるからオジサンの好みに明るいんだ」
オジサンと云われてじゃあ俺はオジサンか、と高杉が内心ごちていると神威はそれを察したのか笑みを浮かべる。
バーボンを煽る高杉に手を伸ばし、まるで口説いているように神威は囁いた。
「高杉はオジサンって年でもないでショ。正直付き合ってくれるとは思わなくて結構悩んだんだ。でも高杉はこういうところの方が落ち着くかなって」
成程、餓鬼は餓鬼なりに気を回したということか、そう思うと神威のいじらしさに悪い気はしない。高杉とて年下に慕われるのは嫌いでは無い。そう思っていると神威が言葉を足した。
「それに高杉、顔バレ嫌だろうし・・・俺もさ、顔バレあんまりしたくないんだよネ」
「家業だから?」
意地悪に高杉が問い返せば、神威は意味深に「家業だから」と言葉を返す。
悪くない餓鬼だ。家業というのが酷く胡散臭いが、それはこちらも同じこと。どちらも表だって云えないような仕事だ。何者かは知らないし、今のところ知るつもりも無かったが高杉はこの神威と名乗る少年が嫌いでは無い。最も運転手らしい今も外で待っているであろう無精髭の男は高杉を快くは思っていないようだったが。
「俺もバーボンお代わりしようかな、」
慣れた様子で注文する神威を見ながら高杉は思う。
AVの撮影の後、ADの神威に誘われてこんなバーに男二人で、男二人も妙ではないが、まるでこれでは口説かれているようだ。
自分にそんな趣味はなかったがな、と高杉は心地良い酔いの中で思った。
けれども妙にこの餓鬼が、神威が、高杉の眼を惹いた。
酔いに任せて心地良い高揚を味わって、そして頃合いだから帰るというところで神威の一言に頷いて仕舞ったのが高杉の誤算だ。
「ね、うちにとっときの一本があるんだけど」
その誘いにまた今度、と云えば良かった。
云えば後に来る現実を高杉は直視せずに済んだのだが、頷いて仕舞った。
バー嫌いの己が久しぶりに、否、これほど心地良い酔いは初めてかもしれないような気持ち良さを味わって、神威の相槌も年の割に気を遣っているのか上手く、意外なことに楽しめた。そのままこの時間を惜しみながらも帰るというところでこの誘いだ。
高杉はその時うっかりしていた。久しく無かった心地良い時間に油断していたのだ。だから頷いて仕舞った。
その誘いに乗って仕舞ったのだ。

