その後、どうなったかというと、神威は高杉の家に絶賛居候中であった。

「俺、当分帰らないから、こっち経由で仕事まわしてよ」
呆気なく放たれた神威の一言に茫然としたのは阿伏兎である。
当の神威はのんびりとソファでくつろぎながらファッション誌を読んでいるのだから堪らない。
先日久しぶりに休みが取れたという高杉と衣服を買いに出かけたのが余程楽しかったのか、あれこれ雑誌にドッグイヤーを付けているあたりまた強請る気なのだろう。そもそも阿伏兎からすれば高杉も高杉である。よくわからない外国人の餓鬼を怪しいからという理由ひとつで身元引受人になって、己の自宅に住まわせているなんてお人好しなんだか、なんなんだか意味不明だ。
経歴を洗ってみれば、高杉からは何も出てこないごくごく普通の一般人である。確かに艶気のある色男ではあるが、此処まで神威が高杉に懐く理由が阿伏兎には全く以って理解不能だ。けれどもあの神威がご執心の相手だ。無碍にも出来ない。
故に、阿伏兎は一度本国に帰って状況を報告し短期なら仕事を受けると神威が云うので、どうにか上を説き伏せて再び英国入りしたのだ。
「大変だったんだぞ畜生」
阿伏兎が上を説き伏せるのにどれほど苦労したのか察してほしい。
最もこの上司はそんな阿伏兎の苦労を気にもしないのだから堪らない。時折何故この男に着いて行っているのかちょっと空しくはなる。
虚しくなるが、それでもこの男こそと見込んだ男が神威なのだから仕方無い。阿伏兎の場合上司は選べ無いのではなく、自ら選んでいるのだから文句の云い様が無かった。世の中ってままならない。
「別にいーじゃん、阿伏兎も休暇みたいなもんだろ?」
「休暇じゃねーよ、電気工事してんだろが」
そう、電気工事である。
阿伏兎は先週全く他人のフリをして再び英国入りし、そして何食わぬ顔で高杉の部屋の真上の階の部屋に入居したのだ。
当分こちらの仕事をするという我らが春雨第七師団団長様のバックアップの為である。
日本に数年居たという設定を頭に叩き込んで高杉宅へ挨拶へ行った。引っ越しそばを持参したので高杉の阿伏兎への好感度は抜群である。
そして電気工事業者という表向きの仕事の話をすればちょうどアパートの配線の具合が悪いから見てくれという話になったので阿伏兎がこうして高杉が仕事で留守中、神威の監督の元、高杉の家に入って配線を見ているのだ。
勿論その具合の悪い配線は神威が事前に仕込んでいたものであったし、『タイミング良く』阿伏兎が其処に現れたという話である。
全てが仕組まれたことであるが知らないのは高杉だけである。
ちなみに阿伏兎を紹介するときに、阿伏兎的には暫くその職業のふりをして一般人を擬態しなければならないのでそれなら女にモテる系の職業がいいと主張したのだがあっさり神威に却下された。
青年実業家や弁護士を主張してみたが、それを云う度に神威が大爆笑して尽く却下したのである。
「え?阿伏兎が?弁護士?センセイ?無い無い!」
マジ有り得なーい、と女子高生ばりに全否定をされて微妙に凹んだのはつい最近の事だ。
色々案を出した結果、電気工事技師が表の仕事をするにしても裏の仕事をするにしても良いということに落ち着いた。まあ最初からそうだろうなということはわかっていたが、一度は賢そうな職業を云ってみたい、そしてバーで女にモテてみたいというのは阿伏兎の願望である。・・・無駄に終わったけれども。
阿伏兎は家中の配線をチェックしてそれから最後の電球を元に戻す。

