事は月初めに遡る。
そう高杉と神威が寝たあの日だ。
高杉が「俺と寝ねぇ?」と神威に問うて「うん、いいよ」と神威が応えたその日のことだ。
高杉と初めて寝た神威は、その云いようの無い興奮に浮かれていた。高杉もまたあの瞬間、幸福であると信じて疑わなかった。
それがそもそもの間違いである。

「俺ドーテー卒業した」
事務所に顔を出すなり神威のまさかの発言に阿伏兎以下第七師団と呼ばれる神威の為に組織された一団は動揺した。
高杉もその家柄の問題もあって家庭の事情が複雑であったが神威も複雑である。
傭兵稼業で稼いでいた父が今でこそ教師などという普通の仕事に就いているが、幼いころはあらゆる場所を連れまわされた。
その過程で一時的に神威の身を弟子として預かったのが武芸から躾け一般の師である鳳仙である。
父との腐れ縁らしかったが、その男もまた破天荒であった。武道家として名を馳せた後に裏でヤクザ紛いの黒い仕事をし一大シンジケートを築き、表向きは飲み屋やキャバクラ、ホストクラブ、風俗、パチ屋、キャッシング、不動産まで幅広くグループ展開する夜王と名を馳せる男なのである。これで保険業もやれば完璧であった。ちなみに近くやる予定らしい。
その夜王直々の弟子である神威の後ろ盾は言うまでもない。期待されているだけに神威に付けられる部下も多い。多感な十代にして神威はちょっとした地位を築いているような子供だった。
その神威からのまさかの発言に阿伏兎は煙草に火を点けながら返事を投げる。
「そりゃおめっとさん、で誰と?」
なんとなく訊いた。だが訊くべきではなかったと阿伏兎は後に後悔しているが訊かなくても聴かされるのは必然なのでどうしようもない。
「高杉ー」
神威から漏れた言葉に阿伏兎は顔を上げた。
高杉って、ひょっとしてあの高杉か?
「高杉って、銀高の?」
だとしたらまずい。なにがまずいって、アレだ。
阿伏兎は内心冷や汗を垂らしながら間違いでありますようにと願った。
高杉子さんとか、高杉なにがしさんとか、きっとそうだ。そうに違いない。あの高杉である筈が無い。ありませんように!
「そうだけど」
阿伏兎の願い虚しく、相手はあの高杉晋助だった。
最悪だ。
何が最悪って、阿伏兎は取り落しそうになった煙草の灰を灰皿に押し付け顔を顰めた。
・・・以前神威と話したことが過る。
そう『童貞』の話だ。
正直、こうしたバックボーンを持つ男が童貞というのは十代でも頂けない。
そんなわけで神威の師である夜王鳳仙があれやこれやと上物の女を用意しても神威は事を致すことは無かった。今は喧嘩にしか興味が無いのかと阿伏兎は思っていたのだが、ふとした時に訊いたことがある。
一般人なら嫌がるが、ちょっとでも此方側の人間なら神威の立場というのはうまい汁を吸うのに持ってこいだ。夜王という後ろ盾に、本人も此方側・・・つまり社会の裏側の世界に自身が適していると自覚しているのもあって、神威は夜王の後継者として強い力を持っている。
特に力がものを言う裏側では神威は強力な力を持っていた。第七師団然りだ。表向きはただの不良集団だが、その実は裏側の仕事に根を張る夜王鳳仙が作った部隊を神威に譲ったものだ。ただのならず者やヤクザの集団では無い。シンジケートとしての顔を持つ、そういう組織だ。だからこそ神威は此方側の人間には非常にモテた。顔も抜群、力も地位も若さも、そして将来性もある。その上神威の元には金も集まるサラブレットと来れば神威に媚びない方が不思議である。
モテまくる神威に阿伏兎が「選り取りみどりでうらやましいこって」と揶揄したところ、神威から返ってきたのは意外な言葉だった。
「俺、本命しかいらないから」と云ったのだ。
そして「それまで童貞を貫く」とまで神威は云った。この上司とも云える子供が意外とロマンチストだったと阿伏兎はその時知ったのだ。
その神威があの高杉晋助と寝た。
つまりそういうことだ。
もう一度云う、表向きの番長、裏側では第七師団団長である神威は ロ マ ン チ ス ト だ 。

