自分がその場所で酷く浮いた存在であるとは理解していた。
けれどもそれがこうなるとは高杉も想像してなかったことだ。
春雨内では勿論この裏社会の中でも、高杉は有名な存在らしかった。
あの第七師団の神威をたらし込んだ男として大変下世話で不名誉な噂が一人歩きをしているらしい。
確かに神威は殺し以外のあらゆる裏の場所に高杉を連れ歩いた。
今からこれがお前の世界になるのだと知らしめるように高杉にそういうものを見せた。
高杉はそんな裏社会の人間たちの前に晒されて、内心はまだ一般人であるのでやっべー、マジやっべーと冷や汗を掻いたものだが、元々思っていることが顔に出にくいのが幸いしたのか、一見神威の隣で優雅に気怠げに煙管を吸う愛人に見えているらしい。
流石にもう慣れたので多少のことでは動じなくなった。動じないというよりもこのぬるま湯のような中途半端な自由に高杉は全てがどうでもよくなっていたと云う方が正しいのかもしれない。
その男の口から礼賛まじりにそんな噂があるのだと聴いて高杉は煙管の煙を溜息と共に吐いた。
男は高杉を美しいとしきりに礼賛する。
何が男に綺麗だ。綺麗もクソもあるかと思うが、その男の求めるものに高杉は気付く。
( 俺が欲しいって面だ )
男は春雨の中でそれなりの地位に居るらしい。元老だとか云う上のクラスでは無さそうだが、神威と同等に近い権力があるとのことだった。
成程、これは何処の世界にもある足の引き合いだ。
この男は高杉を利用して神威という春雨最大の武力を制しようという野心がある。
そして高杉は気付いた。自分もこうしてこういった力のある者から力を奪っていけばいずれ神威の支配から逃れられるのではないかと気付いたのだ。
だから寝てもいいと思った。
どうせ神威はいない。
水を持って戻った云業にこの男と出掛けると伝えた。露骨に「止めておいた方が良い」と云われたが知った事か。

