*高杉の事情

そもそも神威との同居が高杉にとっては誤算だった。
この胡散臭い怪しい餓鬼を監視する為に身元引受人になったはいいが、問題はあれである、シモの事情であった。
神威とのこの生活も二ヶ月以上続けば毎日監督しないわけにもいかず、彼女とまではいかないまでもそれなりに身体の仲が良かった女とも切れて仕舞った。今更新しく女を作るのも神威の監視との両立は不可能である。面倒なので結局何処かで手早く処理する羽目になるのだ。おまけに下手に自宅でヌこうものなら高杉の身体に執拗に触れたがる神威が見逃す筈も無いので居た堪れない。

その日、シャワーを浴びて出てきた高杉に神威が笑顔で突き付けたのは一枚の名刺だ。
手癖の悪い神威は高杉の持ち物を勝手に漁る。
「これ何?」
「何見てンだよ」
神威の手から取りあげたのはソープ嬢の名刺である。キスマーク入りの。
「だからこれ何?」
「あー・・・仕事だよ」
なんだこの現場は、まるで自分が妻に責められているような大変居心地の悪い構図である。
念の為云っておくが、神威は男であり、妻では無い、そのうえ凶悪なクソガキである。
その餓鬼にまるで責められるように云われて堪ったものではないのは高杉だ。
「仕事?ソープで?個室で?」
( だから何だっつうの・・・! )
そもそも何故俺がソープへ行ったらまずいのか、そのあたりをこの餓鬼は誤解してるんじゃねぇかとか、大人なンだからソープくれぇ行くだろとか、なんで俺がてめぇに気まずさを感じなきゃいけねぇんだとか、沸々と云いたいことが湧いてくるが云ったら云ったでまた面倒なことになるのは目に見えているので、ぐ、と高杉は堪える。
「・・・シゴト・・・」
一応事実である。迫られたが、ソープ嬢が溺死体で発見された事件での聞き込みである。
実際のところ誘われたし、迫られたが高杉は指一本触れずに辞したのだ。
何も疾しいことなど無い。だが、居心地が悪い。
これではまるで神威が高杉の妻か夫か、そんな風体だ。
「うるせぇな、仕事だろ、大人は色々あンだよ」
「ふうん」
口を開けば開くほど墓穴を掘る気がしたので結局黙る。
神威の赦してやる的な口調にイラっときて問答無用で高杉はその生意気な頭をひとつ叩いた。

*神威の事情

その件は流れたのだが、神威も神威で事情を抱えていた。
何せこの二ヶ月以上誰ともヤっていないのだ。
高杉がさせてくれる筈もなく、かといって他所で女を漁る気にもなれず、阿伏兎が知れば「あのヤリチン団長が!?」と云うに違いなかった。そもそも若い身体であるのでどうしても身体が反応する。
仕方がないので自分で抜くしかないが、場所が限られている。
そもそも高杉の部屋は1LDKであるので寝室がひとつとリビングダイニングキッチンがひとつなのだ。
だからこうして神威は朝通学前にせっせとシャワーを浴びながら自分でマスを掻く羽目になっている。
( そもそも高杉がヤらせてくれたらいいってコトなんだけど・・・ )
そう簡単にさせてくれないのが高杉である。正直神威の身体は限界である。
限界であるが未だに高杉を無理に奪う事を神威は躊躇している。
( まあその駆け引きがイイっていえばそうか・・・ )
そうなのだ。高杉との駆け引きが堪らない。
騙し合いのようなこの遣り取りに神威の方がすっかり嵌って仕舞った。
本来なら仕事も終わってとっくに本国へ帰還して次の仕事まで遊び呆けている筈が、実際はどうだ?高杉晋助という男から目が離せなくて未だに英国で十七歳の言葉が不自由な外国人の設定のままに警察官の男と同居である。
故にこんな情けない結果になっているのだが。全く天下の春雨第七師団団長がこんな寂びれたアパートのシャワー室で一人マスを掻いているなんて部下に知れたらいい笑いものである。
勿論上の階の阿伏兎には盗聴器の関係で知られているわけだが、はあ、と神威が溜息を吐いていると高杉がドアを開けてきた。
「おい、神威、入るぞ」
「いーよ」
高杉の家はユニットバスなのでバスとトイレが同じ空間にある。
シャワーカーテンで遮っているが高杉は新聞を持って入ってきているらしく直ぐには出無さそうだった。
「何してんだよ?ヤケに長ぇな、湯あんま使いすぎんなよ」
新聞紙を捲りながら高杉がシャワーカーテン越しに問うので神威は素直に答えた。
「(高杉で)マス掻いてるー」
「・・・」
返事は無い。流石の高杉も絶句である。隣で恐らく確信をもって己の痴態を妄想してマスを掻いている神威の横でトイレに座る自分の図だ、最悪である。今直ぐこの場を去りたいが機を逃して仕舞った。高杉は既にトイレにどっかりと座って新聞を広げ煙草まで燻らせている。入った以上立ち去るのも何だか負けた気がするので自分から立つこともできず平気なフリをするしかない。
チッと舌打ちしたいのをどうにか堪え、冷静に高杉は「そうかよ」と新聞紙を捲り、その隣で神威はせっせと右手を動かし続ける最悪の事態に陥った。


