※お題03「01:明るい家族計画」「15:続・明るい家族計画」続き。
夜兎パラレル。高杉が夜兎で神威と高杉が兄弟設定。家族話。


晋助、この名になる前は神祐(しんすけ)という字だった頃の話だ。
夜兎という種族は特殊だ。宇宙のどの種族よりも特異性が際立っている。
恐らくこの宇宙の中で最強と云われる戦闘種族、怖ろしく強いその代わりに太陽の光を失った闇の種族。
その種族的な特徴故に恐れられ或いは忌み嫌われる。晋助とてそのことは特別監察機構に入ってから身を以って知っている。
晋助は機構の中に宛がわれた自室で書類を片付けながら徐にモニタを浮遊する一枚の写真を見遣った。
家族の写真だ。年中飛び回っている父親と随分前に亡くした母、そして弟と妹。
これが晋助の家族だ。一般的な夜兎の家庭では決して多い数では無い。夜兎の場合死亡率が高い為、家庭の数が少ないが兄弟の数は多いのが一般的だ。兄である晋助と、弟の神威、妹の神楽、夜兎の一般的な兄弟の数では少ない。ただ珍しいのはその全員が生存している点だ。
夜兎の血脈の中にはいくつか流派がある。晋助の血筋はその中でも一際古く、いわゆる名家という血筋だ。致死率の高い夜兎の中でその血脈を絶やすことなく繋いだいくつかの血筋の中の一つ、父親である星海坊主はその血筋を色濃く継いでいる。同じく古い血脈で有名なのは夜王鳳仙の血筋であったが、どちらにせよその古い血筋も死ねば終わりという夜兎の考えは他に理解されにくい。血統を守ることに固執しないのだ。絶えればそれまで、残れば引き継がれるそれだけだ。そうして残った血筋が自然と強くなる。途絶えずに脈々と受け継がれた強力な遺伝子が其処に在り続ける。それこそが夜兎だった。
血筋が濃いといえばと思い返し、晋助はその写真の中から一つの画像を拡大した。
弟の神威だ。
夜兎の中でも一際本能に近いとされる若き天才。
その神威を思い出して晋助は煙草を燻らせた。



「晋助、今日のご飯は何アルか?」
「今日は魚が安かったから焼くか?神楽」
「・・・そろそろ肉が食いたいアル」
晋助に纏わりついてくるのは妹だ。世間の子供は学校へ行く年齢だが、神楽は行っていない。
代わりに晋助が妹に文字を教えたり一般的な教養を教えた。家の家計が火の車という所為でもあるが、神楽にはまだ物に対する力の加え方が制御できない。入学式に行って早々机を教室ごと両断して仕舞った為に入学は見合わせになった。
晋助が神楽の年齢だった頃にはとっくに夜兎の他家に修行に出されていたので神楽にもその話があったがこれには父親の意見も必要だ。滅多に帰らない父のお蔭で今月も晋助の家計はジリ貧なのである。
次男の神威はやんちゃ盛りで既にいくつかの流派に修行に出しているが習得しては帰ってきての繰り返しだ。
「お金が無いんだから無理を云うもんじゃないよ、神楽」
「神威!」
ただいま、と扉を潜ったのは神威だ。
「おかえり、メシ作るから手伝え」
うん、と頷く神威はまだ十二だ。まだまだこの弟も妹も家族の手が必要だった。
母が亡くなって数年、こうして妹と弟の世話をするのが晋助の習慣だった。
夜兎の慣例である他家への修行も一通り終えた晋助は普通なら傭兵になる筈だったが、ちまちまと近場で仕事は請けるものの、弟と妹を思えば中々家から離れられない。
「鱗落としてくる」
神威が水場に魚の入った盥を抱えるのでそれを任せる。
腰に纏わりつく神楽は米を研いでいる晋助から離れる気配が無いので見兼ねて神威が振り返った。
「神楽、晋助の邪魔だよ、それともお前がこれに行ってその場所を替わるか?」
意地悪な兄の問いに神楽は口を膨らませ神威に舌を出した。
「うるさいアル、莫迦神威!晋助の邪魔はしてないアル」
「じゃあ退きなよ、タダ飯食うだけなんだから火くらい起こせば?」
「火は俺が危ねぇからいい、と云ったんだ、ほら神楽、神威を手伝ってこい」
仲良くな、と晋助が釘をさせば渋々と云った様子で二人が頷く、母に似て二人とも鮮やかな珊瑚色の髪で可愛らしかったがどうにも仲が悪い。些細なことで云い合いなどしょっちゅうだ。最も喧嘩するほど仲がいいのかとも晋助は思っているが、とにかく晋助からすればこの年の離れた弟と妹には手を焼かされるが可愛いには違いない。
四六時中付き纏ってくる神楽は甘え盛りで何でも晋助の真似をしたがるが、それも可愛かった。
神威も少し前まではそうであったが、最近では少し背が伸びて、生意気な口を聞くようにもなった。神楽や父にも辛辣で特に父に対しては本能的に何かを察しているのか剣呑な時がある。それでも晋助に対しては今までと全く変わらない態度であるので晋助もそれを特に気にはしていなかった。晋助にとってどちらも可愛い弟と妹だ。