「・・・あのよ・・・云いにくいんだけどよ・・・銀高の高杉って誰とでも寝るって有名だぞ・・・」
団長の為だ。早いとこ幻想は捨てた方がいい。
諦めるように諌めたつもりだったが、それは予想外の方向に転がった。



「Son of a bitch!!!( ※ ド 畜 生 ! )」
サノバビッチ!と神威が叫ぶ。云っとくけどこれ外で云っちゃダメだからな。殴り合いになるからな。いい子は云うもんじゃねぇぞ。安全に暮らしたいならファッキューくらいにした方がいいからな。
久しぶりに聴いた団長の怒号は凄まじかった。
「嘘だろ!俺童貞捧げたんだぞ!」
ウン知ってる、あんたの童貞超重い。
「有り得ないだろ!高杉がビッチだとか!いやそもそもあれの色気はマジで有り得ないけど、有り得ないだろ!嘘だと云えよ阿伏兎、殺しちゃうぞ!」
そう云われても事実を否定できまい。そもそも高杉は一度寝た相手とは二度と寝ないので有名だ。
既に一度高杉と寝たなら二度とその機会は訪れない。襲って無理矢理でもしないと不可能である。
ロマンチスト団長こと神威は取り乱したように叫びまくる。このままでは人が死んでもおかしくない、というか自分の命の危険を感じて阿伏兎は己の失言に頭を抱えた。しかし隠したところでいずれバレることである。
何をどう思って、もう一度高杉と寝れるとか付き合えるとか思っていたのか、ロマンチスト様は実にファンタスティックな思考を持っているようだった。
「団長じゃない、番長・・・ああもうどっちでもいいや、いいから云うぞ、高杉っつー男は一度寝た相手とは二度と寝ないのでも有名なんだヨ、まあここは犬に噛まれたと思って・・・くれるわけねぇか・・・」
神威の顔は今まで見たことも無い程マジだ。怒りに沸点が振り切れた状態だ。戦場でもこんな顔を見たことは無い。
「仮に俺の高杉がビッチだとしても、俺は絶対諦めない、どんな手を使ってでもモノにする」
ないわーという言葉を口にしそうになった阿伏兎だがどうにか堪えて、この事態をとりあえず平和的に収集できそうな相手に連絡を取ったのだった。

一方弟子の童貞卒業報告に目を丸くし、それから相手を知って爆笑したのは夜王鳳仙である。
「女になびかぬと思ったら男か、しかも貴様の眼に適うとはな、余程の男に違いあるまい」
「冗談じゃないよ、俺は確かに色恋には疎いけど絶対に逃がさない」
鳳仙や阿伏兎からすればたかが童貞、たかが一度の夜である。しかし神威の中ではそうはいかない。
運命の相手が見つかるまで童貞を貫くと宣言した超重い童貞である。胸の内で高杉に同情したくなったが、訊けば誘ったのは高杉らしいので自分で撒いた種である。是非この超重たい童貞の責任を取ってもらいたい。
「攫うのが問題なら、他の手を使えばよかろう」
「他の手って?」
「儂もよく使う手だ、周りを全て潰して外堀を埋めて逃げられないようにするのが常套」
さらっと恐ろしいことを云う夜王に阿伏兎は肩を竦める。全くその通りだ。攫うという方法もよく使う手ではあるが誘拐を避けたいのであれば気付けば『そうなっている』のが好ましい。これなら法的に問題も無い。夜王の描いたプランに神威は頷きながらも、笑顔で云った。
「そういうことかー・・・道理であんたの回りにはいい女がいると思った、くたばれエロジジイ」
しかしそれを実行するのが神威である。次期夜王は安泰であった。


04:次期夜王とロマンチスト
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