神威の部屋を出てから数日。 何事も無く過ごしていた筈だ。 暫くぶりに充実した気分を高杉は味わっていた。 神威からのメールの遣り取りも至って普通である。内容はといえば映画の話から、今度鑑賞会をしようだとかそういったものだ。マイナーなタイトルを好む高杉としては酷く新鮮な付き合いであったが二度寝たという以外では概ね友人としての筋を間違っていない。 その遣り取りも有り、高杉は珍しく機嫌が良い。 更に一週間ほど安定した生活を送ってから不意に、それは訪れた。 週末に神威のマンションで映画鑑賞会を徹夜でしたので、その時間がなかったのだ。 無性に誰かと交わりたい気分になって、適当な誰かを捕まえようとカフェに向かったが、今日は外れらしい。 誰も彼も連れが居るか、熱心に仕事をしているかで、以前はそんな雰囲気ではなかったのに、店の客の傾向が変わったのか子連れも目立った。 これでは相手を探すどころでは無い、ならばと少し離れた別のカフェに向かうがそれも外れだった。 舌打ちしたい気分に駆られる。いつでも食べれると思っていたものがいざ無いとなると惜しむものだ。 仕方無いので以前連絡先を交換した相手の一人に連絡する。ヤってはいないが予備軍としてキープしておいたものである。 一人目は不在だった。仕方ないので二人目、三人目と連絡するが捕まらない。 ( どういうこった? ) もう此処まで来れば意地でも相手を見つけたい気分だ。見付けなければ気が済まない。 二度目の相手も考えたが矢張り例外はあの一度だけで充分だ。一度だけ寝る相手、それが高杉にはスリリングで、そして鬱憤を晴らすには充分だった。下手だとか技術的な問題では無い。痛みがあればそれでいい。だから『馴れ合い』は御免だった。 刹那に奔る自傷行為に等しいそれは少なくとも今の高杉には必要なものだ。 五人目にして連絡が付いた。 「今日空いてるか?」 高杉の問いに相手は焦った様に返事をする。 「悪ぃ、今日はどうしても都合がつかねぇんだ!また今度!」 矢継ぎ早に云われて取りつく島も無い。 盛大に舌打ちして高杉はカフェを出た。 カフェの前にあるゲーセンを見れば同じ高校の生徒だ。たしか万斉と同じクラスの男である。 そいつを徐に捕まえて路地に引き込めば相手は慌てたように悲鳴を上げた。 「んだよ?別に喧嘩じゃねぇよ」 「わかってるよ!だから無理なんだって!」 高杉を押し退ける男は以前高杉に絡んできた男だ。誘えばヤれると思っていただけに反応が不可解である。 だいたい女以外が喰えない男と両方喰える男の見分けくらい高杉にも付く。けれども今日はその女でさえ音信不通なのだ。 仕方無いので目の前のを喰おうとしたところで両手でブロックされて全力で押し退けられた。 「いや、俺もさ、お前とヤりたくないわけじゃないけど、死にたくねーし」 「は?」 死ぬ?どういうことだ?男の焦りようは尋常じゃない。まるでこの場を見られても殺されると云わんばかりの勢いだ。 このままでは目立つので更に路地の奥に相手の胸倉を掴み汚れた壁に押し付ける。 「だから、たかが一回ヤる為に命賭けれねぇって・・・!」 「どういうことだコラ?」 機嫌が氷点下まで下がる。もうどうでもいい。こいつを殴るかという気分にさえなってくる。 感情に正直に殴ろうとすれば、相手が「待った!」と両手を挙げた。 「夜兎高の神威だって!」 「神威だァ?」 「高杉が、夜兎高の神威のイロだって噂があって・・・!でヤった奴シメるって・・・!」 勘弁してくれよぉ、俺ぁ死にたくねぇよ、あんなヤクザがバックに着いてるような奴マジ怖ぇじゃん、と呟く相手を高杉は茫然と見遣る。本気で泣き出した相手に、繋がらない電話、捕まらない一晩の相手・・・・ そしてその時、高杉はこの事態の原因があの男だったことを初めて知るのだった。 * 「やあ、いらっしゃい」 来ると思ってた、とにこやかに高杉を迎えたのは神威だ。 神威のマンションだ。ただし、神威の部屋では無い。怒りのままに神威の部屋に訪れれば神威の傍らに常にいる男、阿伏兎が高杉を出迎えた。 そして連れられたのは別の階だ。雑多にものが置かれた廊下を抜けて通された部屋は夜兎高の神威の根城である。 あの綺麗な部屋は表向きらしい。雑多に散らかった部屋に無数の靴が放り出され、煙草の匂いと、飛び散った麻雀牌がこの部屋の全てを物語っていた。 「説明しろ」 「どこから?」 「てめぇ、どういうことだコラ!俺がいつてめぇのイロになったよ」 神威は笑顔で三つ編みに編んだ長い髪の先を指で弄ぶ。 それに痺れを切らしたのは高杉だ。 「なんとか云えよ、殺すぞ」 「それはコッチの台詞。前のこともちょっと調べたんだけどさ、ホテルに入って何してたのさ」 何処で入手したのか先月だか先々月だったか在り過ぎて記憶に無いが会社員の男と高杉がホテルに入る写真が高杉に向かって投げられる。 画像の引き伸ばしや角度から監視カメラの画像らしかった。 「てめぇにゃ関係ねぇだろ、面接だよ面接」 苦しいことを云ってみるが、入ったホテルはラブホテルでは無い、普通のホテルだ。そのぐらいの言い訳は高杉も用意している。万一の用心だ。しかし神威の笑顔は揺るがなかった。 「・・・そうきたか、面接、面接ね、なら俺のとこでいいじゃん、俺なら即採用、文句なし待遇もいいし、そもそもホテルで何処の馬の骨ともしれない奴とヤるくらいなら俺でいいじゃん」 「てめぇとはもう寝ねぇっつったろ、どういうつもりか説明しろコラ!」 怒りを隠さずに高杉が問えば、其処から驚くべき言葉が紡がれた。 実に驚くべきことに、全ては仕組まれていたのだ。 壮絶なネタばらしに、次に絶句するのは高杉の番であった。 03:ネタばらし |
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