※現代パラレル。なんちゃって英国ミステリー風。高杉=警察、神威=華僑の謎の青年。 霧の深い朝方のことだ。 人どころか猫一匹通っていない路地裏でそれは突然起こった。 刹那の凶事。 悲鳴は霧に掻き消え後ろから一筋の刃が光り程無くして先程まで悲鳴をあげていたものは動かなくなった。 そしてその場から立ち去る足音が響く。 霧の中に黒いフードだけが見え、そして消えた。 * 「こりゃ一突きだなぁ」 参ったと云うように顔を顰めるのは同僚の男だ。 高杉はそれを一瞥してから遺体の前に屈みこむ。 通報があったのは朝の六時前だ。新聞配達の男が第一発見者である。 「確かに心臓だけを狙ってやがる」 鮮やかなものだ。 高杉は立ち上がり愛用している黒のトレンチコートに付いた土を払った。 鑑識の者が辺りを調べているがこれほど鮮やかな手口だと大した証拠も残らないだろうと云うことは予測できる。 ただの殺人なら良いが、どうもこれは毛色が違う。 今月に入ってから既に三件報告されている。これで四件目となった殺しだ。 いずれも方法は背後から心臓を一突きだ。一つだけ銃で撃ち抜かれていたが、それも同一犯か或いはそれに関連するものなのか、兎に角この近辺での殺人が多すぎる。マフィアの抗争絡みの線で捜査はしているが如何せん移民の多いこの地域ではそれらが複雑に絡み合っていて捜査が難航しているのだ。 いずれも大した手がかりは得られておらず目撃者でさえ不明である。 唯一銃を使われた方は望みがあるかと思ったが、指紋も硝煙反応も靴跡さえも現場には髪の毛一本残されてはいなかった。 ただ心臓を一突きした刃物は刃渡り二十センチ程度で大きく反り返ったものであるらしいということだけはわかっている。 しらみつぶしにそういった刃物を扱う店や骨董屋、ミリタリーショップなども当たってみたが今のところ全て不発だった。 わかっているのは犯人がプロだということだけだ。 これほど鮮やかに殺し、鮮やかに消え証拠さえ残さない手口はどう贔屓目に見てもプロの犯行である。 だからこそ難しい。 一度でも検挙されていれば傾向や現場の状態、プロファイルから警察のデータベースとの照合もできたが、万一相手がプロ中のプロで一度も警察に検挙されていなければ?移民街付近に犯行が集中していることから移民の犯行かもしれないがそれも指紋も取れていなければお手上げである。此処は小さな人種の坩堝なのだ。英国にあって英国にあらず、そんな場所なだけに捜査も難航していた。 高杉はやや諦め気味に煙草を取出し火を点けた。 最近署内でも禁煙だの分煙だの厳しくなってきたが知った事か、此処は現場で屋外なのだから気にするものかと口にする。 高杉は煙草の煙をゆっくり吸い上げ、空に向かって吐きだした。 不意に、何かを感じて高杉は路地の奥の暗がりに目を向ける。 「・・・気の所為か・・・」 路地の奥で黒い何かが動いた気がしたのだが、改めて目を凝らしてみてもただ暗がりがあるだけだ。 もしかしたら犯人が一度現場を確認に来たということも考えられなくも無かったが、もし相手が本当にプロならばそんなことをするものかとも思う。結局どうにもならず鑑識が一通り状況を取った後、高杉はその場を後にした。 「被害者は、トム・アンダーソン、母親が華僑系ですが、国籍はこちらになっています」 「四人の共通点は?」 「ありませんね、白人に、スペイン人、チャイニーズ、今回の被害者はハーフですが、強いて云えば移民街で発見されたということ以外はありません。被害者の年齢性別はまちまちですし、学校や職場が同じだったということもありません。不動産屋の実業家に花屋のアルバイト、娼婦の女に、今回は郵便配達の男ですよ、これの何処に共通点が?」 「・・・だな・・・」 そう全員を結ぶ者は無い。唯一娼婦の女だけが銃殺だったので或いはこれは同一犯では無く別件なのかもしれないが、それにしてもこの三週間で四人も殺されれば立派な連続殺人である。しかもその殺人のいずれもが限られた地区で行われているのだ。 不自然なまでの符号に捜査員全員が首を捻る。 「心臓をナイフで一突き、もしくは銃で一発ってことは怨恨は薄い。どう考えたってプロの犯行だ」 「或いはプロだからこそ怨恨でも一突きってことは?」 「どうだろうな・・・マフィアなら怨恨で一突きは有り得ねぇだろ、大陸の連中ならそれも有り得るが、どちらにしても証拠がねぇし確信もねぇよ」 「正にお手上げですね」 デスクで息を洩らす同僚に高杉は肩を竦め署内で評判のまずい珈琲を飲み干しカップを屑籠に投げ入れた。 * その夜だ。高杉が残業を終えて帰宅しようとした矢先に連絡が入った。 零時過ぎに移民街近くのチャイニーズバーの脇で遺体が発見された。 「今度はチャイニーズ・・・少しは共通点が増えたか・・・」 心臓を一突きされたその遺体を前に高杉は息を吐く。寄ってくる野次馬に「早く帰れ」と怒鳴り、僅かに人垣が遠巻きになったところで鑑識が到着した。 KEEPOUTと書かれたテープの中から不意に外側を見る。 人混みの奥に誰かが居た。 黒いフードの男だ。遠巻きに人だかりを眺めている。 一瞬の、こと。 さらさらと明るい色の髪がフードから零れるが、高杉が目を細める前にフードの男はその場を立ち去った。 そして不意に思い出す。そういえばあのフードを何処かでみなかったかと。 ( あのフードを俺は、見なかったか? ) 今朝の路地裏で、そういえば最初の現場にもいなかったか?そう、確かに居た。最初の不動産屋の男が刺殺されていた現場にも、二人目の花屋の現場にも・・・三人目はわからない、だが、確かに複数の現場で居た。高杉は視たのだ。 人だかりの中で、あのフードの男を。 「待て!」 それに気付いた時、高杉はその男がいなくなった方向に向かって走り出した。 全速力で走り出して数ブロック先の路地裏まで見たが既に遅い。 辺りは暗がりが広がるばかりで、人ひとりいない。まるで『最初から無かった』ように何も無い。 けれども、何かが高杉の中で引っかかった。 微かな塵のような、何か。 「・・・あれが犯人・・・とまではわからねぇが、何か引っかかる・・・」 全て同じ地域でおこったことだ。そういったことに興味のある人間が複数の現場を見に来ていても何ら不思議では無い。 不思議では無かったが何かが引っかかった。 あの男を追えばいずれ犯人に辿り着くのではないかというそんな予感が高杉に過る。 これは勘のようなものだ。当てにはならないが、高杉は己の嗅覚を信用することにしている。 大抵これで外れたことが無いのだ。 年の頃からいって十代後半か二十代前半の男。派手な髪の色に黒いフードに細身のジーンズ、ブーツは黒のアーミーものだった。 一瞬視ただけだがこれで間違いない筈である。 ( あの餓鬼を追えば何かがわかる・・・ ) 己の勘がそう告げているのだ。 ならばそれに従うまで。 やっと出来た手がかりに高杉はにやりと哂い、そして再び何かが残っていないかと現場に戻った。 01:霧の中より |
next / menu / |