※パラレル。高杉が夜兎で神威と高杉が兄弟設定。家族話。 神威には家族と呼べる存在が居る。 母親は早くに亡くしたが、頭の禿げかけた父親と軟弱な妹が一人、そしてこれこそが神威にとって最も大事なことだったが、神威には兄が一人居る。 そう、兄だ。 濡れ羽のような美しい黒い髪をし挑発的な目線を持つ夜兎の中でも異彩を放つ綺麗な兄。 その兄の名を神祐(しんすけ)と云った。 今は字面が悪いだとかどうとかで『晋助』に改名して仕舞っているがその晋助こそが神威にとって最も大事な至高の存在なのである。 「団長ー通信だぞー」 「何?元老とかだったら勝手に話聞いといてよ」 素っ気なく神威が云えば阿伏兎がにやにやとした笑みを浮かべるのでそれでぴんときた。 「いいのかぁ?団長」 「煩い、早く寄越せよ」 阿伏兎から通信器を奪う様に取って直ぐ様耳を当てれば兄だ。 「晋助・・・!どうしたの?うん、うん、うん?それで・・・」 その嬉しそうな様子に阿伏兎は肩を竦める。 神威の一族は夜兎の中でも最強と云われるほど強い血を持つ。 父親である星海坊主は宇宙最強の名で知れ渡っているし、その息子の神威とて同じく宇宙に名を轟かせた夜王鳳仙に師事していた。 力のほどは言わずもがな。妹の方は神威が軟弱だというばかりでわからなかったが、神威の上に居る兄というのがまた曲者なのである。 神威の兄晋助は夜兎の中では珍しくインテリである。勿論遺伝子で云うと最強を引き継いでいるのだらかとびきり強かったが、頭を使うことを不得手とし、種族の滅亡にも然程関心を示さない夜兎からすると少し特殊な存在であった。頭の良い男なのだ。 その頭の良さのままに大抵が荒くれ者に流れる夜兎の中では初めてであろう、それを取り締まる側に回って仕舞った。 いわゆる監察機構に所属しているエリート様なのだ。 そして彼は滅亡に瀕する夜兎の数を調べ、こと権利に関しては力で奪うことが主の夜兎が不利になるケースに対処する為に夜兎保護を名目に宇宙の特区に夜兎保護区を作って仕舞った切れ者でもあった。 己に夜兎の保護区のナンバーが割り振られた時には面倒だと思った物だが、そのおかげで色んなものが安く手に入ったり、保険が適用されるとかで阿伏兎も地球の吉原で失った左手のケアの時には随分世話になった。特区には現存する夜兎がタダで滞在できる施設もあるのだから母星を失って久しい夜兎にとって其処は第二の故郷なのだろう。特に繁殖については手厚い保護がある。 夜兎特有の病や太陽の光の耐性についても研究もされているのだからこの男の偉大さはわかっただろう。 少なくとも種族の存亡を憂う阿伏兎にとって神威の兄である晋助は尊敬に値する。 要するに晋助はそういう夜兎が苦手とする謀略だとか、知略だとかに非常に長けた男であったのだ。 「わかった、あっちの方は検問かぁ・・・」 『ドンパチはするなよ、向こうは今連合が居てややこしいことをされると面倒だ』 「うん、そうする」 神威が電話で会話しながら阿伏兎にパネルを指さす。 星域地図を表示してやると神威が座標を指差した。 成程、検問があるということらしい。 晋助はこうして監察機構上層部に食い込んでいる特権階級らしく宇宙海賊春雨に所属している神威に検問や軍の数、或いは紛争地域などの情報をもたらしてくれる。 海賊といえど同胞。或いは弟である神威が率いているのだから兄としては思うところもあるのだろう。 何せ神威が海賊になったのはこの兄が原因である。 こうして楽しそうに会話をする神威をみれば普段の残虐性など想像もつかないが、神威は一度火が点くと手がつけられない。 それを止められるのは彼の父か今会話している兄くらいのものなのだろう。 阿伏兎も二度ほど会った事があるがなんとも形容のし難い得体のしれなさがある美貌の男であった。 「ね、晋助、次いつ会える?」 『手前が会いたいと思えば会えるさ』 「俺はいつでも晋助に会いたいと思ってるよ」 まるで恋人の会話であるが、彼等は紛れも無く血の繋がった兄弟である。 神威がこうして誰かに甘えてみせるのもこの晋助の前以外では有り得なかった。 「ねぇ、兄さん」 にいさん、と甘えた声を出せば晋助は電話口で溜息を漏らし、そして神威に囁いた。 『次は地球に行く』 「地球って神楽のとこ?」 