「家、何処だ?」



案内された場所は都内でも有名な高層マンションだ。
浅い酔いの中で高杉は「いい場所に住んでやがる」と思わず漏らした。
阿伏兎という男が運転する車の中で神威が場所を告げた時「50階の方」と云ったので神威の家はこの一つでは無いのだろう。
この年齢で、この餓鬼が?親の所有でも無さそうな口ぶりに高杉はいよいよこの餓鬼が非常にまずい存在なのではないかと内心思い始めたがそれでも神威は高杉を其処に巻き込もうとしているのではないという不思議な安堵感があって、そこは信用しても良い気になっていた。そもそもたかがAV男優を一人、裏の事情に巻き込んだところで何になる。自分が仮に神威のような裏社会に携わっているとするのなら、もっと身分があって金回りの良い相手を選ぶ。そうでなければ捨てて仕舞っても後腐れの無い無名の人間を選ぶ筈だ。少なくとも高杉はそのどちらにも該当しない。年収もそこそこの無名と云えばそうだが少なくとも業界ではそれなりに名が通っている身だ。高杉の店嫌いは、大抵高杉を知る人間が客に居るからだ。AVに顔出ししている以上避けられないことであったが、それでも食事中などにAV男優ですか?と仕事を引き合いに会ったことも無い他人と話すのは好きでは無い。高杉は既に実家とは絶縁しており、籍も抜かれている。それなりの資産家ではあったが、今となってはそれも過去の話だ。
だから神威は高杉をそういったことに巻き込むつもりは無いのだと云うことはなんとなく理解している。これは神威の仕事とは関係の無いプライベートな付き合いだとわかる。会話の端々に神威の好意が見えるからなのかもしれない。おかしな話だ。この神威と名乗る子供とは今日初めて会ったのだ。撮影で、高杉はAV男優、神威はADで。己のファンだという子供。華僑の恐らく裏の仕事にも精通しているであろう胡散臭い子供だ。神威という名が真実なのかも怪しい。
けれども高杉は神威に促されるままにその部屋へあがった。
マンションの豪華なエントランスを抜けてエレベーターで上がればフロア丸々神威のものだと云われた。
そして用意されたフルーツを摘みながら神威のとっておきだという一本を空ける。
「美味い」
「お酒の味はわからないんだけどね、口に合ってよかった」
「見たことの無い銘柄だな、ラベルは中国語だが、原産は欧州か・・・」
「ああ、それうちで押さえてる蒸留所だよ、一般には出回らないんだ。それはさっき云った師匠が好きでさ、高杉の好みかなって」
「成程」
それでか、と高杉は納得した。どう考えても若い青年のチョイスでは無い。その師匠とやらの趣味が渋いのだろう。玄人というか乙な趣味だ。一度その師匠とやらと呑み交わしてみたいものだが、それはそれで面倒なことになりそうなのでその要望を口にするのは止めた。
「それで」
それで、と高杉は黒の革張りのソファに座り直し神威に問うた。
「俺に何の用なんだ?」
何故俺を?と問えば神威はテレビのリモコンを操作しながら少し戸惑い、それから観念したようにTV画面からリストを出した。
「俺のビデオか・・・」
全部高杉が出演したビデオのタイトルだ。
上からざっと数頁に及ぶそれは高杉が端役で出ていたものからあるというのだから驚きだ。
「全部観たのか」
「うん、観た」
神威がタイトルリストを操作しながら頁を繰っていく。高杉は目の前のガラステーブルの上にある丁寧に盛られたオレンジを取り口に入れた。
「好きな女優でも居たか?」
「うーん、ちょっと違う、っていうかこれでもちょっとは悩んだんだけど、」
歯切れの悪い神威の物言いに今度は高杉が訝しげに眼を細める。何が云いたいのか。
少し思巡した後、神威は徐に口を開いた。
「・・・なんか高杉の方が気になってさ」
「俺が?」
「正直勃った、AVで勃つなんて初めてだ」
その言葉に呆れたのは高杉だ。確かにそう云われたことも過去にはある。
そういう人間も居るだろう。けれどもこうしてあからさまに、しかも自分より明らかに年若い子供に云われるとは思ってもみなかったことだ。
嫌悪は不思議なことに無い。過去言い寄られた時は嫌悪し相手を遠ざけたものだが、神威はそうは思えなかった。なんというか彼の中性的な美貌も影響しているのかもしれない。また子供らしい神威の素直さが高杉の心を擽るのかもしれなかった。だから純粋な疑問を高杉は口にする。
「今此処で流しても勃つのか?」
高杉の問いに神威はリストを弄っていた手を止めそれから再生を押す。
高杉の所属するレーベルが画面に表示されタイトルが再生される。そして大画面でお決まりのAV上映会だ。
程無くして神威が高杉を見遣った。それだけで状況を察し、高杉は苦味を噛み潰したような心地になる。
聴かなければ良かったかもしれない。
「見ての通りガッチガチ」
「もういい、わかった」
衣服越しでもわかるあからさまなそれに高杉は手を上げる。
そして注がれたウイスキーをそのまま煽った。
濃いアルコールが、かっと体内に回りそれだけでくらりとする。
そうずっとくらくらしているのだ。
それは酔いだけのことか?と高杉は一瞬己に自問する。
( 酔いだ、酔いに決まってる )
でなけりゃ、こんなの。
神威が高杉を視る。意識していなかったがその不思議な色合いの青い眼はどこか欧米人の血でも入っているのかどうにも目が離せない。鑑賞に値する美しさだった。その神威の口から言葉が漏れる。
「率直に云うと俺は高杉とHしてみたい」
くらくらするような真っ直ぐな言葉に高杉は己の内心が揺れるのを感じた。
「・・・なんとなくわかってたがな・・・」
口にされると躊躇する。神威の好意がそういったことを含むことを高杉は会った時から知っていた筈だ。
けれども神威への興味の方が優先された。こんな子供が、綺麗な顔をした餓鬼が己を慕ってくるという非現実に酔った。
神威に案内された店もこの場所も居心地が良いのがまたいけない。
そう、口説かれていたような気分だ。真実、神威は高杉を口説いていたのだが――・・・つまりそういうことだ。
高杉は内心決まってきた腹に溜息を零しながら神威に問うた。
「ちなみに訊くがお前はゲイか?」
特定のパートナーでも居るのか募集中なのか、暗にその意味も含ませて問えば神威は首を横に振った。
「わからない、多分違うと思う、女とだってスルし、っていうかそっちしか経験ないよ、俺に言い寄ってくる男なんて気持ち悪くて皆沈めたし」
「だろうな・・・」
この胡散臭そうな餓鬼に言い寄ってくる輩がいればあの阿伏兎という部下が片付けただろう。
明らかに神威の方が年下であるのにはっきりとした上下関係がみられるのでそれだけで神威が只者では無いというのはわかる。
お金でも下卑た意味でも権力的な意味でも神威に言い寄る輩は少なくないだろう。
この餓鬼はどう考えても高杉の住む世界とは違う場所に身を置いている。
高杉は改めて神威の顔を視た。その困ったような神威の顔に高杉も内心迷う。
男は守備範囲外だ。高杉とて男など初めてである。ゲイビデオに顔を隠してのオファーは在ったが応じたことは一度も無い。
現場に撮影の手伝いで立ち会ったことはあるが出演は無かった。男相手に勃つことなど考えたことも無い。
けれども神威を視ると迷う。迷ったから高杉は結論を空に放り投げた。
答えを神威に決めさせることにしたのだ。
「俺ぁ、男なんて守備範囲外だからどうなるかわかんねぇが、やってみるか?」
その言葉に神威の眼がきらりと光った。待ってましたと云わんばかりのそれに高杉は苦笑する。
その素直さは子供らしい。全く仕方の無い餓鬼だ。高杉は腹を括った。
趣味では無いが、やってみよう。己とてAVで長年身体を張ってきたのだ。出来ないことは無いだろう。
それにやってみれば案外駄目なのかもしれない。いっそのこと駄目で合ってほしいと思いながらも高杉は神威に促されるままに奥の寝室へと足を踏み入れた。


