―全てが終わったのは封鎖から七日後のことだ。 ミツルは矢張り直哉の確信した通り迷い無く直哉に付いた。 選べ、と云った直哉の言葉通り、躊躇い無く、それが自然の摂理であると云わんばかりにごく自然に、ミツルは魔王と成った。 「柚子は帰してあげたよ」 ミツルが淡々と話すので直哉は少し眉を顰めてそれから煙草の箱を手にして慣れた仕草で封を切り、取り出した一本に火を点けた。 ミツルも欲しがったので一本渡してやる。 直哉の口元にある煙草の火からミツルは火を点けた。 キスしていると錯覚できるような近さに直哉はぞくり、とする。 「それでロキを使ったのか」 「うん、そう、嫌だとは思ったけど、仕方無いでしょ」 まさか柚子を封鎖の外まで悪魔に送らせるわけにもいかない。 目立っては後で柚子が人間社会での居場所を失いかねないし、それを考慮してミツルはロキにお願いしたのだ。あのロキを頼ったのだから後で面倒になりそうであったが人間に紛れるのが得意なロキは確かに適任であった。柚子をお姫様のようにちゃんと送るよ、と余計なひと言を付けくわえてロキはミツルの願いを聴き入れた。 今までは信用ならなかったが、ミツルがベルの王になり魔王になった今、裏切りのリスクをロキもわかっている。ミツルの軍門に幹部として食い込んだ以上余計な真似はすまい。 あの様子だと柚子をきちんと家族の所まで送り届けるに違いなかった。 「篤郎はどうするんだ?」 「残るって、良い子だよね、篤郎って」 俺は好きだなぁ、と呟くミツルに思わず直哉は噴き出しそうになった。 「篤郎とどうにかなるなよ、お前は尻軽だからな」 自分の事は棚に上げて直哉がミツルに釘を刺す。互いにセックスしない代わりに今まで交わった人間の数は相当なのだからどっちもどっちではあった。 今直哉とミツルはかつて六本木ヒルズと云われた場所、つまり今は魔王城と称される場所の居住区方で適当な部屋を選んで休んでいる。 適当な部屋といっても相当な広さがあったしミツルと直哉が二人で住むには充分だった。 ミツルがバ・ベルを制し全てを終わらせてからその力の大きさに呑まれるように直哉に凭れかかったまま倒れて、それから気付いたらこの部屋だった。 先程目を覚まし随分久し振りにシャワーを浴びてすっきりしたところだ。 正確には丸二日ミツルは意識を失っていたのだが、ミツルが倒れている間に電気系統の類は直哉が復旧させたので今のところ不便は無かった。 訊けば直哉は政府との交渉(という名の最後通告だ)も終わらせたというのだから流石というべきか、直哉は仕事が早い。 カイドーこと二階堂征志とマリ先生こと望月麻里もミツル側についた。 当然のようにミツルと同じ選択肢を取れる二人がミツルは好きだ。 だから此処には王となったミツルと何千万という悪魔達と幹部として直哉とカイドーとマリと篤郎が居ることになる。人間の数はささやかであったがミツルには心強い。 「なんか眠い」 「もう少し寝ろ、元々人間には過ぎた力だ。いくら資格があっても身体に馴染むまで時間がかかる」 直哉がミツルを気遣うようにミツルの髪に触れる。まるで恋人のような直哉の仕草にミツルは身体を引こうとするが、それさえもどうでも良くなる気怠さに包まれる。 ああ、意識が飛ぶな、と思った頃にはもうミツルはベッドに沈んでいた。 ミツルが手にした煙草が床に落ちる。疲労からミツルはもう目を開けていることも出来ない。 直哉がそれを拾い火を消し、そして自分の口元にあった煙草を二度ほど吸ってからベッドに横たわるミツルを眺めた。 万魔の王となったミツルは以前と変わらない。むしろ普通すぎて驚くくらいだ。 高揚するわけでも感情的になるわけでも無い。もう少し悪魔的になるかと思ったが、ミツルは精神にブレが少ない人間だ。生来のそれでバ・ベルの力を充分御しているらしかった。 ただ眠い、とだけ云って眠るミツルが愛しい。 直哉はそれをじ、と眺め、欲望が擡げるのを感じたが、それを意識の端に追いやり、この愛しい弟との新世界を構築する為にパソコンのモニタへと視線を移した。 