五人目がまずかった。
昨夜チャイニーズバーの脇で殺害された五人目だ。
その五人目の身元が判明した時、その場にいた捜査員全員に緊張が走った。
五人目の男 の名は紅李瑛、移民街の三分の一を支配する紅旗の幹部である。
即ち殺害されたのがマフィアの幹部という事実にそれまでの奇妙な連続殺人の符号より場が一気にマフィアの抗争という憶測に変わったのだ。どう楽観視してもマフィアの幹部が殺されるという事実は抗争にしか成り得ない。何処か敵対組織と遣りあったのか、近頃流れてきている南米絡みの組織なのか、そんなことさえ浮かんできて、全員が緊張するのも無理は無かった。
実際に紅旗の連中は誰が殺したのかと犯人探しに躍起になっているらしいし、殺気走った若者が移民街をうろうろしていてそれによる通報も相次いでいる。
最悪の事態だ。
この連続殺人が組織絡みだとしたらより一層厄介なのである。
( だが、線は何処だ? )
そう問題は其処である。繋がりが見えないのだ。
仮に連続殺人だとして、一人目の不動産業を営んでいた実業家は紅旗と繋がりがあったとしても不思議では無い。職種上その疑いはある。けれども、叩いてもそういった埃は今のところ出ていない。二人目の花屋に至っては確かに移民街付近で小さな花屋を営んでいたが言葉も覚束ないスペイン人だ。その花屋を殺して何になる?
そして三人目の被害者は娼婦だ。何故か彼女だけが銃で殺されていた。娼館が並ぶ一角で遺体が発見された。
現場にあった弾痕から45口径のマグナムと推測されるが不自然なまでに整然とした印象を受けた現場だった。
そして四人目、チャイニーズハーフの郵便配達員、仕事は真面目でごく普通の青年だったと母親の言だ。これも不審な点は無い。ただ殺害された時刻が仕事には早すぎる朝方だったという点を除いては不自然な点は無い。
五人目の被害者は古くからこの移民街に居る紅旗という組織の幹部だ。いずれも被害者はこの移民街にほど近い場所で殺されている、という点を除けば接点が見出せない。
( 否、接点は、ある・・・ )
そう、あの男だ。
黒いフードを被ったあの男。現場に居た。高杉は通報を受けてからどの現場にも直ぐに駆けつけている。
その現場に必ず居た。
( いや・・・三人目の時は居たか・・・ )
定かでは無いが、少なくとも高確率で現場に立っていた。ひっそりと目立たないように野次馬に紛れて、そいつは居た。

「ちょっと出てくる」
高杉は紙製の安っぽい珈琲カップをゴミ箱に投げ入れてそれから立ち上がりもう一度全ての現場を洗うべく足を向けた。
( 何にせよ、事は急速に動いている・・・ )
その通りだ。高杉の勘はこういったとき非常に良く働く。
事態は警察が思っているよりも速く動いている。この事件の全てが仮に連続殺人であったとして、相手が単独犯にせよ複数犯にせよ、この事態の全体図を把握している何者かが存在している筈だ。少なくとも被害者に組織の人間があがったことにより、それははっきりしてきた。何らかの意図があって犯人は殺人を犯している。これは断じて快楽殺人や無差別では無い。犯人は確実に被害者を殺している。ナイフで一突き、或いは銃を一発。手慣れた者の犯行だ。決して獲物を仕損じないそれ、躊躇が一切無い冷酷な犯行、人数や動機は不明だが、組織の人間を不用意に殺したのでなければ、この事態を把握している人間が居る筈なのだ。
そいつは警察が動くよりも早くに行動を起こし、被害者を増やしている。
何人殺すつもりなのかはわからないが、明確な殺意と意図を持って殺しているのは確かだ。
一つ一つの現場を高杉は注意深く回る、遺体が横たわっていた場所は立ち入り禁止になっていて静かだ。
どの現場もそうだった。鑑識が殆どを持って行って仕舞った為に不審な点も無い。
( 徒労か・・・ )
時刻は直に夜になろうかという頃合いだ。
一度本部へ戻らなければならない。高杉の無駄足だったわけだが、その場を去る時に背後に黒いフードの影があるとはその時の高杉には気が付かなかった。



