高杉の前で注意しなければいけないのは口調だ。 神威はついうっかり綺麗な発音をしそうになるのをいつも堪える。 言葉の類はどうしても必要だったので幼い頃から師匠にそれは厳しく躾けられたものだが、それが裏目に出て仕舞った。 一応語学習得の為に英国に滞在しているという設定の為、神威はしぶしぶこの度学校へ行くことになったのだ。 しかも渡英の際に両親が死亡している設定にしている為に、神威の境遇に思うところがあったのか高杉が学費を出すことになったのでいよいよ拒否できなくなって仕舞った。言い訳も出来ず、仕方無いので神威は今更学生という身分に収まっている。 最も語学の専門学校なので、普通の学校とは少し勝手は違ったが、『アルバイト』をしながら神威は学校に通っている。 その『アルバイト』こそが神威の本職なのだが、それは高杉には云えないので、ライブなどのイベント主催関係の会社のバイトなので地方に出張もあると言い訳を用意して組織の仕事、つまり掃除屋の任務もこなしている。 「つか、アルバイトで暗殺する餓鬼が何処にいるよ、だんちょー」 「此処にいるね、ビザっていうかこうなるのなら英国人で身分証つくればよかった・・・めんどくさー・・・」 通学路、通勤が一緒になった風を装った阿伏兎に愚痴りながら神威がしぶしぶ通学しているのだがその様が珍しくて阿伏兎は噴き出しそうになるのを堪えた。正直団長に此処まで茶番をさせている高杉を褒め称えたい。 「で、いい加減いつ本部に帰るんだよ、団長、こっちからじゃ師団に指示出すのも面倒だぜ、ずっとってわけにはいかねぇだろ・・・」 その通りである。目下師団は世界各国に散って任務をしているが矢張り大仕事の際には神威が必要不可欠であるし、確かに欧州方面は春雨の手が緩い場所が多いのでこれを機に春雨を拡大しているがいつまでも此処というわけにもいかない。 アジアが春雨の本拠地なのだ。なのにそのトップである団長様は身分を隠して一般人に擬態して学校なんぞに通っている事実の方が俺ぁ恐ろしいよ、と阿伏兎は思うが、口にはしない。処世術は心得ているのだ。 「えー学校も結構面白いよ」 「例えば?いい女でもいたか?」 阿伏兎の問いに神威はジョーダン!と云う。 「餓鬼ばっかだよ、芋だらけ」 「じゃ、何処が気に入ったってぇんだ?団長」 「うーん・・・三者面談とか?高杉来るし・・・」 親子ごっこ、と言葉を出す神威にとうとう阿伏兎は噴出した。 「で、その親代わりを目下くどいてるってぇか・・・」 「そ、昨日のいいとこだったんだけどなぁ・・・」 ぼやく神威に阿伏兎は年相応の姿を見た気がして一瞬目を見開き、そしてぼやけぼやけと思う。 神威からすれば現状は不満らしいが、僅かながらに進展もあったのだ。 高杉と生活し始めて二ヶ月。 キスは可能になった。初めはほんの些細なことだったが、不意にそんな雰囲気になってやってみれば案外あっさりとキスは許された。 触れるだけの口付けだ。 けれどもそれが堪らなくて神威が強請るが、あまり強請ると高杉の機嫌が悪くなるので、強請り過ぎてもいけない。 高杉は気紛れなのだ。良いという時を見極めなければ途端に機嫌を損ねてしまう。 この神威が、常に上で強者として君臨している神威が唯一機嫌を伺う相手だ。 何故此処までこの男に惹かれるのかわからない。けれども最初に仕掛けたのは高杉だ、とも神威は思う。 誰にも見つけられない筈だった神威を、あらゆる場所にいてあらゆる場所にいない神威を見付けたのは高杉だ。 その手を掴み、逃がさないと云った。 それに痺れたといえばそうだ。 あの瞬間から神威は高杉晋助という男に頭の天辺から足の先まで痺れてる。 高杉の眼が堪らない。己を捉えた男から、己を掴んだ男から神威は眼が離せない。 切っ掛けは高杉なのだ。だから高杉が悪いというのが神威の論である。 そしてずるずると高杉のところに居座り、そして口付ける。 朝ベッドで目が合った時、夜寝入る時にするそれが神威を蕩かせる。 何度もと神威がせがめば高杉の機嫌がよければ二度三度口付けを交わせる。 「おい、神威」 「何?」 尚も口付けを強請ってくる神威を押し退け高杉がうんざりとした様子で神威に問うた。 「そもそもお前ゲイか?」 「いや、違うけど、ノーマルだし」 ならば、何故?という多大な疑問が高杉にはある。 この餓鬼に強請られるままについ流されて口付けなど交わしているがそもそもどういう腹積もりなのかを訊いていない。 