「で?手前は何だ?何故現場に居た?」
少年の身柄を確保して署に連れ帰り同僚と共に話を聴く。
容疑者としては不十分なので任意の事情聴取であったが、身柄を確保された少年はいっそふてぶてしい程の態度で威丈高に高杉を見下ろしていた。
「言葉通じてンのか?」
一向に離さない相手に息を洩らしながら高杉がぼやけば捜査員の一人が少年の身元を確認したと画面を見せてくる。
入国管理局のデータだ。閲覧許可は取ってある。
「名前は神威、チャイニーズか、ビザも・・・あるな・・・」
神威、と云われて少年が反応した。
「現場のことは知らないヨ」
流暢とは云い難いかろうじて通じる半分片言のようなたどたどしい発音で少年が口を開く。
「あんた警察でショ?俺捕まるノ?」
にやにやとこの場を愉しんでいるように云われて高杉は溜息を漏らす。
何度も何故あの現場に居たのかと問うたが、神威の答えは「偶然」とだけだった。人が多かったから、だと。
ただの野次馬と云われては言葉も出ない。
喉渇イタ、と図々しく神威に云われて仕方無いので署内の珈琲を提供してやれば一言「不味い」と返された。
「入国の目的は・・・語学留学か・・・」
ずらっと並べた神威の持ち物は驚くほど少ない。
現金がいくらか入った財布とこちらに来てから用意したらしいプリペイド式の携帯電話。勿論履歴は全て洗ったが何も出ない。
ビザの偽造も念の為ざっとだが洗ったが不思議なまでに埃が無い。云うなれば一般的なごく普通の善良な渡航者を事情聴取しているという立場の悪い状況に高杉は苦味を覚えた。
何せ神威なるこの少年の目撃者は高杉しかいないのだ。
高杉が現場で神威を見ただけ。殺害現場を見たわけでも無い。証拠不十分だ。
せめて現場にあったいくつかの監視カメラに映ってないか今確認させているが犯人同様神威の影も見当たらない。
「本当に居たんですか?」
捜査員の一人が訝しげな聲を上げる。
「そっちにも映ってねぇのかよ・・・」
「高杉先輩は映ってますけどね、野次馬の中にもそれらしいのは・・・固定のカメラなんで・・・そりゃこの黒い靴の先がこの少年かって言われたらそうかもしれないですけど、足先だけじゃ判断できませんって・・・」
まるで位置がわかっているかのように、神威の姿はどの映像にも無い。
それがわかっているのかいないのか、神威はにこにこと笑みを見せてこの状況を愉しんでいる様にも高杉には見えた。

( こいつが鍵なのは間違いねぇ・・・ )

高杉の勘がはっきりとこの餓鬼が危険だと告げている。
だが検挙できるだけの証拠が無い。
任意の事情聴取なだけに神威はその気になればいつでもこの場を引き上げることが出来る。
弁護士でも呼ばれたらもうお手上げだろう。証拠不十分の外国人に嫌疑をかけたとなれば上司から叱られるのは高杉である。
もうやめろという同僚のジェスチャーに高杉は息を吐いた。
相手は十七歳の未成年だ。このままでは本当にこちらの立場が悪くなる。
夜半なので未成年の出歩きに口頭注意をしてから解放ということになった。

署の入口まで神威を送りにこにこと不敵な笑みを向ける餓鬼に思わず高杉は問うた。
このままこいつを手放せばまた事件の手がかりが振り出しに戻る。
( それだけは避けたい・・・ )
まだ恐らく殺人は起こる。そんな予感がした。
( そしてこいつは絶対に何か知っている・・・ )
勘だ。高杉の勘でしかないが、間違いなく神威はこの事件に関係しているに違いなかった。
容疑者か、或いは警察も知り得ないこの事件の全体図を知っているような、そんな核心に神威は居る。
それだけははっきりしている。限りなく黒に近いグレー、神威という名が本名かさえわかったものじゃない。
「逃がしてたまるか・・・!」
神威を逃せばこの事件は程無くして迷宮入りだろう、そんな予感がした。
だからこそ去ろうとする神威の腕を掴み高杉は口を開く。
「お前、泊まる場所は?」
「?」
意味がわからないと首を傾げる神威に高杉は神威にもわかるようにゆっくりとした口調でわかりやすい単語を選んで話してやる。
「泊まる場所、あるか?予定は?」
漸く合点がいったのか神威は首を振った。
夜も遅い、ホテルがあるなら其処まで送っても良い、と伝えれば神威が笑顔のまま、また首を振った。
その事実が怪しいのだ。十七歳の外国人が、泊まる場所も無く語学留学目的で渡航?何か裏があるに決まって居る。
だが埃が出ない。出ないのなら監視するしかない。だから高杉ははっきりと云ってやった。
そのチャイニーズの美貌の少年に。
「なら来い、てめぇの監視も兼ねて俺がお前の身元引受人になってやる」
一瞬、意味が解らなかったのか神威は驚いたように目を見開き、そして不敵に哂った。
そしてそれが神威と高杉との始まりであったのである。