「魚、焼く?煮る?」
鱗を取ったという神威に頷き晋助は少し悩んだ。
昨日は煮たので今日は焼こうか。神楽が肉を食いたいというのは当然である。
魚は水が豊富な星なので比較的安価で手に入ったが一年を通して雨の多いこの星では食肉用の動物は高い。必然的に肉の値段が高くなる。その上夜兎の胃は大きいのだ。父が戻っては置いていく金銭も世間一般では大金であったがその殆どが食費に消える。晋助が稼ごうにも近場では知れているし、狩りをしようにも野生の動物が少ない。その殆どが誰かの管理下にある。だからいつも家計が火の車で、もう少しまともな職にでも就ければ楽になっただろうがどだい夜兎には無理な話だ。殆どが傭兵になり荒くれ者になって宇宙を放浪して死ぬ。そういう星の下に生まれついた種族だ。
「竈から火ぃ取って焼いてくれ」
晋助が指示すれば神威は頷き神楽と魚を串に刺す。子供らしい不器用さが見えてなんとも云えない気持ちになる。
時折それは違うだの、下手糞だのと互いを罵る言葉が聴こえるが舌足らずな神楽の発音と子供っぽい神威の云い方が可愛くて晋助は家事をしながら笑って仕舞った。
「ほら、米も炊けるから座って待っとけ」
焼いた魚と米と汁物、それだけの食事だ。量こそ多いが質素な内容に晋助は息を漏らす。神威も神楽も成長期だ。そして晋助自身も。こんな食事を続けていては身体が弱る。
「明日、鳳仙の旦那のとこから一頭貰ってくる」
神威が椀に汁と炊きあがったばかりのご飯を混ぜて一気に口に掻き込みながら云う。
一頭とはこの星に生息する巨大な偶蹄目の牛のことだ。
「肉!食えるアルか!?」
「親父は宛てにならないし、そろそろウチも苦しいだろ、晋助」
「生意気云うな、餓鬼が気を回すんじゃねぇ」
晋助が神威を小突けば神威は当然と云う顔で晋助を見遣った。
十二の子供だ。十二の癖に最近神威は酷く大人びた顔をすることがある。
今がそれだ。
「ほら、お代わり食べ終わったら寝な、神楽」
ご馳走様と立ち上がる神威を他所に晋助は口のまわりを汚す神楽の口を拭う。
かちゃん、と炊事場の盥に食べ終わった食器を置く神威に晋助は一抹の不安を覚えた。

そしてその夜神威は来た。
元々二部屋しかない家だ。神楽と神威は亡き母の部屋で寝て、晋助は居間に布団を敷いている。
其処に神威は来た。
「晋助、」
「また、来たのか・・・」
晋助は何も云わず神威を布団へ入れた。
子供特有の体温が暖かい、けれども其処にある熱ははっきりとわかった。

神威は早熟な子供だった。
確かに晋助も早熟ではあったが神威ほどでは無い。種族的に衰退を辿っている夜兎だからなのか、神威は早くから性に感心を示した。ただし相手が問題だ。相手が晋助に限定されたのである。晋助とて己を慕ってくる神威が可愛くないわけが無い。妹の神楽とはまた違った感覚に戸惑った。
戸惑ったが結局受け入れた。
神威のその欲望を、時折切ない程に慄える鼓動を拒絶することなく受け入れた。
悩んだ、今も悩み続けているが、それでも神威が求めるものがなんとなく理解できたからこそ晋助は受け入れたのだ。
相談したくても父はいない。神楽は幼い。日々の生活で手一杯で、晋助にとって家族しかいなかった。この小さな弟と妹が全てだった。狭い世界で、いくら晋助の方が年上でも結局どちらも子供だったのだ。
父親、母親代わりといっても晋助も子供だった。
だからこそ精一杯、自分に出来ること全てを費やして晋助は神威と神楽を育てた。
弟と妹を食べさせて、時折帰ってくる父に小言を言いながらも空いた時間は身体を動かすか本を読むのに使い、学ぶ。
夜兎らしくないと云えばそうだったが、以前、市で出会った行商人から不要だと云われた本を譲り受けてから己が本を読むのが嫌いでは無いことに気付いた。それからは図書館や店先の安い古書を開きながら弟と妹を養った。その生活が何年か続いてある日突然それは来た。