ミツルが目を醒ましたのはその五時間ほど後のことだった。 気付けばミツルは懐かしい感覚に呑まれた。 望んでいた、空気と匂い。 ―直哉だ。 ベッドの上に直哉が居る。ずっと仕事詰めだったのか疲れた様子で直哉も寝入るようだった。 ミツルは久し振りに直哉の匂いを感じた。顔が近い。直哉はまだ本格的に寝るつもりでは無いらしく、ミツルを眺めているようだった。その気配にミツルは目を開けることが出来ない。 寝た振りをするしかない。顔がより近くなる。直哉とミツルの距離がゼロになる。 直哉は自分にキスをする気なのだとミツルは悟った。 だから咄嗟にミツルは寝返りを打つ。 追いかけられるかと思ったが、直哉はまだミツルが寝ていると思ってくれたのか気が逸れたのか、少しの沈黙の後直哉はミツルの頭をそっと撫ぜ、本格的に眠る為にベッドに身体を横たえた。 直哉を近くに感じるのは久し振りだ。直哉の匂いを感じて直哉と眠る。 その居心地の良さにミツルは( また欲しくなる )と思った。 ―直哉が欲しい。 ミツルと直哉はお互いに互いが欲しいと思っている。 それなのにまだキスさえもしたことが無い。 今のこの状態の方が異常だというのはミツルにも良くわかっていたがどうしようも無かった。 ミツルは直哉との関係の変化を恐れている。 直哉とミツルがセックスしても多分直哉は変わらない。 ミツルをその盲目的な愛で縛りはするだろうが今でも直哉は精神の上ではミツルを縛っている。 然したる差では無いだろう。 恐らくセックスをして変わるのはミツルなのだ。直哉を自分の物にする。自分が直哉の物になる。 それは恐ろしく魅力的だったが、ミツルはそれを恐れた。 ミツルのその態度が一層直哉の身を焦がすのだと知っていても尚、ミツルは直哉から逃げる。 ( 愛してる、欲しい、好きだ、たまらない ) こんなに従兄でも兄でもある直哉に欲情する自分が時折嫌になる。 けれども感情は留まるところを知らず、溢れ出る様にミツルを浸食する。 渇望するくせに手を出せない。いつかは逃げられなくなったとしても少なくとも今は逃げたい。 いつか直哉はミツルをその手に捕らえるだろう。そしてミツルを逃がさない。 そうしたらどうなるのかと、思ってミツルは下肢に熱が集まるのを感じた。 ( 収まりそうにないな、これ ) そう思いながらミツルは目を閉じた。 「というわけでセックスをしようカイドー」 「お前ほんとどうしようもねぇな」 次にミツルが目覚めた時、直哉は部屋に居なかった。 携帯で連絡すれば直哉はシステム構築の関係で部品を調達しに篤郎と秋葉原に向かったとのことだった。 それなら丁度良いかと、ミツルは下の階のカイドーの部屋へ赴いたのだ。 カイドーは食事をするつもりだったのか手慣れた様子で炒飯を作っている。 昔中華料理店でバイトしていたらしくカイドーの手際は良かった。 文句を云いながらもミツルの分も用意してくれるカイドーは矢張りミツルを甘やかすのが上手い。 「俺も溜まってるからいいけどヨ」 「あ、これ美味しいね」 そもそもセックスをしよう、という話をこんなに健全にしていいものかと思うが、そこはそれカイドーとミツルの友人たる所以である。二人はセックスフレンドであったがそれ以上に友人であった。乱雑に物が散乱するダイニングテーブルに座りカイドーがかき込むように炒飯を腹に入れ、空になった皿を流しに置く。それから背後の部屋、つまりベッドルームへ行こうと促された。 「上とは違う造りだね」 「そりゃ上の方がいいだろうヨ、お前魔王だしな、お前の兄貴も化物みたいだし」 カイドーの云う化物とは悪魔のことでは無い。あくまで人間的な意味で人間を超えているという意味だ。 カイドーの言葉にミツルは笑いながら衣服を脱いだ。 封鎖中に着ていた服は流石にもう着れたものではない。ところどころ切れていたし、汗と血が染みついていた。 だから六本木ヒルズの中の略奪にあっていない店の中から適当なものを何着か拝借した。新しい清潔な衣服にミツルは久し振りに人間らしさを取り戻したような気になって安堵する。 