『六人目だ・・・』
頭を抱えた同僚の電話に高杉は飛び起きた。
深夜一時という時間だ。
今頃捜査員全員が夜勤の者に叩き起こされているだろう。
場所へ向かいながらも高杉は電話で相棒に問う。
「被害者は?」
『身元は今確認中だが、チャイニーズか、少なくとも細身のアジア系の男だ。身分証の一切が無いんでな難航しそうだ』
見た目はコンピューターオタクっぽいがな、と同僚が付け足した。
「殺害方法は?」
『ビンゴだよ、高杉』
同僚が、云う。その声は脳に直接響くように重く聞こえた。

『ナイフで一突きだ』

高杉が現場に辿りついた時、咄嗟に当たりを見回した。
矢張り野次馬が多い。多くは若者であった。警官が散らそうとしているが簡単に散りそうも無い。
話題の連続殺人ともくれば野次馬が増えるのも無理はなかった。
高杉は注意深く辺りを見回し、黒いフードを捜したがそれらしき姿は見当たらない。
( 矢張り気の所為、か・・・ )
気の所為かとも思うがどうにも引っかかる。だが今それを気にしても仕方無い。
遺体を確認すべくKEEPOUTと書かれたテープを潜り高杉は現場を確認した。
確かに同僚の云う通り被害者はオタクっぽいひょろ長い印象の青年だ。
背中を確認すれば矢張り後ろからナイフで一突きされている。
「死因は背中を一突きで間違いなさそうだな・・・」
高杉が手袋を直しながら問えば同僚も頷く。
「また死体が増えやがった、俺はこれ以上増えないことを願うばかりだ、おちおち寝てられもしねぇ」
その通りである。連日の呼び出しに高杉も堪えている。
けれどもそれ以上に抗争のことも意識しなければならず現場には疲弊感が募るばかりだ。
証拠らしい証拠も無い完璧な現場。
プロの犯行。
少なくともそれを連想させるだけの鮮やかな手口だ。
高杉は行き詰った現場を仰ぐように見上げ、そして見上げた先で固まった。
雑多な移民街のアパートの階段に、そいつは居た。
( 居た! )
「黒いフードの・・・!」
( 居やがった・・・! )
相手を誰か確認する前に高杉は走り出す。
同僚が何かを後ろで叫んでいたがそれも聞こえない。
高杉が咄嗟にアパートの古びた鉄柵を開け階段を駆け上がるとそれに気付いたのかフードの男が動いた。
暗闇に紛れるような動作に咄嗟に高杉は全力で奔る。
階段を駆け上がり、高杉の勘が告げる唯一の接点であるフードの男に手を伸ばす。
が、高杉がその場所に上がった頃には誰もいない。
下の現場では同僚が「どうしたぁ?」と呑気な聲をあげている。
高杉は振り返りアパートの廊下をみた。
ジジジ、と景気の悪い音を立てる暗い室内灯が僅かに暗がりを照らす。
その中に動いた影を見つけた気がして高杉は誘われるままに奥へと足を向けた。
銃のセーフティは念の為外しておく。
もしあの男が殺人者だとしたら護身しておくに越したことは無い。
角を曲がって、暗がりに目を凝らす。
そして其処で高杉は聲をあげた。
「動くな!動けば撃つ」
黒いフードが闇にまぎれて動いた。
少し楽しそうにさえ思えるような、そんな雰囲気すら匂わせて。
「ゆっくりだ、ゆっくりこちらを向いて両手を挙げろ」
Freeze! Hands up!と高杉が再び聲を荒げれば観念したように男が手を挙げてこちらを向いた。
ゆっくりと近づいて高杉は男の手を取り、武器を持っていないか確認した後その黒いフードに手をかける。
嫌がるそぶりを見せずに男は高杉に従った。
そして驚いたのは高杉の方だ。
「手前・・・」
珊瑚色の髪に青い眼、およそこの場には似つかわしくない雰囲気を纏った場違いなそれ。
フードの下から出てきたのは驚くほど顔の整った少年だった。


02:黒いフードの男
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