「欲しい」
十二だ。神威は十二歳。未だ晋助や父には及ばないが天才と云われるほどの武術の才がある。晋助から見ても神威に才能があるのは一目瞭然だった。衰退する夜兎の中で神威には輝くものがあった。
神威は本能に忠実だ。
良く云えば雄なのだ。
そしてその本能に忠実に晋助を求めた。
神威が拙い仕草で口付けてくる。
それを己は拒めない。
この弟が可愛い。一心不乱にいつも晋助の手を求める神威に晋助は弱い。
勿論、神楽も同じ程大切にしているつもりだ。父が未だに他家での修行に神楽をやる決断をしないのも神楽が死んだ母に似すぎている為だろうと晋助は考えている。神威も母にとても似ていたがそれでも男だ。夜兎の男に生まれた以上闘争からは逃げられない。
だからこそ父は神威には晋助以上に厳しかった。その才能故にだが、その所為で神威は余計に父を敵視している風がある。
子供を愛する故だと晋助は理解していたがその才能と本能に因る愛憎を理解しているだけに神威と父との関係を危惧もしていた。
そして今こうして晋助を求めてくる神威にも。
「・・・っ」
直接神威の小さな指に触れられれば身体が反応する。
当たり前だ。晋助も男である。
神威に触れられるままに身体を追い上げ、そしてまた晋助も神威の精通したばかりのそれを煽った。
触れれば簡単に追い上げられる互いのそれ。
居間で弟と二人、妹が起き出したらどうするのか、或いは突然父が帰ったら、それを思うと今すぐ止めるべきだと思うのに止まらない。兄である晋助が諌めるべきなのだ。なのにそれが出来ない。
「続きは?」
互いに達したものを手ぬぐいで拭いながら神威が問う。
いつもの問い、いつもの答え。
「しない」
最後まではしない。神威が己に何を求めているのかがわかるからこそしない。
したら最後駄目になる。
何が駄目かは晋助にも神威にもわからなかった。
わからなかったが駄目になる。
いつか確実に駄目になるとしてもそれは今じゃない。
今じゃ無い筈だ。
そして互いに身を整えた後眠る。
朝方には神楽も手洗いに起きたのか気付けば同じ布団に居た。
そうして三人眠る、その午後に父が帰宅しいつもの騒がしい家族が揃った。
その後、神祐は字を晋助とし、そして機関の試験を受けることとなる。
そして神威は晋助の髪が抜けた時の為の薬を探すと云って海賊になって仕舞った。
今や表向きは取り締まる側と取り締まられる側、晋助は夜兎を保護する為に尽くし、夜兎としては初めてとも云える所謂キャリアの至極まともな職に就き此処に居る。

「駄目に、なるか・・・」
駄目になる。いつか確実に駄目になる。
駄目になるのはあの時では無かった、けれども次に神威に会えば駄目になるかもしれない。
いっそのこと自分は神威にもう駄目にして欲しいのかもしれなかった。
いつまでも愛していると云いながら晋助に最後まで触れられない弟に。
晋助を欲していながらも、傷付けまいと臆病さを見せる健気な弟のいじらしさに揺れて、先に焦れたのは己の方かもしれない。

煙草の煙が天井へ届いて消える。
その直後、鳴ったコール音の相手に気付いて晋助は思わず自嘲気味に笑みを浮かべた。
十分後か、明日か明後日か、でもいつか駄目になる。
駄目になるのならその過程を愉しみたい。そう思えるだけ大人になった。
心地良く響く神威の聲に耳を澄ませながら、晋助はいつかに思いを馳せる。


08:
駄目になるのは多分、明日かもしれない。

お題「続続・明るい家族計画」

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