身体に痛みはある。高杉は身体の節々に奔る痛みに顔を顰めた。
金曜日の夜からまる二日、少しの休憩と食事をする以外あの餓鬼に犯されたのだから当然である。
家には神威の宣言通り帰ることは許されなかったので会社に出勤するためのスーツを神威に用意させて軟禁されていたマンションを出た。
玄関を出て気付いたがどうやらマンションのワンフロアを神威達の云う第七師団の連中が使っているらしく、エレベーターですらカードで認証するタイプの厳重なセキュリティだった。仮に高杉が部屋から上手く逃げ出せたとしても無駄だったというわけだ。
そのまま阿伏兎という男が用意した車に乗り月曜の朝、漸く高杉は会社へ出勤し、一般の世界に戻った。そして上司に頭を下げて欠勤を詫びた後、急で申し訳無いが、辞めさせてほしいと高杉は辞表を提出したのだ。
突然のことに驚かれたし引き留められもしたが、こればかりはどうしようもない。
期間内に辞められなければ蒸発したことにされるのだ。
だから高杉は言葉を選びながら家の事情で海外へ行くことが急に決まったのだと、以前から外資の仕事に興味があって、そのチャンスが来たのだと。勝手で申し訳ないが二週間の内に退職させて欲しいと伝えた。
あるまじきことだが、結局高杉が頑なな為に受け入れられ、高杉は残り二週間で引き継ぎの作業をすることになった。
激務である。
朝は早めに出勤をして、夜は残業、その間も神威から電話が鳴れば直ぐに取らなければならない。
それも約束させられたことだ。最も神威は一応社会の常識は理解していたのか始業から就業までは電話はしてこなかった。
残業などの場合何時に帰るかの確認の為に電話をかけてくる。
アジア最大のシンジケートの第七師団のボスだという男は日本へは何の用で来ているのかさっぱりわからなかったが、少なくとも高杉程忙しくないのは確かの様だった。

桂へは、どう伝えようか悩んだが会社へ云ったように海外で欲しい資格が取れそうだからと云った。
どんな資格だと問うので、桂が専門外の言い訳を沢山用意する必要があったが、どうにか電話口で説明をして、桂は高杉に会いに来ると云ったがそれも断った。今しか取れないのだと。独立したいから、ちょうどタイミング良くヘッドハントに合ったのだと。
今はこちらも手が空けられないので向こうに行って落ち着いたら連絡をすると告げれば漸く桂が折れた。
一瞬真実を告げそうになったが神威がそれを許す筈も無い。高杉はもうこちら側に足を突っ込んでしまった。
高杉の裏切りをあの餓鬼は許さない。高杉は息を吐き、暫くお別れだと桂に告げた。
月末に呑む約束をしていたがそれは銀時とでも行ってくれとだけ云って高杉は電話を切る。

夜も十二時を過ぎてビルを出れば見知った男が立っている。
さながら警備員よろしく黒いスーツを着た阿伏兎と云業だ。
そのまま車に乗せられ神威の元へ連れ帰られる。
帰る場所はいつも同じ場所というわけでは無かった。
神威はいろんな場所を転々としている。
昨夜は高級ホテルの最上階スウィートのペントハウスだった。
まさか本当に取るとは思わず辟易したものだが、神威は酷く機嫌が良さそうに羽振り良く高杉に贅沢を振る舞う。
しかしそれを味わう余裕も高杉には無かった。会社での激務の後に神威のセックスに付き合わされ体力が限界なのである。

「・・・っ」
早々に倒れて仕舞った高杉に神威は笑みを浮かべながら云う。
「まあ大変なのは今だけだよ、あと一週間過ぎればあんたは俺の腕の中にずっといるだけなんだしさぁ、楽な仕事だよ?引継ぎ大変みたいだけどもう少しの辛抱だからまあ、頑張ってよ」
そう云いながら神威は高杉に押し入ってくる。その物言いがあまりにも適当なので高杉も腹が立つ。
この餓鬼があんなことを云いださなければ今頃高杉は自由だったのだ。こんな年下の餓鬼に理不尽に犯されることも生活の全てを制限されることも無かった。身から出た錆だが、それでも腹が立つ。
「誰の・・・所為だ・・・」
「あはっ、俺の所為?いいね、そういうの俺好きだよ」
全部俺の所為でいいからネ、とふざけたことを云う餓鬼の髪を掴みながら高杉は何が楽な仕事か、と思う。
この餓鬼の体力は底無しだ。ヤリ殺されるんじゃないかと思うほど激しい。
身体は確かに毎日厭と云うほど神威のセックスに付き合わされれば慣れもするがいかんせん凶悪な体力だ。
その上テクニックなど無いに等しい。餓鬼のセックスなのだ。高杉が消耗するばかりのそれに高杉は歯噛みしながらもいっそこいつを殺そうかとさえ思う。
けれどもそうすればこの餓鬼は酷く嬉しそうに笑うのだろうとこの短い付き合いでそれを理解した高杉は溜息を洩らしその餓鬼に揺さぶられるままに悲鳴を上げた。

