その二週間で高杉の体重は一気に落ちた。 碌な休息も得られず引継ぎの仕事をして、それから帰れば神威の相手を朝方までさせられる。 倒れなかったのが不思議なほどで、結局高杉のその疲労困憊の体に周りは何も云えず、高杉は二週間で全ての仕事の引継ぎを終わらせ、会社を退職した。そしてそのまま神威の元へ連れ帰られ、にこりと高杉を迎えた神威の手で高杉が使っていた携帯電話とカードや身分証の類の全てが破棄された。高杉晋助という男はそうして一般社会から消えた。 その次の日にはもう高杉の姿は日本には無かった。 絢爛なホールは最初こそ慣れなかったが既に此処に訪れたのは何度目のことか。それほど馴染んできたこの場所に高杉はうんざりしながら煙を吐く。 手にしているのは煙管煙草だ。あの日神威の手から奪った煙管を高杉はずっと愛用している。 パスポートや身分証の類も既に偽造されて高杉はいつの間にか別人になっていた。 新しいカードと携帯電話を渡され、飛行機に乗って新しい土地に着けばアジア最大のシンジケート第七師団のボス、神威様の愛人というわけである。 此処は今まで高杉が知り得なかった非現実だ。 あらゆる退廃の巣窟を見ている気分になる。 此処にあるのは多額の金と女と、陰謀と、死。あらゆる犯罪の坩堝。 高杉自身実際にそれを目にしたわけでは無いが神威に遊べばいいと案内された一件絢爛そうな賭博場では熱狂的な歓声とそして絶望の入り混じった悲鳴が時々あがる。そして引き摺られるように部屋を出ていく者を見てはその末路がなんとなく想像できて高杉はうんざりした。 そしてその中でも神威は特別な存在だということも高杉は知った。 そう特別なのだ。 神威はいつも高見からそれを見下ろし戯れに高杉を抱きながらまるで舞台でも観ているかのようにそれを愉しむ。餓鬼の遊びにしては性質が悪い。この餓鬼は根っからこっち側の人間ということだ。 その神威が今まで愛人を連れて出歩いたことが無いというのも高杉はどうにか聞き取れる英語で初めて知った。 神威が居るのは春雨の殺し専門の部隊なのだそうだ。 まるで軍隊のようだが、正にそうだった。アジア最大のシンジケートというだけあって、春雨という組織は各国の軍部から政治にまで介入しているらしい。その癒着と裏からの支配がこうした賭博場を作り、あらゆる犯罪を容認させている。 高杉の居た日本ではそんなものと無縁だと思っていたが、神威が日本にわざわざ来たのも矢張り仕事であり、日本にも相当に深い根があるのだと後から知った。 神威は餓鬼だ。 歳も若い。そんな神威がトップだという第七師団。春雨という裏組織の殺し専門の部隊。 見れば見る程高杉はこの神威という少年と青年の間を行き来する子供の美貌に驚いた。 とにかく神威は顔が綺麗なのだ。まるで少女のようなそれ。 いっそ女だったらいいのにとさえ思う。 一介のごく普通のサラリーマンであった高杉が攫われるように酷い軟禁と脅迫を受けてこんな遠くまで連れてこられて仕舞った。 これが悪党の女と大恋愛の末だろうが、愛人関係だろうが、女であればまだ高杉の面目も立つ。 今更面目もクソも無いが高杉にも男としての矜持がある。 だから神威が女ならどれほど良かったかと思うのだ。 まして神威は年下だ。高杉からすれば生意気なクソ餓鬼にしか過ぎない。 男で年下である神威に蹂躙されるなど高杉には我慢ならなかった。 こうしてこんな場所で酒と女と金が入り乱れる場所で当然のように犯されて、流石に見知らぬ他人の前では無かったが部下の前でも神威はその気になれば高杉を抱く。最初は随分抵抗したが殴られ、その驚異的な力で押さえこまれてそのうちに抵抗は無駄だと知り諦めた。 それほどに神威の情は激しい。 全くこんな年上の独身男を抱いて何が楽しいのか高杉には理解できないが、神威のいかれた嗜好は甚く高杉がお気に入りらしく、高杉に飽きる様子も無い。 高杉は今会社員をしていた時には当たり前のように来ていたスーツを脱ぎ、神威が着るようなチャイナ服を着せられている。 豪奢な布地のそれは高杉を着飾るのがブームなのか神威が気に入りの蝶の刺繍が入った服だ。昔に事故から左目の光を失った為に前髪で隠すようにしていたが、眼帯を勧められたので、云われるままに眼帯もしている。