万事休す


これに噴き出したのは阿伏兎である。
下の階の上司の安全確認の為盗聴も阿伏兎の業務である。その業務の為にイヤフォンから垂れ流れてくる遣り取りに耳を傾けていればこれだ。
「ぶはっ!!!」
お腹がいたい。
何?何なの?この状況!
( つかてめぇらいい加減ヤれよ! )
さっさとヤっちまえ団長!と阿伏兎は転げそうになる。
そもそもこの二人満更でも無いのだ。相手が男なんて阿伏兎なら御免であるが、神威があれほど熱烈なアピールをしているのに対して最近では高杉も呆れながらも口付けの戯れくらいなら応じている。つまり脈はあるのだ。
満更でも無いのだから押せばいけるのに、神威はそれをしない。
見ているこっちが焦れったい!
( さっさとヤっちまえ莫迦団長! )
いい加減本部に帰りたい。さっさと高杉の身ぐるみ剥いで其処で犯しちまえ!と痛烈に思う。
あの偉そうな色男をひん剥いててめぇのイチモツぶっこんで突き上げりゃいい、なのに今回に限って神威は奥手だ。
高杉との遣り取りを愉しむように神威はこの生活に馴染んで仕舞った。
おかげで自分はいつまで電気工事の仕事などしなければならないのか。
一般人に擬態するのもそれなりに楽しいが矢張り、阿伏兎達の本業は殺しである。
戦いの中でだけ息ができる、そんな生き物だ。
その神威が、である。
高杉にどうやら本気らしいということに漸く確信がいって阿伏兎としては閉口ものなのだ。
殺戮しか知らぬ子供が欲しいと願った物ならば奪えばいい、そう思うがそれをしない神威も焦れったい。
そして神威を悪戯に誘惑する高杉も悪い。口付けなど応じなければいいのに、絆されたのか、別の腹でもあるのか高杉はそういうところで神威を甘やかす、どうも一度懐に入れた相手には甘いらしい。高杉の悪い癖だ。
それに甘える神威も神威だ。普段の団長を高杉に見せてやりてぇと思いながらも、神威を想えばそれも云えない。
そんなに欲しいならあの男を神威に与えてやりたい、幼い頃から神威を知る阿伏兎の親心ではあったが、神威がそれほど執心するのならば与えてやりたいのも親心である。
( だからさっさと高杉と寝ちまえよ、団長 )
結局、自分は部下であるからして、神威と高杉が一発かますまで帰国は叶わないのだから、いっそ高杉に薬でも盛ってやろうかとすら最近は思う阿伏兎であった。
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