「盗聴器とセキュリティ関係は全部こっちで入れ直したぜ」
これで蟻の子一匹入れない。神威が兼ねてから高杉の家のセキュリティはザルだと懸念していたのでその強化も兼ねている。最も大仰には出来ないので何かあれば上の階の阿伏兎が直ぐ様対応できるようにセッティングすることだけであるが無いよりはマシであろう。
上の階の阿伏兎部屋は一見なんでもない部屋だがあらゆる武器が完全装備で仕込んである。壁も改装し窓も強化ガラスに替えたのでミサイルを撃ち込まれても耐えれるであろう装備だ。いざとなれば上の階の阿伏兎の階に逃げ込めばいいのだから阿伏兎の上の階の入居は神威の為のパニックルームも兼ねている。まがりなりにも春雨第七師団のトップが暫く滞在するというのだからこのぐらいはしなければ何処から情報が洩れるかわからない。命の遣り取りをする以上必要な保険である。盗聴器も仕掛けたのでこれで神威が独り言を呟くだけで阿伏兎にあらゆる指示ができるという寸法だ。プライベートなどもとより無い組織で育っているから互いの生活音など気にもならない。最も阿伏兎の上司の最大のご執心である高杉と情事なんてことになったら流石に遠慮したいのであるが。
目下阿伏兎の最大の関心は世界有数の暗殺者であり、年若き我らが団長のハートを射止めたらしい高杉晋助である。
「それで、肝心の高杉とはどうなんだよ、団長?」
天井の配線を見ていたので梯子の上から下のソファに座る神威に問えば神威が「んー・・・」と曖昧な返事を寄越した。
「まだ全然なんだよねぇ・・・」
「は?」
それに目が点になったのは阿伏兎である。
既に高杉と生活し始めて一月は経つのだ。なのに全然とはどういうことか?
阿伏兎は既にとっくに関係があるのだと思っていた。関係って勿論肉体関係の話だ。
早い話がセックスである。てっきりもう夜はヤリまくりだと思っていただけに目が点である。
「あー・・・男だからか?」
そうだ、今回は相手が男である。いくら団長でも男相手にはどうにもできなかったかと阿伏兎は推論を立てるが、呻る神威を見ればどうもそうでも無いらしい。
「いや、毎晩一緒に寝てるし、いっそのこといい加減犯したいんだけど高杉のガードが固くてさぁ」
「は?んなもん無理矢理ヤっちまえばいいだろうが」
そう奪えばいい、元々欲しいものは奪う、それが己達春雨である。あれほど高杉に固執しているのだから無理矢理身体を繋いだとばかり阿伏兎は思っていたのだ。力で神威に勝てる筈も無いのだから力で推せばいいだけのことである。
「無理矢理はなんか嫌なんだよね、どうせなら合意がいいっていうか・・・そこがいいっていうか」
「はぁ?団長が?」
あの星の数ほど女を泣かしたヤリチン団長が?有り得ないと阿伏兎が云えば、神威は珍しく歯切れが悪そうに口を開く。
「この駆け引きがいいっていうか、まあ、いいじゃん、今回はゆっくりするから」
再び雑誌に目を落として神威が素っ気なく云い放つので、これはもしやと嫌な予感がする。まるでこれが本当に大切な何かを見付けてしまったかのように、たったひとつを見付けてしまったように、そんな予感だ。
そもそも今回の英国入りは嫌な予感がしっぱなしだったのだ。

「俺、高杉とヤるまで帰らないから」
「だー!もう!さっさとヤれよ!このヤリチンが!莫迦団長!てめぇのイチモツが泣いてらぁ!」
何の為に阿伏兎が英国入りしたのか、配線を繋ぎ直しながら阿伏兎はこれは時間がかかるぞ、と内心冷や汗を垂らす。何の時間って神威の帰還までの時間だ。精々一、二ヶ月と阿伏兎は思っていたがこれはそれではすまないかもしれない。
そうこう思っているうちに家主が帰宅したので、互いに先程の空気を一掃して、一般人に直ぐ様擬態する。

「お、すまねぇな、メシ買ってきたから食ってくといい」
「あ、すみません、高杉サン」
「高杉でいいぜ、おい神威、皿用意しろ」
「はーい」

暗殺者が二人、組織に頭の天辺から足の先どころか魂まで浸かってる男二人相手にしゃあしゃあと指示を出す高杉という男は確かに大物ではある。
しかもそのうち一番若いのがこの中で一番強くて尚且つ高杉のケツを狙っているのだから居た堪れない。
折角用意してくれた食事であるが、神威の一般人の擬態っぷりに、高杉へ甘える仕草に、早々にこの場を辞退したくなった阿伏兎であった。

「高杉これ何?」
「寿司だ」
「上手く食べれナイ」
「仕方ねぇな、ほら、口開けろ」


だからそういうのは他所でやって!
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