「死んじまえ、クソ餓鬼」
高杉の立てた中指に神威は一層楽しそうに笑みを浮かべ高杉自身を追い詰める為の律動を再開した。
あっという間に高杉は神威に食らい尽くされ闇に落ちる。
とにかく早く終わって欲しかった。セックスもこの悪夢も。
けれどもその生活も長くは無い。
あっという間に二週間だ。毎日死ぬほど残業をして、毎日死ぬほど犯されて、もう限界だと倒れそうな高杉に同僚ももう少し退職時期を選べ無いのかと心配されたものだ。けれどもそうも云っていられない。
なんとか気力だけでそれを乗り切り明日には仕事の引継ぎが完了し、全てが終わる。
高杉の一般人としてのごく普通の生活が終わって仕舞う。
そんな折だ。毎日のこの生活で流石に神威の部下の阿伏兎にも云業にも慣れた。
四六時中張り付かれて厭な気分にはなるがそれも諦められる。
そんな折に不意に隙が出来た。阿伏兎の携帯が鳴り、難しい話らしく高杉の知らない言葉、恐らく広東語で話されている、その電話が長引いたのだ。阿伏兎は厄介事らしい電話口の言葉に眉を顰め高杉に背を向けた。云業は今神威の使いで高杉の傍には居ない。
車を降りたところだった。
不意に魔が射した。
今なら引き返せるかと思ったのだ。
この男から逃げ出せればあの餓鬼も諦めるかもしれない。
興味を失くしたと云って高杉を自由にするかもしれない。
そんな魔が射した。
音を立てずに高杉は迅速にマンションの地下駐車場から出る。
そして走り出したが、走り出した先に、云業が居た。
「・・・っ!」
あっという間の逃亡劇。
情けない幕引きだ。高杉の背後には既に電話をしていた筈の阿伏兎も立っている。
そして今高杉は神威の前に座らされていた。

神威は酷く機嫌が良さそうに張り付けた笑みを浮かべながら高杉を見る。
何処で手に入れたのか煙管煙草を燻らせて高杉に煙を吹きかけた。
「阿伏兎達からきいた、」
「・・・」
言葉に出来ない。どんなことをされるのか、殺されるかもしれない。
一瞬の油断が生んだ隙に、逃げ切れなかったことを高杉は後悔した。
神威は真っ直ぐに高杉を見てそれからにこりと笑って云い放つ。
「コンビニに行きたかっただけだよね」
笑顔で、有無を言わさず、「ね」ともう一度神威に云われて高杉は頷くしかない。
ちょっと煙草が湿気っていたからだと苦しい言い訳をすれば神威は「ほら、そうでショ」と高杉が逃げたことを有耶無耶にした。
部下に対しての示しをつけたのか、或いは高杉を暗に責めているのか・・・否、これは両方だ。
今神威の腸は煮え繰り返っているに違いない。現に神威は高杉から目線を外しもせず、およそ十代の餓鬼がするとは思えないような鋭い眼光を放っている。
「でも高杉、コンビニに行きたいなら云ってくれないと、それに煙草くらい周りの奴に云えば勝手に持ってくる、そういうのに慣れてくれないと困るなぁ」
神威に乱暴に髪を掴まれ、ぐい、と顔を近付けられる、鼻先に熱い煙管煙草の温度を感じるが当たる寸前で神威は、つい、と煙管を高杉の顔前から逸らした。
「今日は、ゆっくり楽しもうヨ、いいよね」
神威に云われるままに高杉は頷くしかない。失態を犯したのは高杉なのだ。
高杉の了承に納得したのか神威に手首を掴まれ床に転がされる。
一瞬神威が目配せした瞬間に、阿伏兎と云業が部屋を出た。
つまり此処でするということだ。
せめてベッドの上が良いと高杉が漏らせば神威は笑顔でそれを両断した。
「此処がいいんだ、今日は、寝かせない」
「ああ」
「物分りが良くて本当に助かるよ、自分で服を脱いで俺に跨って」
ネクタイを神威に引かれ、高杉は僅かな呻き聲をあげながらも身体を起こした。
云われるままにするしかない。
この餓鬼からは逃げ出せないのだ。
何故自分がこんなことをしなければならないのか。
何故自分がこんな目に合わなければならないのか。
全ては目の前のクソ餓鬼の所為だ。
やっていられない。酷い頭痛がする。ふつふつと怒りが湧いてくる。
このどうにもならない状況に、こんな餓鬼に支配されている己が我慢ならない。
高杉は苛立ちのままに神威の口にあった煙管煙草を奪い、そしてその煙を胸いっぱいに吸い込んだ。


「欲しいならてめぇでしろよ、餓鬼」


瞬間掴まれた腕に、呑まれるような口付けに、カン、と音を立てて床に転げた煙管を見つめながら高杉は哂い聲をあげる。
いっそ哂いたい気分だ。
もう何がどうなっても知るか。
この餓鬼と地獄の底まで付き合うしか無いのだ。
ならば精々困らせてやるのだと、高杉は哂い、そして獣をその身に受け入れた。


04:波乱の夜
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