「そもそもなんで携帯の電源が切れてんだ」
漸く神威に手渡された携帯の電源を入れながら高杉は半ばどうにでもなれという心地で愚痴を零す。
「ああ、携帯?うるさいから電源切っちゃったよ」
神威のさも当然と云わんばかりの返事に高杉は盛大に顔を顰めながら電源を入れた途端鳴るメールの着信音と留守番電話の数に辟易した。会社からは電話が三度、昨日の欠勤分と今朝の欠勤分、そして昨日の午後の会議の件だろう。必要な書類はデスクのわかりやすい場所に置いていたつもりだが気付いてくれただろうか。
それから留守番電話の残りはほとんど全部桂だ。
高杉には幼馴染が二人居る。桂小太郎という男と半ば呑み友達になっている坂田銀時、坂本辰馬は大学からそれに加わった感じだ。
その桂が散々留守番電話に伝言を残している。送ってきているメールの数も半端無い。
銀時からのメールも珍しくあることから今頃大声で騒ぎたてているに違いなかった。
幼馴染で住んでいる場所も近い。だからふらりと寄った際に高杉がいないことに気付いたのだろう。
とにかく連絡だ。席を立とうとしたが、直ぐ後ろを神威が云業と呼んだ男が着いてくる。既に四六時中監視されているというわけだ。
これならば何処で話しても同じである。高杉はソファに座り直し、それから煙草を咥え、傍らの男に火を点けさせた。
それから会社へ電話をし、家の事情で突如帰省していたのだと苦しい言い訳をして上司に不在を詫びる。
幸いにも普段の勤務態度が悪くないおかげで有給を適用して貰えたが、どうせ辞めるのだから今更無意味であろう。
「せめて、普通に辞めたい」
突然消えるとかはナシだ。と高杉が要求を口にする。却下されるかと思ったがあっさりと神威はそれを承諾した。
「いいよ、どうせまだこっちに居るし、あげられる時間は次の月曜から二週間、それ以上は蒸発でもしたことにしてもらうしかない、ただし、さっき云ったようにあんたは俺と生活する、家には帰れない。必要な物は俺の部下が全て用意する。どうしてもあんたの家から持って行きたいものがあるなら今のうちに云っておくといい、明日にはあんたの家の中身は全部処分して引き払う。もしマンションのあんたの部屋が賃貸じゃないなら、売りに出すけど」
成程調べたと云うだけあって、既に高杉の情報は筒抜けということだ。
家族がいなくて良かったと高杉は思う。
父も母も高杉が学生の内に事故で他界した。それなりの財産を残してくれたので生活には困らなかった。親戚も時々連絡を取る程度で頻繁に行き来は無い。頻繁に行き来があるとすれば幼馴染達の方だ。
「家は持ち家じゃない。昔に処分した。今は賃貸だから引き払うのはわかった。家のものを処分するのは構わない。アルバムの類は置いて欲しいが。今更だが、手前が飽きるまで会社を病気申請とかして休むってのは無しか」
「無しだね、俺はそんなに甘くは無い、持っていくなら根こそぎ持っていく、未練は残さない、あんたにもそうして貰う。俺のものになったなら普通の生活は捨ててもらわないと、辞めさせてあげる時間をあげるだけ寛大だと思った方がいい」
「だろうな・・・」
高杉は煙草の灰を落としながら神威を見据えた。
神威はにこやかな表情を崩さないまま高杉の今後を語る。
「会社には阿伏兎達が送る、始業時間から就業時間まできっちり、終わるまでずっと人を張らせておくから裏口からも逃げられないし、逃げたらあんたを追いかけるからそのつもりで。あんたは会社の中から一歩出たら迎えの車で俺の元に真っ直ぐに帰ってくる。さっきも云ったと思うけど、今のところあんたを友人だとかそういうものに会わせる自由はあげないから電話でもメールでもして別れを云った方がいい、警察に通報してもいいけれどあんたを社会的に潰す程度の報復行動をするからそうなる覚悟で通報したければどうぞ。今使ってる携帯電話は二週間経ってあんたが普通の社会とお別れ出来たら破壊する。新しい携帯をこっちで用意するから欲しい機種があれば阿伏兎に云っておいて」
二週間経ったらカード類も破棄するからそのつもりで、と云われて高杉はどうにか頷いた。