結論から云うと高杉はその男と寝た。
安っぽい礼賛の台詞に気を良くした風に見せて、高杉はその男を受け入れた。
酷いセックスだったが、神威もこの男も同じだ。クソみたいなものだ。
よく自分のような男と寝れるものだと感心すらする。ナニをおっ立てて、突っ込んで、気が狂ってるとしか思えない。
高杉は吐き気をやり過ごして男を煽った。
そして朝方「また連絡する」と男が部屋を出るのをベッドで見送り、それから煙管を吹かし、シャワーを浴びてホテルに戻る。
状況が変わったのはその後だ。
神威が戻った。ホテルで高杉が惰眠を貪っていると大きな音を立てて両開きのドアが開かれる。
テラスが着いているこの場所が高杉は気に入りだった。
「ただいま、高杉」
「ああ」
高杉は神威の手を見る。
その先に引き摺られるようにくぐもった悲鳴をあげる者が居た。
あの男だ。
「俺が仕事に行ってる間に火遊びでも覚えたみたいだね、退屈だった?」
「てめぇよか具合は良かったな」
その言葉に神威の笑みが一層増す。
これは酷く機嫌が悪いサインだ。
「女はよくて男は駄目ってか」
神威は張り付けた笑みのまま鼻血を垂らす男を床に投げた。
既に顔を何度も殴られたのか男は目も当てられない状態だ。
高杉は長椅子から上体を起こしそれを見つめた。
「当たり前だよ、女は強い子供を産むかもしれないだろ?だから高杉の子が生まれたら皆俺の子として認知してあげる。でも男は許さないよ、男は俺だけ。それ以外は無い。男とセックスなんて非生産的だろう?」
「お前が云うな」
思わず高杉が本音を洩らせば神威は少し機嫌が戻った様子で、顔に笑みを浮かべた。
それだけなら可愛らしいものを、何分この状況が異常だ。
「俺はいいんだよ、まだ若くて強くて将来性がある男だからね」
そして、床に伏して悲鳴をあげる男の前にしゃがみ込み男の髪を掴んだ。
「そういうわけだから、死んでもらうよ」
「俺を殺したら元老になんて云われるか・・・!許されんぞ、神威!」
神威は笑みを浮かべたままその男の顔を床に打ち付ける。
鼻が折れたのか嫌な音がした。
「うるさいなぁ、あんた死ぬんだし、もうしゃべんない方がいいよ」
「っ・・・貴様、制裁があるぞ!」
「別にいいよ、そうなればその元老も潰すから、俺自分のものを勝手にされるのって結構嫌いな性質だったみたいでさぁ、わかんないよね、人生どうなるかなんて、あんた俺に殺されるなんて思ってなかっただろう?阿呆提督あたりに泣きつけば助かるとか思ってた?そういうの甘い考えって云うんだよ、俺さぁ、この高杉にゾッコンみたいだからさ、私刑の際にうっかり遣りすぎてあんた勝手に死んじゃうみたいなんだよね、ごめんね、手が滑っちゃった」
神威が哂いながら男のあらゆる箇所の骨を折る。その音を聴きたくなくて高杉は眼を背けた。
けれどもそれは許されない。
高杉の両脇に立つ阿伏兎と云業が許さなかった。
「見届けろ、それが手前の仕事だ」
「悪趣味だ」
「元は自分で撒いた種だと思うがね、団長はあんたを甘やかしすぎる」
阿伏兎に顔を指で固定され高杉は目を閉じることも許されずそのショーを見せられる。神威が嬲っているその男の動きが止まるまでそれは続いた。
「これは教育だよ、俺は高杉に此処のルールを教えてる」
男の死体を神威は足で蹴りながら云う。
いまならわかる。
どうしてこんな餓鬼が春雨という巨大な組織の中で重要な位置にいるのか。
この餓鬼は強い。恐ろしく純粋に強い。
力があってそれなりに頭も回る。
そして何より残酷だった。
容赦が無い。神威がすると云ったらする。
それがルールだ。
神威が動かなくなった死体を足で転がすとまるで絵具のように血があたりに巻き散る。
高杉は喉元まで込み上げてくる吐き気を押さえながらそれを見た。
男が死んだ。
嬲り殺され肉が抉られ、それはもう人では無い。残骸だ。
おぞましい、ものを見ている気分だ。
( 最悪だ )
「さて、と」
神威がこちらを向く。
笑顔のまま高杉に近付いて来る。
「じゃあこっちはこっちでお仕置きしないとね」

それから暫く口にしたくも無いような責めにあった。
高杉はまるで最初の頃のように四六時中神威に抱かれたし、阿伏兎達の前でも犯された。
頭が真っ白になる様な薬を使われて、くらくらして、高杉の悲鳴も何もかもを神威に飲み込まれて、その苦痛を諦めた頃に漸く許された。
「次はもう少し優しくしてあげる」
辛かった?と問う神威にどうにか高杉は頷く。
「ごめんネ」
優しく髪を撫ぜられながら高杉は意識を落した。
神威はそれに満足したのか高杉の身体に己の上着をかける。
高杉自身は気付いていないだろうが寝姿さえ色気があった。
その独特の色気に神威は満足している。
自分以外の男が高杉の身体を好きにしたかと思うと未だに頭が沸騰しそうな程に怒りが沸くが、怒りのままに高杉を苛んでも悪戯に壊して仕舞うだけだ。