神威は高杉からすればまだ子供なのだ。同性どうのというのは否定しないが、けれども相手が年下である以上高杉に対しての責任問題もある。大人としてどう諭せばいいのか高杉は頭を悩ませた。 「じゃ、何で俺なんだよ」 「高杉ならいいかなって、ヒトメボレ?」 神威からすれば最初に神威を見付けたのは高杉だ。だからこそ目が離せない。 高杉からすればただの疑わしい餓鬼、グレーゾーンの餓鬼にすぎない。 けれどもこの餓鬼に絆されていると云えばそうだった。 「高杉こそどうなのさ?まさかゲイじゃないよね?だったらショック!男で俺が初めてじゃないとか!」 「てめぇに云われたかねぇよ、うるせーぞ、クソ餓鬼」 神威を押し退けようにもベッドの上で圧し掛かられる形になっているので難しい。 餓鬼に云い様にされているようで腹が立つが、そういう時神威は高杉が押し退けようとしてもびくとも動かなくて、それに少しぎょ、とする。 そう云っているうちに舌を咥内で絡めて来ようとするのでそれは高杉が制した。 「・・・てめぇは俺を犯罪者にしたいのか・・・」 未成年者との淫行は犯罪である。警察官という身分であるからしてそういうのは遠慮したい。 大人は色々難しいのである。 なのに神威はにこにこと高杉を見下ろしながら平然と云って退ける。 「えー、いいじゃん、もし高杉がハンザイシャにでもなったら俺が一生養ってあげる」 「どういう意味だよ」 酷く本気の声音で云われて更にぎょ、とした。 神威の眼は本気とも嘘ともつかない様子で、高杉が睨んでもにこりと交わされてしまう。 この餓鬼はそういう餓鬼だ。嘘吐きで、裏がある。 この餓鬼には何かがある。 だからこそ高杉は神威から目が離せないのだ。 けれども肝心なところで神威は高杉に真実を見せない。 今もそう。本気めいた口調で云いながらも、真実の端すら高杉にはみせない。 「秘密」 ひみつ、と甘えるような口調で云いながら神威は高杉を弄る仕草をしながら圧し掛かる。 「だからしようよ」 「しねぇよ、てめぇとなんざ冗談じゃねぇ」 その後駄目、する、の応酬が続いたのだ。 * 「あれが成功してたら今頃高杉俺のものなんだけどなぁ」 ぼやくように云う神威に阿伏兎が哂って仕舞った。 確かに高杉のガードは固い。 神威があれほど強請ってもキス以上は許さない。 「そんだけ相手が大人ってことだろ」 「むう、それとも俺が仕掛けたカメラに気付いてんのかな・・・」 そう、この餓鬼こと我らが団長様は寝室の死角にカメラを仕込んでいるのだ。 そして万一事が及べた日には未成年淫行の証拠としてあげて高杉を社会的に抹殺して己側に引き込むつもりである。 考えていることが姑息且つやり口が汚いがこれが神威である。 ( 流されなくて正解だぜ・・・高杉・・・ ) 胸の内でひっそりそんなことを阿伏兎は思うが、高杉が神威側に流されてくれる方が阿伏兎的にはさっさと本国に帰れるので心中は複雑であった。 * 夜の帳の中で口付ける。 「今はこれで我慢しとけ」 そう云ってぬるん、と入ってきた高杉の舌に神威は眼を細めた。 どういうつもりなのか、互いに何故互いを求めるのかもわからないまま、ただ触れたい。 ( 俺はこれが欲しい ) 自分に気付いた高杉という男が、何処にでも居て何処にでもいない神威に気付いた高杉が欲しい。 最初に掴んだのは高杉の方なのだ。 ( てめぇを俺にみせろ ) 神威に口付けながら高杉は思う。この餓鬼、胡散臭くて怪しい、顔だけは酷く綺麗なクソガキは何かを知っている。 連続殺人事件然り、この餓鬼は何かの裏側に関わっている。それだけは確かだ。 だからこそ高杉はこの神威と名乗った餓鬼の底が知りたい。 黒か、白か、こいつはどっちか。 ( 必ず手に入れる・・・! ) 暗殺者は己に気付いた男を、警察官は真実を。 だからこそこの夜に酔う。 騙し合いの様に、蕩けるままに、互いの底を知るために口付ける。 唇を舌を絡めて二度三度、 「もっと」 駄目だというその唇を塞いで。 四度、五度、 「もっとだよ、高杉」 口付ける、蕩けていく、互いの境界がぼやけて何もかも溶け合う錯覚。 ならこれは何なのか、黒か、白か、この行為から生まれるそれは一体どちらか。 この行為から生まれるこれは、 黒か白かのグレーゾーン |
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