それがこの裏社会ではわかりやすい目印らしく、高杉が歩けば皆興味深そうに遠目に高杉を見つめるのが常だった。 「少し遊んでくらぁ」 神威は阿伏兎を連れて仕事だ。 沢山稼いでくるからネ、と言葉通りの甲斐性を見せる餓鬼を昨夜見送った。滞在しているホテルでだらだら過ごすのも良かったがもう一週間近くホテルから出ていないので高杉は護衛という名の監視である云業を連れて賭博場に来たのだ。 この異国を観光でもしようかと思ったが今更それも莫迦らしいので止めた。 車をいつもの賭博場に回させ高杉はさも自分が偉い人間にでもなったかのように恭しく扱われ、どんどん己が神威に引き摺られるようにこちら側の人間になっていくのを感じながら扉を潜る。 煙管煙草を口元にやれば咄嗟に給仕の男が高杉の煙管に火を灯し酒の入った杯を渡してくる。 中に入るには厳重なチェックが必要だったが、高杉は既に神威という後ろ盾があるから出入りが自由だ。 適当にカード台に座り、賭ける。ブラックジャックという数の合計を賭けるゲームだ。 勝てば倍になり、負ければチップが没収される簡単なゲーム。 高杉はその台で、手にある全てのチップを賭けた。 外れれば目も醒めようものなのに、自分がこの手のゲームに強いということに気付いたのも此処に来てからだ。 僅か数分で今まで貰っていた給料の軽く三倍を稼いで高杉は席を立つ。 神威は高杉に段階的に自由を許した。 こうして自分のテリトリーに高杉を入れたので安堵もあるのか、高杉はこうして車をまわさせて好きな場所に行く自由と、好きなだけ金を使う程度の自由が今はある。 勿論その賭博場で目線を交わした女と寝る自由もあった。 女もまんざらでは無いのか高杉に目配せをして誘う。 そのまま女の腰を抱いて高杉は煙を燻らせながら奥の部屋に向かった。 ( ナニする為なのか都合よく出来てらぁ ) ほとほとよくもまあこれほど欲にまみれた場所を作ったものだ。 賭博場を抜ければ奥は麻薬の巣窟であったし、建物こそ近代的でまともであったが中身は狂ってる。 更にその奥では女も男も春を売っている。好きなだけしけこめる品の良い部屋がいくつもあり、身形の良い紳士淑女が踊り狂っている。人間一皮剥けば皆同じということだ。 高杉はその中の一室に入り女を抱いた。 此処に居ては道徳が麻痺してくる。 その上結局高杉は神威に飼われているのだから己もそれと大差無い立場だと知っている。それならば許されているのだからいっそ此処で享楽に耽る方がまだマシというものだ。二度と酒を飲むまいとあの日誓ったが、呑んでも呑まなくてもこの状況は変わらないのだから高杉は禁酒を止めた。そして女を抱く。浴びる程酒を呑み女を抱き、金を使い、神威のいない束の間の自由を過ごす。 一度最中に神威が帰ってきて女を「邪魔だから帰って」の一言で裸のまま追い出したことがあったが、それでも神威は愛人を別で作ってもいいと先に宣言していた通り高杉を責めなかった。 怒るかと思ったが、神威にとって高杉はそういうことを許している存在であるらしい。 その時はそのまま神威に朝まで犯されたが、今日は大丈夫らしかった。神威が戻る気配は無い。 女とやり終わった後、高杉は一人ベッドで煙管を吹かし、それから衣服を整え、部屋を出た。 部屋を出て直ぐ傍らに立つ云業に水を要求し、廊下のソファに座りこむ。 どうやら飲みすぎたらしい。今なら云業しかいないので逃げられるかもしれないが、それも面倒だった。 どうせ此処は異国でまして日本より遥かに春雨や裏社会の影響力がある場所だ、知らない土地、知らない言葉。 逃げ遂せられるとはとても思えない。言葉が通じないのではタクシーで大使館に逃げることもままならない。 そんなことをつらつら考えていた高杉に聲がかかる。 「日本の方ですな、Mr.タカスギ」 と神威達以外からは聴かない母国の言葉に高杉は顔をあげた。 「てめぇは・・・」 男は高杉に名乗り、そしてその手を取って云ったのだ。 「貴方に是非お目にかかりたかった」と。 05:退廃の坩堝 |
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