殺しは神威の天職であると神威は常々思っている。 だからこその組織だ。師匠であった男に云われて男の作った組織の掃除屋の部隊、つまり神威の所属する春雨第七師団に入ったが確かに悪くない場所だった。獲物にも敵にも事欠かない場所である。好きなだけ戦えて殺せれば神威にはそれで十分だ。そして組織の見返りもまた悪くなかった。殺せば殺すほど、団は潤ったし、湯水のように装備に金をかけても許されるのはいい。団員は使い捨てであるが神威が団長に収まって数年経った今では何人かの古株も残ってきたので機動力としても悪くない。 今や神威は春雨の手足と云える。それと同時に第七師団は組織内の粛清も司る組織のバランサーの役目も負っているのだ。 下らない仕事もあったがそれでもこの環境に大きな不満も無いので甘んじているのが現在の神威と神威の第七師団の状況である。 その神威が下された今回の命令がある男の消去だった。 「俺としてはもうちょっと遊んでもいいんだけどサ」 男を前に神威は笑顔で言葉を紡いだ。 にこにこと、場違いな笑みだ。まるでこれから遊園地にでも行くかのように笑みを顔に張り付けている。 それが不気味だった。 相手が春雨の寄越した刺客であるというのなら目の前の男は第七師団であるに違いないのだから。 組織の掃除屋、つまり己が始末されるということに他ならない。 「最後の一人を殺ったのがまずかったかなぁ、紅旗の幹部を殺ったのもまあ面倒なんだけど、おかげでウチは紅旗と話をつけないといけなくなっちゃったわけだし、ま、自分の味方も自分で殺しちゃったんだから、そのあたりはアンタの命でケジメつけてよ」 唯一の男の武器である円刀を踏みつけながら神威が云う。 「なんで自分の女が俺に殺された時点で逃げなかったかなぁ、そしたらまだチャンスはあったのに」 「あがっ・・・」 男は言葉を発っそうにも出来ない。 出来る筈が無いのだ。 神威はにこにこと笑みを浮かべたまま男の口の中に銃の先端を突っ込んでいる。 涎と汗と涙が男から溢れているが神威は笑みを絶やさないまま告げた。 「ねぇ、選ばせてあげる、自分で引き金を引くか、俺が引くか」 どっちがいい?と告げる前に銃声が響いた。 「つまんないなぁ、自分で引くなんて、俺じゃ有り得ないんだけど」 神威は薬きょうを拾って男の為に調達した銃のものとすり替える。 つまりこの銃は神威の銃では無く、神威が三人目の犠牲者、つまり男の愛人だった娼婦を殺した銃だ。 髪の毛一本、証拠ひとつ残さない。阿伏兎が手際良く辺りを整えだした。 「俺ならこんな手間のかかる野暮なことしないけど、面倒だし、このぐらいの工作しとかないと警察はこの男が犯人ってわかってくれないと思うからさぁ」 銃にしたのはその方がわかりやすいからだ。手で殺すのと、刺して殺すのとでは違う。 本来神威の好む殺しは素手だ。だが今回は銃を使った。犯人を特定させる為だ。 銃ならば型から製造場所が割り出せる。どういうルートでこの男がこの銃を手にしたのかも既に工作済みだ。 三人目の犠牲者である娼婦の女を殺したのは神威である。その段階では男をどう始末するか神威は考えていなかったので苦肉の策だ。三人目を殺した銃を男のものにして自殺を演出する。それがこの幕引きに一番良い。 そして後から証拠品がぞくぞく出てくるという寸法だ。 こういうのはゲームで云うとプレイヤーの為に罠やヒントを与えてあげているようなものだ。 面倒だったが今回は紅旗の幹部をこの男が予定外に殺して仕舞ったこともあって世間的に落とし前をつける必要があった。 ひっそり路地裏に不明死体があがるでは済まなくなったので仕方の無いことだ。 「ったく少しなら目ぇ瞑ったがな、莫迦な男だよ」 「まあね、組織の薬をガメて、不動産屋経由で横流しして、花屋と郵便配達の男を運び屋で雇って、ガメる量を増やしたのが失敗だったよね、小遣い稼ぎにしとけば俺達も目を瞑ったのに、挙句に自分の女と荒稼ぎしようとして春雨に気付かれて、女の客に紅旗の幹部が居るって気付かないで女にそっくり金騙し取られて、それで女が幹部と逃げて自分を売ろうとしたからって怨恨で幹部を殺して、唯一の味方だった六人目もこいつの凶行を庇いきれなくなって仲間割れ、女はとっくに俺が消したから残ったのは自分一人だ、逃げ切れずにゲームオーバーってとこかな」 神威が自殺現場に仕立て上げた場所を眺めながら淡々と語る。 事件の全容は春雨組織内の問題である。身内の問題だったので神威が派遣されたのだ。 相手が春雨の英国総括絡みの掃除屋だったので神威が寄越された。掃除屋には掃除屋を、どれほどの腕であろうと神威にかなうものはいない。男は神威が派遣されたのを知って必死に火消に奔走し、次々と関係者を殺害していった。 実際この事件の殆どの犯人はこの男なのだ。後始末を神威達がする羽目になっただけの話である。 「で、ケーサツはどうするよ?団長」 「警察は殺さない。泳がせた方がいい。どうしても駄目なときは巧妙に関係者を殺す」 「タカスギは?」 