それも結局セックスの為に脱ぎ捨てるのだが、二人は簡単に裸になってベッドに沈んだ。 「なんかそういえばベッドでするの初めてだね」 「あー・・・そだな」 いつもカイドーの根城のソファの上だった。 カイドーと寝るのはこれで四度目だ。実は封鎖中にもやった。しかも路地裏というシチュエーションだ。 多分直哉にはバレていないと思うけれど直哉が知ったら即効で犯されそうなシチュエーションではある。 カイドーに会ったらムラっとしたのだから仕方無かった。直哉がミツルを尻軽と罵るのも当然である。 しかしそれは基本的に直哉のことを考えてそうなるのだからミツルだけの所為とも云えない。 それに直哉だって確実にミツルを想像して他の誰かと関係を持っている。お互い様である上に矢張りどうしようも無い兄弟だった。 「入れるぞ」 乱暴なカイドーの抱き方がミツルは好きだ。直哉の手を想像しやすくて気持ち良かった。 ぐ、と前戯も程ほどに無理矢理身体を開かれれば、痛みと共にカイドーが入ってくる。 「痛・・・たっ・・・」 「わりぃ、油くらいしか無い」 とろりとキッチンから調達した油を尻の間に垂らされてカイドーがもう一度ミツルの中を抜き差しすれば今度はスムーズに入った。 「うあっ・・・」 ぐぐ、とカイドーに押し入られるとミツルの身体が跳ねた。欲しかった感覚にミツルがじわじわと侵食される。カイドーはミツルに遠慮すること無く、自分の欲を発散させた。 カイドーに乱暴にされると自分はやっぱりMなのかなとミツルは錯覚しそうになったが、それならそれでこの状況を楽しめばいいだけだ。 ミツルはミツルで有り余る性欲を発散させればいいし、カイドーはカイドーで溜まったものを処理できる。 最適だった。それから数度カイドーが抜き差ししてミツルが先に到達して、カイドーはゴムが無かったから外に吐き出した。数回互いに吐き出してからミツルはベッドに沈む。 カイドーとのセックスはもう性欲の発散というよりスポーツに近い感覚だった。 「なあ、」 事後にカイドーが煙草を燻らせながらミツルに問いかけた。 どうにも数少ない魔王軍の人間面子は篤郎以外スモーカーらしい。篤郎の前では禁止にしないとな、とどうでもいいことを考えながらミツルはカイドーに答える。 「何?」 「お前の本命ってよ、あの兄貴だろ?」 お見通しだ。カイドーに嘘は吐けないらしい。 「ふふ、バレちゃった?」 「見たらわかるだろフツー、お前らおかしいし」 見る者が見たら一発でわかるとカイドーに云われてミツルは苦笑した。 互いにあんなに熱っぽい視線を絡めていたら当然かもしれない。 「マリ先生と上手くいきそうなんでしょ」 突然話題を変えたミツルに少し面喰いながらもカイドーは「まあな」と答えた。 「じゃあカイドーとも終わりかな」 勿論寝る方の意味だ。カイドーとはこれからも仲良く出来そうである。友人として。 「別にそれはいいんだけどヨ、お前なんで本命としないんだ?あんなにあからさまなのによ、お前が誘えば一発じゃねぇか、それともあれか?兄弟、従兄弟か?そういうの気にしてんのかよ」 カイドーの疑問はもっともである。そもそも最初から直哉と自然にセックスしていればこうはならなかった。 少なくとも二年前にミツルの方が先に直哉を性的に好きだと自覚しなければもっと早く直哉とセックスしていただろうと思う。あの直哉が手を出さない筈が無いし、ミツル自身直哉とそうなっても良かったと思っている。 けれどもミツルは直哉とセックスして何かが変わるのが怖かった。 自覚しているからこそ怖い。だんだんそれが近付いているのもわかる。 ミツルが直哉に流されて直哉の物になるまでの刻限が迫っている。 多分もうじき直哉から逃げられなくなるな、とミツルは思った。 それでもミツルは微笑した。人受けの良い微笑みで流した。 「俺さ、本命とは寝ないの」 呆れたように顔を顰めるカイドーに、ミツルは微笑みながら、少し寝るから一時間後に起こしてと頼んだ。 08:本命とは寝ない |
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