高杉の家はアパートにあった。
神威が高杉に連れられた先は501号室。
エレベーターも無く独身者の侘しい住居と云えばそれまでだったが、中を見れば思ったより部屋は広いようだ。
高杉の車に乗って神威は促されるままに警察官の男の部屋へと足を踏み入れた。
「勝手にしてもいいが出掛ける場合は何処に行くか云え、俺の携帯の番号だ、其処に連絡しろ、出なければ留守番電話にいれろ」
わかるな?と高杉はゆっくりとした口調で神威に云う。神威はその番号が書かれたメモを受け取り、それからにこりと笑ってその番号を理解したという風に携帯に登録して見せた。
「家の鍵は其処の植木鉢の中に入れてる、出掛ける時は鍵をしろ」
玄関脇の植木鉢を指されて神威はあまりの管理の杜撰さに内心眩暈を覚えたのだが、そのくらいの方が好都合であるので頷くに留めた。
高杉が寝室で寝ると云ってさっさと別の部屋のドアを開けてしまう。立ちっぱなしだった神威に高杉がソファを指差すのでつまり己は此処で寝ろということだろう、おざなりにケットを一枚投げられたので神威は頷いた。
ただ去り際に聲をかける。
「あんた、ナマエ」
それを云われて高杉も初めて気付く、己は相手の名前を知っていてもこの餓鬼は知らないのだ。
だからゆっくり彼にわかるように名乗る。
「高杉晋助」
「タカスギ、シンスケ・・・」
なぞるように神威が云えばそれに頷き、今度こそ、部屋のドアは閉じられ神威はリビングに残される。
寝床にと与えられたソファに座りながら、神威はもう一度その名を復唱した。

「高杉晋助、ね・・・」

翌朝目覚めれば高杉は居ない。
勿論とっくに足音で高杉が部屋を出たのは知っていたが神威は寝たふりをした。
そして高杉が何かしらメモを残して出たのを確認してから神威は起き上がる。
カメラの類を確認してからテーブルの上に置かれたメモを見れば小学生でもわかるような単語で連絡先と、食事を食べるなら冷蔵庫を開けろとの指示と昼には一度戻るとのことが書かれていた。
それに思わず笑って仕舞ったのは神威だ。
「ザル、だよなぁ、これ、油断してるのか他に厳重な何か仕掛けてるのか・・・」
安全確認の為に周囲を確認する。オーケイだ。問題無い。
カメラは無い、盗聴器の類も無い。
念の為コンセントの裏や、換気扇、照明なども確認するが問題なさそうだった。パソコンの類も置いていないことから盗まれて困るものも大してないのだろうか、高杉と云う男はあっさりと神威を受け入れておきながらパーソナルスペースに入れれば安全だとでも思ったのか杜撰すぎる。
しかし、それが神威の興味を返って惹いた。
己を見つけた高杉晋助と云う男にも興味がある。この男をもっと知らなければならない。
監視の為に置くというのなら願ったりだ。このまま遠慮なく精々居座ってやろうではないか。
その方が好都合だとも神威は思う。どうせ警察がどう動こうと結果は変わらない。既に全ては決まって居る。
それに高杉という異分子が入っただけだ。

「ねぇ、もっと教えてよアンタのこと」

それは流暢と云っても差支えないブリティッシュイングリッシュの発音で歌うように述べられた。


03:野次馬と嘘吐き
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