「で、どういうことだ、これは・・・」
そう、どういうことなのだ。高杉の問いは至極最もである。
神威の口ぶりからしててっきり抱かれたいのだと高杉は思っていた。これだけ綺麗な顔をしているしまあいいかな、と思ったのも己が挿入する側であると疑っていなかったからだ。病気にさえ気を付けてきちんとケアをすれば大丈夫だろう。なんなら挿入しなくても互いに気持ち良くなるだけだっていい、とさえ高杉は思っていたのにこれはどういうことなのか。今ある現状に高杉は眉を盛大に顰めた。対する神威は当然のような顔である。
「どうって、Hするんでショ?」
今状況を説明すると神威はベッドの上で高杉の上に圧し掛かっている。
まるで神威の方が挿入する側かのように。ゲイはどちらも無いというが高杉の職業上てっきり己が男役だと疑っていなかった。けれども神威は違うらしい。
「逆だろ?お前が女だろうが」
ぎぎ、と力で高杉を押し付ける神威をどうにか押し退けながら高杉が口にする。すると神威がまさか、と云わんばかりに高杉を見下ろした。
「俺が高杉を観て勃ってたんだから、俺が入れる側でショ、当然」
「んなワケあるか?俺が抱くなら付き合ってやるがそれ以外は御免だ、帰るぞ」
抱かれてたまるかと、起き上がろうとする高杉を神威が押さえつける。それに呻いたのは高杉だ。
( この餓鬼、なんつー力してやがる・・・! )
そう、神威の力は強いのだ。てっきりあの部下の男が神威を危険から守っていると高杉は誤解していたが神威のこの力からするとそうではないのだと高杉は悟った。悟ったが遅い。既に神威は高杉に圧し掛かっており高杉にそれを跳ね除ける術は無い。
なんて力の強い餓鬼か。
( 最悪だ・・・ )
失敗した。帰れば良かった。
けれども神威は高杉の身体を弄り始めている。
こうなれば腹を括るしかない。抗っていた力を抜けば神威が「もう諦めたの?」と高杉に問うたので腹が立つからその綺麗な顔は殴った。
「わかった、俺も男だ。付き合ってやるが痛くするならてめぇを殴ってでも出るからな」
「もう殴ってるけど・・・努力するよ、その辺はプロのご指南貰えるよね」
にこにこと高杉に口付けを落してくる餓鬼が不快だ。
顔が綺麗なのが癪だ。莫迦力なのも、こうして高杉を好き放題するのも癪だ。
それでも高杉は応じた。最初に会った時からそんな予感はしていた。まさかベッドで逆だとは思いもしなかったけれどセックスに応じたのは高杉なのだ。
「うるせぇよ餓鬼、ヤるなら気持ち良くしろよ」
「仰せのままに」



