高杉は目の前で述べられる事実に茫然とした。
これはどういうことだ、何がどうなってやがる。
そもそも神威だ。こいつが夜王なんとかの弟子だとかなんだとか、正直高杉にはさっぱりである。

「そもそもさ、人のドーテー奪っといて他人とするとか許せないし」
しかも重い。
「は?ドーテーってどういうコトだよ」
「だから俺ドーテーだったんだって」
意味がわからない。ドーテーってあの童貞か?
「・・・おい・・・てめぇたしか『女殺しの神威』とか云われてなかったか・・・」
「まあそういわれることもあるけど、俺は正真正銘高杉が初めてだよ」
やばい・・・重い・・・と咄嗟に背後の阿伏兎を見るが阿伏兎はさっと顔を反らした。
逃がして貰えそうにない。
ないわーと頭を抱えそうになる。正直抱えたい。この事態を引き起こしたのがその『童貞』というのなら高杉はあの時神威を誘ったことを心底後悔した。
( 仕舞った・・・周りが過保護だったか・・・ )
夜王がどうとか正直わからないが、神威が『本物』なのはわかった。こいつは確実にヤクザだとかそういう裏側にどっぷり浸かった側の人間だ。御曹司だか秘蔵っ子だか知らないが、これはどうやら鳳仙とやらの入れ知恵で『仕組まれた』ことだったらしい。
「どっから仕込みだったんだ?」
そう、どこからだ?
どこからが仕組まれていたのか・・・。
「何処からって・・・そうだな、二回目あるじゃん」
そう二回目はあのカフェであった。偶然だった筈だ。少なくとも疑う余地が無いほど偶然だった。出遭ったのは高杉の行きつけのカフェでは無い。偶々いつものカフェが満席で気紛れに他の駅前のカフェに寄っただけだ。それをどうやって仕込むというのか?選んだのは高杉自身である。
「行きつけのカフェがいっぱいだったのはエキストラの皆さんでしたー!」
「殺す・・・!」
にこやかに言い放つ神威に氷点下に機嫌が下降する高杉。二人の心の距離は怖ろしい勢いで離れて行っている。
店が埋まるほどのエキストラを用意したのは神威以下第七師団と鳳仙の手が回った賜物である。
「ならどうやって、てめぇの家まで誘導したんだよ」
「水道管事故も俺達で仕込んだからネ、店を出た瞬間破裂するようにしといたんだ」
茫然とする。
( 今こいつ何っつった・・・? )
もう高杉は神威の云ったことを一度頭の中で反芻する。
今こいつは『水道管事故を仕込んだ』と云わなかったか。
行きつけのカフェをエキストラで埋めて、高杉を別のカフェに誘導し、そして、高杉の好みを事前に把握して、会話を弾ませ挙句に店を出た瞬間、水道管を破裂させるところまでの全てを仕込んだと神威は云った。
・・・脱力する。
・・・有り得ない。
( 勘弁しろよ・・・ )
一度目を誘ったのは高杉だ。
そして二度目を、仕組まれたとは云え誘ったのもまた高杉だった。
寝ること自体は珍しく『悪く無かった』そう、いつも痛みだけを高杉は行為に求めたが、神威と寝るのは悪く無かった。

「まあそういう訳だから諦めて俺のモノになってよ」
そう無邪気に云う男は決して高杉を逃すまい。
此処までしたのだから神威は必ず高杉を逃がさない。それははっきりしている。
そしてその熱い視線に高杉の芯が痺れるのを感じた。
熱烈だ。
セックスをしても何処か冷めた高杉にとって神威のその熱は酷く眩しい。
何故神威を誘ったのか、何故二度もこいつと寝たのか、そして今こうしてこの事態に怒りを覚えているのに、それでもこいつを憎みきらないのは何故か、それどころか可笑しくなってきて、高杉はその感情のままに聲をあげて笑った。
「?」
差し出された神威の手を軽く叩く。
冗談では無い、己は物では無い。誰がてめぇの情人だ。ふざけるな。
( たまんねぇな、おい、クソ神威・・・ )
「誰がてめぇのもんだコラ?ならてめぇが俺のもんになれよ」
そうしたら考えてやる。
高杉の言葉に目を丸めたのは神威である。
そう云われるとは予想してなかった。てっきり泣くとか叫ぶとか殴り合いになるとか、そして最悪神威が高杉を監禁して浚うところまで考えていたのに、高杉は予想のナナメ上の答えを投げてくる。
「・・・そうきたか・・・」
( ああ、たまらない、それでこそ高杉だ )
ぞくぞくする。興奮で頭の芯が痺れていく。初めてその身体を知った時からずっと高杉には痺れっぱなしだ。
「おい、団長・・・まさか・・・!」
嫌な予感が、と云う阿伏兎を笑顔で制して、そして神威は言い放った。