「高杉は殺さない、あれ、俺の御手付きだからね」 手ぇ出したら阿伏兎でも殺すよ、とにこやかに振り返る上司に阿伏兎は一瞬ぞっとするが、盛大に溜息を吐いて現場を後にした。 あとは匿名で通報すれば今回の任務は終わりである。 「紅旗の件はどうする?」 「大丈夫だろ、この混乱に乗じてウチで吸収するつもりなんじゃないかな、上はそう考えてるんじゃない?」 「だろうな、まあ幹部殺した奴が自殺したってことでケジメはついただろ」 すたすたと前を歩く神威に阿伏兎は声を投げる。 「で、団長サマはどちらにお戻りで?」 うんざりとした阿伏兎の口調に、わかってるだろと、にこりと笑って神威は答えた。 先程とは違う笑み、心底楽しそうな笑みで、云ったのだ。 * 七人目の死体があがった。 自殺だ。 埠頭で、刃渡り二十センチほどの円刀と共に遺体は見つかった。 手には45口径のマグナム。口の中に入れて引き金を引いて自殺。 呆気ない現場だった。 整然とした現場に高杉は顔を顰める。 ( 本当に自殺か? ) まるでそう『させられた』かのようにも見える。 違和感のある現場だ。 けれども捜査が進めば進むほどこの男が一連の連続殺人事件の犯人だという証拠が次々とあがってくる。 銃の入手経路も明らかになった。男が薬の売人をやっていたのも証拠としてあがっている。 今のところ紅旗の薬の売人で薬の横流しが原因の事件ではないかという色が濃い。 薬関係の捜査は高杉達殺人課の手を離れている。後の捜査はそちらでするとのことで一連の事件の終結が決まって仕舞った。 呆気ない幕切れである。 紅旗から勃発した移民街の抗争もいつの間にか収束して仕舞った。 これで当分は寝ずに残業をしなくても済むが、どうにも腑に落ちない。 ( 何故女だけ銃で殺した?自分の自殺もそうだ・・・ ) 刀の扱いに長けた男だったのだろう、ならば何故銃など使う?殺しのプロなら己の獲物で殺すべきではないか? なのに、女と自分は銃だ。銃の方が手軽だったからか?楽に死ねそうだったから?女も楽に殺してやりたかったからか? ( ナイフで一突きで相手を即死させることができるような男が銃で? ) 妙だ。納得がいかない。 けれども証拠はいっそ清々しいまでに綺麗に出てきている。 男がどういった経緯で売人になったのかは不明だが、少なくともこの連続殺人事件についての証拠は揃っているのだ。 異論を述べようとする高杉を制して上司は早々にこの件を終結したと決め、報告書が出来上がり、数日の内に全てが終わって仕舞った。 「つーわけだからてめぇの疑惑は一応晴れたから出てけ」 帰るなり不機嫌に高杉はそう神威に言い放った。 云われた方はにこりと笑って「ヤダ」と云う。 「納得はいかねーんだがよ、監視カメラも全部あらったが悔しいがてめぇはシロだ」 「まだ疑ってるノ?」 「てめぇみてぇな胡散臭ぇ餓鬼が他に居るかよ、とにかく今回の件は片付いちまった、何処へなりとも好きに行きゃぁいい」 ぽい、と神威の少ない荷物を玄関に放りだし、高杉は金輪際関わりあいたくないと意思表示をする。 それにめげないのは神威である。 ならば、と高杉のアパートの扉の前にダンボールを置いて籠城したのだ。 いかにも追い出されました風を装ったわざとらしいそれ。まるで捨て猫を拾って下さいと云わんばかりにダンボールだ。 「じゃ、俺此処に住ム」 それをやられた方は堪ったものでは無い。 人通りが少なからずあるアパートの廊下だ。近所の目もある上に神威はどうも人受けが良く、何処かからか惣菜も貰ってくることもしばしばある。こうなると立場が悪いのは高杉の方である。 「餓鬼放りだして、俺がしょっぴかれるだろうが!」 止む無く、扉の内側に神威を入れるのだった。 「いいか、一応面倒見るっつったからてめぇが英国に居る間だけだからな!身元引受人として面倒見るだけだからな」 「ウン」 「ちょっとでも妙な真似してみろ、叩き出すからな!」 「ウン」 「あと、トイレ掃除しとけよ」 「ウン、あ、高杉お隣さんが夕飯つくりすぎたってー」 「礼云っとけよ、代わりにこのオレンジ持ってけ」 「ウン」 皿を手にやいのやいの、ふたり。すっかりこの生活に馴染んでいるのであった。 オレンジを取りに台所へ入った高杉を見ながら神威が笑みを浮かべる。 悪くない。 普通のふりも、悪くない。 「ねぇ、もうちょっと俺と遊んでよ」 警察官と暗殺者が同居するこの奇妙な生活が堪らない。 スリルと、駆け引きと、どことなく甘いそれが、神威の空虚を満たしていく。 それはまるでいつかのゲームで見たグッドエンドのように、輝いている。 暗闇から手を伸ばせば、光が射す、触れてはいけないとわかっていても、それはきらきら輝いて神威を愉しませるのだ。 06:限りなく黒に近いグレー |
読了有難う御座いました。次回より外伝になります。 |
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