結局、朝方まで続いたそれに途中何度も神威は高杉に叱咤され、それでも終わらず、先に根負けしたのは高杉である。
「餓鬼の体力ナメてた・・・」
もう指先ひとつ動かすのも億劫だ。
大学時代に一度そんなこともあったがAV男優に転身しセックスを商売としてからはそんな気怠さからも遠い。まさかこの年で再び味わうとは思わなかった。
ベッドのサイドテーブルにある灰皿を取るように高杉が要求すれば神威が煙草に火を点けて高杉に寄越した。
神威が寄越したのは高杉が普段吸わない種類の銘柄であったが悪くない。疲労に染みる味だ。
そして神威は、と云うと清々しい顔で髪を掻き上げながら電話で今日の予定を指示している。
「ね、高杉疲れたでショ、もう此処にいなよ」
「うるせぇ下手糞、寝たら帰る」
「帰らずに此処にいなよー、下手糞なのは何度も殴られたからわかるけどさ、精進するから」
帰らなければ、もう帰して貰えない気がする。短い付き合いだがそんな気がした。何せ相手は高杉が起き上がれなくなるまでシた無尽蔵の体力のあるクソ餓鬼だ。
そしてその予感は恐らく当たっている。ひしひしと己を手放すつもりが無い神威の様子に餓鬼が飽きるまでは付き合わなければならないのかと内心来る諦めに高杉は眉を顰めた。結果がはっきりしないうちから悟って仕舞うのは高杉の悪い癖だ。抗えば違う結果になるかもしれないのに此処で高杉が神威との付き合い方を考えるのを放棄してしまうと神威の思う壺だ。まるで自らが結果を選び取って仕舞うような感覚に高杉は矢張り不機嫌になった。
此処でこの餓鬼との縁を切るべきか、否か。
餓鬼のセックスは最悪だ。下手糞でテクニックも何もあったものでは無い。痛い。滅茶苦茶痛かった。挿入する時によくぞ切れなかったと高杉が自分を褒めてやりたいくらいだ。けれども神威に何度も行為を求められると三度目以降には確かに高杉も快感を拾った。
懸命に高杉を求める神威の若さにぐらついたというのも否定できない。
( ああ、クソ・・・ )
己もついに焼きが回ったか。AV男優などと因果な商売をしてきた所為で男と寝る羽目になったのだから最悪だ。
昨日飲まなければ良かったと後悔してももう遅い。
餓鬼が、神威が高杉に惹かれたというように、高杉も神威に惹かれたという事実をもう否定できない。
けれどもこのままこの金回りの良さそうな胡散臭い餓鬼に囲われるのも癪である。
付き合う相手との関係くらい対等でありたい。それは大人の矜持だ。それを云っても神威にはわからないだろう。
男とはそういうものである。鈴の音のように嬉しそうに聲を上げる神威が憎らしいったらなかった。
認めない、認めるわけにはいかない。
( 惹かれてなんかねぇぞ、俺ぁ・・・ )
にこにことベッドの端に座る神威を高杉が睨む。神威はその視線さえ心地良さそうに受け止めた。
「ずっと俺といなよ、高杉」
「ふざけろ、飽きたら終ぇだろうが」
高杉が不機嫌そうにベッドの端にあった濡れたコンドームを床に投げ捨てれば神威は機嫌が良さそうに喉を鳴らした。
結構なことだ。こっちは喉も痛い上に身体の節々が痛い。
神威は新しいコンドームの袋を口に近付けながら笑みを浮かべた。
笑みだけなら天使のようだ。

「もういっそゲイビデオでも出る?俺が挿れる方だけど」

ただしこの天使、云っていることが最低である。
とりあえず高杉は寝煙草を吹かしながら新しくコンドームの袋を開けた神威の頭を殴った。


07:ちなみにやってることも最低。

お題「プレイボーイ」

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