「喜んで」

高杉に口付ける。
そして高杉から口付けが返されれば、もうそれだけで天国だ。
床に押し倒して衣服を剥いで、それで察したのか、阿伏兎が他の奴等と部屋を退出した。
それを合図に神威は高杉の身体をゆっくりと味わう。
口付けて喉に緩く噛みついて、それに身を捩ったのは高杉だ。
「がっつくな」
「我慢できない、俺のものだと思うと」
「てめぇが俺のものなんだろ」
「うん、そう、それでいいよ、俺が高杉のものになってあげる」
身体を弄り高杉に跨る神威は傲慢不遜な態度で言い放つ。
それに悪い気がしないのも性質が悪い。
綺麗な顔は好みじゃなかった筈だ。
けれども高杉はこの神威がどうしてか愛しい。
乱暴な神威の指が身体を暴く、口付けから零れる唾液も気にならない。
「・・・っ」
「ココ?」
好き?と問われると腹が立つが、イイのは事実だ。
女でも無いのに胸を弄る様に神威に吸われればぞくぞくと快感が奔る。
やけに興奮して聲が上がりそうなのをどうにか堪えて、今度は高杉が神威のものに触れば既にガチガチだ。
「てめぇもこんなにしてんじゃねぇか」
「当たり前だろ、責任取って慰めてよ」
ぷつ、と神威の指が中に入ってくる。冷たいその指に息があがる。
けれども無茶苦茶に掻き回して欲しかった。
どうせなら、なにもかも溺れるくらい息も出来ない昂りが欲しい。
痛みだけではない酷い興奮に頭がくらくらする。
ちゅ、ちゅ、とそこかしこに神威の唇が降るのもいけなかった。
今直ぐ挿れて欲しいとさえ懇願したくなる酷い衝動に哂いたくなる。
言葉では無く態度で、神威の指を引き抜いて、高杉が下肢を押し付ける。
「っ・・・大胆なんだ」
「黙れ、よ・・・っ」
焦らして、焦らされながらも漸くもたらされた快感に溺れたい。
神威のものが中でぐちゅぐちゅと云う、挿入した瞬間弾けたそれは固いままだ。
酷い興奮の中で、痛みと快感がごちゃ混ぜになる。揺らされて神威に高杉自身を擦られて吐き出して、それでもこれが欲しいと身体で強請れば神威がそれに応じた。一度目でも二度目でも感じなかった酷い快感だ。
「はっ・・・っぅ・・・」
「俺はあんただけのものだからさ、」
神威が云う。
ぐ、と中に神威自身を押し付けられて、揺さぶられて、ぞくぞくとした快感に脚が慄えてもう感覚が無い。
「っ、アッ、アッ・・・!」
「他の誰にもあんたを渡さないでよ」
何かを答えようとした。多分。でも揺らされて中のイイ場所を突かれれば直ぐに霧散する。
何もかもこの快楽に呑まれていく。
その心地は今まで体感したことの無いものだ。
「アッ、ちくしょ・・・っ、もっ・・・」
もうやめろと云いたかったのか、もっとと云いたかったのかそれさえもわからない。
けれどもその快楽の果てに、高杉は神威の背に縋り、そして確かにその獣を自分のものにした。



気付けばベッドだ。
どうやら神威が場所を移動したらしかった。
身体中痛い上にゴムをしてなかったので中が最悪だ。
動けばごぷりと神威の出したものが漏れる。それが洩らしたような感覚で高杉は盛大に顔を顰めた。
隣を見れば綺麗な顔の男が高杉を抱き締めたまま寝入っている。

「気持ちよさそーな顔しやがって・・・」
こっちは散々だったというのに、畜生とごちながらも高杉は優しい手付きで神威の前髪に触れる。
さらさらと細く綺麗な珊瑚色の髪が高杉の指に零れる。
すうすうと眠る神威は年よりずっと幼く見える。
綺麗な顔の神威、餓鬼みたいに夢を見て、なのに高杉を手にしようとする必死さは莫迦みたいで、滑稽ですらある。
なのに憎めない。
( ああ畜生・・・俺もヤキがまわったか・・・ )
絆されたのか、絆されていないと云えば嘘になる。
けれども負けを認めるのも癪だ。
だからお前が俺のものになれと、云えば神威はあっさり頷いた。
( 全く、たまんねぇな・・・ )

誰とでも寝るけれど、一度しか寝ない男。
それが高杉晋助だ。
一度しか寝ないつもりだった。
けれども二度、三度同じ相手と寝て、そしてその相手を知っていくのも悪く無い。
自分のものだという神威が堪らない。

「まあ悪くねぇよ・・・神威・・・」
寝入る男の額に、高杉はそっと口付けを落とす。
どうやら高杉のものらしい男は、ううん、と呻き声をあげ、それからとびきり幸せそうに高杉を抱き締める。
湧き出るような得も言われぬ感覚の名前を高杉は知らない。けれども起きればこいつはそれが幸福なのだと云う気がした。


05:エピローグ
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