『それもあるがな、調停の仕事ついでだ』 「ずるい」 神威が素直に不満を漏らせば晋助は聲をあげて哂った。 『なら手前も来い、親父も時間があれば来るらしいぞ』 「禿げはどうでもいいよ、って待てよ・・・あれ試してなかったか・・・じゃあ行く」 『まだ探してンのか、』 「俺のライフワークだからね、全部晋助の為なんだよ」 『俺ぁいいって云ってンだろが』 「そうはいかないの、俺が!とにかく来週地球に行くから!」 待ってると兄の囁くような聲で云われて神威はじんと身体の芯が痺れるような心地に駆られる。 いつもそうだ。 いつも兄は完璧。 幼くして母を亡くしたが神威も神楽も少しも寂しいと感じたことは無かった。 父親は宇宙を股に掛ける賞金稼ぎだ。常にいない。時折帰ってきては大金と食糧を置いていく。 それだけなら寂しいと思ったかもしれない。けれども神威には兄が居た。 母が死んで、父が不在で、それでもこの年の離れた兄が辛抱強く神威と神楽の面倒を見た。 食事を作り、二人の世話をして、生き方を教え、そして歓びを教えた。 此処に妹である神楽がいるのが神威には少し癪であったが(兄の取り合いになることがしばしばあったからだ)それでも兄は神威と神楽がある程度大きくなるまで傍に居てくれた。 そしてその生活の中で彼は気付けば夜兎の中でも珍しく本を読み、勉強をし、そして試験を受けて宇宙最大の監察機構のエリートになった。 父と喧嘩になっても兄がいつも止めて仕舞う。そして鳳仙に師事した神威でも未だに兄に勝てた試しも無い。 今なら本気で挑めば或いは、とも思う。けれどもそれをする気にはなれなかった。 父親を殺したいとは思っている。それは夜兎の本能だ。強い者を倒したい。それに尽きる。でも兄は違う。 晋助は失えば替えが効かないものだ。神威の唯一。 唯一至高の存在。 その唯一が・・・。 「っとに団長はブラコンだよなー・・・何が悲しくて増毛剤探して宇宙海賊・・・」 そう、神威の自慢の兄の唯一の心配事はただ一つ。 髪が黒いことなのである。 珊瑚色の髪である神威や神楽は母親に似たらしい。 父親の薄い頭皮を見る度にそう思う。 けれども、だ。 あの綺麗な兄が、完璧な兄が。 濡れ羽のような黒い美しい髪を持っているのだ。 そう忌々しい父親と同じ黒い髪を・・・! 「煩いよ、阿伏兎、新しい増毛剤がいくつかあるから来週地球で禿げ親父に試す」 「俺ぁね、海賊行為も嫌いじゃねぇし殺しも性に合ってるからかまわねぇがね、団長」 「親父に使うのも癪だけど、そうしないと効果を実証できないし、いずれ晋助に使うかもしれないんだから慎重にしないと」 「増毛剤探して海賊になった夜兎ってのも手前が初めてだろうよ」 呆れたように阿伏兎が云えば、くわっと神威が阿伏兎を見遣りながら宣言した。 「だってあの晋助がだよ、晋助がいつかあの禿げみたいに禿げたら大変だろう!?俺はそんなの耐えられない、晋助は気にしないっていうけど万一にもあの親父の遺伝子が強くて毛根が死滅したら取り返しがつかないんだよ?俺は晋助が禿げても愛してるけれど、あるに越したこと無いじゃないか!だから俺は晋助の為に海賊王になる!」 一大事である。 何せ禿げたら大変だ。あの美貌なら禿げても寄ってくる女はいるんじゃないかねぇと阿伏兎は思うがそれは口にできなかった。 何せ阿伏兎の上司は大真面目にそれを探している。最早ライフワークだ。効き目があるという増毛剤や育毛剤の噂を聞けば行く先々で星々を征服して探し回る狂気の修羅。それが宇宙海賊春雨第七師団団長神威である。 そして彼にとって兄は兄弟ではなく、男なのだ。 兄である晋助は己の情人であると公言して憚らないのである。 夜兎のくせに不毛なそれに阿伏兎は時折眩暈がするが、それでもこの兄弟が嫌いではない。 己こそが晋助の唯一の男と豪語する神威はいずれ本当に海賊王にお成りあそばせになるのだろう。 「へいへい、じゃあ未来の海賊王様の為に宇宙を征服しに参りますかね」 阿伏兎は溜息を吐きながら指定の座標を入力する。 征服したその先にあるのは地獄。修羅に相応しい地獄だ。 宝箱には一面の増毛剤、積み上げるは強者の屍。 彼の夢は壮大であり、また愛であった。 01: 明るい家族計画 |
お題「明るい家族計画」 |
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