( 全くなんてこった・・・ )
こんな筈じゃなかった。
本来なら今頃会議を終えて、金曜の夜だからまた呑みに出掛けるか、映画でも観るか、そんな週末になる筈だった。
一昨日何故あのバーに行って仕舞ったのか、何故道端で倒れてしまったのか、歩ける距離だと思ってはいけなかった。タクシーを使うか店で潰れていた方がこうなるより余程マシだ。
けれどもこれが今の高杉の現実であり、いっそこうなるのなら昨年二年に渡り不倫をしていた法務部の女に「離婚するから結婚して」と云われた時に腹を括れば良かったのだ。この現実に腹を括るより遥かにまともである。
最早それも叶わない。
高杉はソファに身体を沈め煙を吐きながらどうやってあの口煩い幼馴染に、桂に言い訳をしようかと頭を抱えた。

「高杉、ご飯食べに行こーよ、美味しいとこ連れてってあげる」
「腹が空なンだ。脂っこいものとかは喰えねぇぞ」
「はいはい、とにかく行こうか、場所は阿伏兎がどうにかするよ」

結局その後、神威達に連れて行かれたのは小料理屋だ。ただし物凄く高価そうな店だった。
普通の日本家屋のような場所で店名も出ていない。
中に上がればそそくさと女将らしき人間が出迎えて卒の無い様子で座敷に案内された。
胃が弱っていると事前に伝えていたのか出された料理は悪くは無い。
逆に目の前で大飯を食らっている餓鬼に辟易とはしたが、繊細な料理の味は悪くは無かった。
その後、また車に乗せられあの部屋に戻り、其処からセックスをさせられる。
素面では初めてだったから流石に己の置かれた現実を見せつけられた気がして死にたくなった。
「痛ってぇ・・・」
「そう?俺はイイけど、そのうちヨくなるよ」
部屋に戻るなり乱暴に口付けられて足を割り開かれ僅かな前戯の後直ぐに押し入られる。
まるで野生だ。
がつがつと容赦なく神威に揺らされて高杉は眩暈がする。
酷い耳鳴りまでしてきて先程食べた物を吐き出しそうになった。
抵抗しようと身を捩れば神威に力で押さえつけられる。
怖ろしく力の強い餓鬼なのだ。高杉をあっさり組み伏せて神威は存分に高杉を嬲った。
それから神威が三度程高杉の中でイって、高杉がその後で漸く一度達せさせられて後はベッドで足を絡めながら悪戯に口付けられる。
( ちっともヨくねぇよ )
寧ろ最悪だ。ケツを掘られてイイも何も無い。
けれどもこれが高杉の現実だ。
うつらうつら、そのクソ餓鬼の顔を眺めながら高杉は初めてこの子供の顔をよく見た。
( 綺麗な、餓鬼だ )
まるで少女と云ってもおかしくは無い程の美貌だ。
その美貌のクソ餓鬼の珊瑚色の髪を指で弄びながら高杉は意識を闇に沈めた。

「そりゃあ、肝は据わってますがね、あの男」
気をやって仕舞った高杉をベッドに置いて神威は部屋を出る。
水が欲しかったからだ。冷蔵庫から水を取出し、ペットボトルの蓋を捻って中身を一気に飲み干す。
後で高杉にも持って行ってやらなければならない。月曜日には辞めるまでの二週間とはいえ彼を普通の社会に戻さなければならないのだから今の間に出来るだけ長く貪りたい。久しくなかった欲求に神威は笑みを浮かべた。
背後に立つ腹心である阿伏兎を見遣る。阿伏兎は呆れた様子で神威を見返した。
「いいんですかい?あんな拾いもんして」
「いいだろう?あの気の強さがいいんだ、あんなのが普通に埋もれている方がおかしいのさ」
そう、それなのだ。
高杉の肝は据わっている。堂に入った重みがある。
実際は一般人である高杉としては内心焦っていたのだが、それでも神威の野生は高杉の素質を見抜いた。
元は何処ぞの裏社会の人間の愛人だったんじゃないかと思うほど高杉は神威や阿伏兎を前にしても怯まない鋭さがある。
其処が気に入った。
気怠げに道端に倒れていた男。
コンビニの帰り、気紛れに顔を覗いて見ればあの男は真っ直ぐ神威を射抜いた。
「ぞくぞくする、あれは化けるよ、手を出したら阿伏兎でも殺すよ」
「かー!この莫迦団長!俺ぁあんなの趣味じゃねぇよ!」

「あれは俺のものにしたんだ、阿伏兎、口出しするなよ」
「悪い癖が始まったよ、ありゃあ美人だが、男だぞ」
「それもいいんだよ、女より骨があって良さそうだ」
とにかく決めたんだ、と神威は阿伏兎に告げて部屋に戻る。
もう一度高杉を貪る為だ。
泥酔した時も良かったが、吐いて朦朧としていない分今の方が高杉の本質に触れている気がして良い。
珍しく上機嫌で神威は手にした獲物をどう味わおうか思案した。


「俺のものだ。俺が、飽きるまで、ね」


03:目標捕獲
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