「団長ぉ、てめぇはあの高杉とかいう男に甘すぎる。もっと制裁をくわえりゃいいんだ」

漸く機嫌を直して神威が部屋を出た瞬間に壁に凭れ掛かっていた阿伏兎に聲を投げられる。
確かに神威は高杉を甘やかしているという自覚はある。
最初の頃は高杉があれはいやだとか、此処ではしたくないとか、我儘が過ぎたので力づくで殴ったこともあった。けれども神威としてはその顔が気に入っているので矢張り殴りたくはない。それに最初は高杉のつれない態度に苛々としたこともあったが、後になってからあれはあれで趣があるものだと思い直し、今では苛付いて行動を起こす前に一度一服してから頭を冷やして高杉の横暴を見守ることにしていた。
そして度が過ぎれば今回のように何日も責めたて、犯し抜いて、高杉の心が折れる寸前まで仕置きをする。
これは神威にすればかなり寛大な処置だ。確かに高杉程価値を見出した相手に出会っていなかったというのもあるが、以前なら神威は己に背いたのなら、愛人だろうと何だろうと容易く殺した。そして次の瞬間、相手の名前まで忘れてしまったのだろう。けれども高杉は違う。高杉は神威にとって特別だ。自分がどれほど特別に扱われているのか高杉は知りもしないから、こうして度が過ぎて仕舞うのだろう。でもそれもいい、神威は高杉を責めはするが、殺しはしない。あれは自分だけのものだ。大抵は許してやろうと神威は努力している。
だからあの男と寝たという報告を云業から聴いた時にも神威は一度、ホテルのロビーに置かれたソファに座りたっぷり十分ほど煙草を燻らせた。
そして何度も高杉のやった行動を心中で反芻する。反芻するがそれでもこれは容認は出来ない。
どう転んでも高杉のそれは神威の許した範囲を超えている。
女遊びならいい、金を使い果たし、神威に強請るのもいい。
好きな場所で享楽に耽るのもいいし、何を欲しがっても大抵は許せるし叶えてやろうとさえ神威は思っている。
でも今回はお巫山戯が過ぎた。可愛い我儘だとは思えない。
己は思ったより個に執着できるのだな、と神威は妙な感心さえして、高杉と寝たという同僚であるらしい男を阿伏兎に引っ張って来させた。そして高杉の前でその男を解体するように殺した。
見届けさせたのはルールを破った高杉に思い知らせるためだ。
お前がおいたをしたから、こうなったのだと、高杉自身に教え込まなければならない。
神威の敷いたルールを高杉は明確に理解する必要があった。
あの男は未だに神威が飽きれば解放されるかもしれないという下らない希望を抱いている節がある。
そんなことは無駄なのだ。
最早神威は高杉を手放すつもりもなければ、真に自由をくれてやるつもりも無い。
一般社会に戻れるなど幻想だ。神威が死ぬ時、己は必ず高杉を道連れにする。
高杉は神威が作った自由の中でのみ息をすることを許される。だからこそ高杉は神威が許しているから、それが出来るのだと理解する必要があった。

その箱庭の中で王にでも女王にでも成るがいいと神威は思う。
高杉が望むのなら囲いが見えない程その檻を拡大してやろう。
けれども最初に云ったように、自分と別れるのだけは許さない。
「高杉はあれでいいんだよ、そこが可愛いんだ」
「いかれちまいやがって・・・このマセ餓鬼が」
呆れたように毒づく阿伏兎に神威は聲を立てて笑った。
久しぶりに気分が良い。
そうだ、後で高杉が目を覚ましたら優しく真綿で包むように扱ってやろう。
あれが気に入っている店に連れて行って、新しい服を仕立てて、宝石で飾ってやろう。
そして食の細い高杉が好むような食事を用意させて、神威は欠片も関心が無かったが、以前高杉が興味を示していた観劇とやらに連れて行こう。そうすれば高杉はまた、少しづつ神威を困らせる我儘を云い出すに違い無い。
それでいい。
それがいいのだ。
あの鋭い射抜くような目線。
どうしたって死なない獣の眼光。
己のみが王だと知っているあの眼が神威を見る。
神威などに犯されて屈辱だと、思い通りにならないのだと、あの男は神威を見るのだ。

「つくづく高杉って俺好みだよねぇ」

可哀想に、と神威が云えば、背後の阿伏兎が「馬に蹴られて死んじまえ!」と盛大に叫んだ。


06:ルールと教育
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