ミツルと篤郎はどちらかというと親しい友人の部類に入る。
けれども篤郎は最近自分が面食いなのではないかと思い始めていた。
―ミツルだ。
柏木ミツルという静かな響きの友人は篤郎にとって自慢だった。
このミツルという唯一の親友は学校で一番と云ってもいいくらいのイケメンである。
その上長身で酷く大人びたミツルは出来過ぎた人格でもあった。
困っている人が居ればそれとなく助けたし、そうでなくてもミツルはまるで兄のような包容力のあるおよそ高校生には不釣り合いな人間だ。その上顔も良いとなればこの上無い好物件である。
しかし当のミツルは先輩や後輩、そして同級生の誰も相手にしなかった。
専ら篤郎と幼馴染だという柚子と一緒に学校では行動している。頼まれれば手伝うが必要以上のことはしない。熱くもならない。一貫したミツルのそのスタイルがまた人気が出る要因であったが、恐らくミツルは大人すぎて周りが子供っぽく見えているのだろうと篤郎は思っている。
ミツルとの出会いはそもそも偶然だ。どちらかというとおたく気質で草食系男子とでも云うべき篤郎と大人びていて人付き合いも愛想も良いミツルとの接点など無いに等しい。
二人の唯一の接点は直哉だった。
直哉のハンドルネームはそのままNAOYA。業界で知らない人間がいないという程の天才プログラマーで国内外の様々な企業と契約して多くのプログラム開発に貢献している人物だ。若手というにはあまりにも有名で雑誌などにもよく名前が載っている。しかしNAOYA自身はメディアがあまり好きではないのか一切顔を出さなかった。そんなNAOYAと縁あってネット上で知り合ってプログラムを教えて貰っているうちに個人的な事も少し話すようになった。
そして今度高校にあがるという話をした時にNAOYAの従弟、つまりミツルと篤郎が同い年で学校も同じだということがわかってからミツルと知り合ったのだ。
今にして思えば自分みたいなのをNAOYAが相手にするのもミツルとひき合わせる為だったのではないかと篤郎は思っている。
何にせよ直哉の目論見か偶然か、ミツルと篤郎は知り合い、そして今に至る。

「今日はいつものとこじゃないんだ」
「うん、今日はこっちなんだって、ええとハルだったかな」
「柚子が音源呉れたじゃん、聴いてない?」
「一度聴いたけど充電切れちゃって、出先だったから」
ミツルのバイト先はライブハウスであったが今日はその近くの別のライブハウスだ。
けれどもミツルのことを知っている人が多いのかさっきからひっきりなしにミツルには声がかかる。
これもいい男の特権だろうなぁ、と篤郎はそれを眺めながらぼんやり思った。
いつもの風景だ。いつものようにこうしてライブハウスの前でミツルと篤郎の二人で柚子を待ち、それから送っていく。
「女の子だからね」
遅くなると危ないという理由でミツルは大抵バイトが無い時に柚子の送り迎えをした。
篤郎も両親が海外で、独り暮らしなことから時間の自由はきいた。
だからだいたい用事が無い時はミツルと二人で柚子を送るようにしている。
柚子はいつも嬉しそうにミツルに微笑み、まるで彼氏自慢とでも云うかのように一緒に帰るがそもそも柚子とミツルは付きあってはいない。柚子にはとても言えないが、ミツルにとって柚子は幼馴染でありそれ以上には成り得なかった。
「今日のハルのライブ凄く良かったぁ!」
上機嫌で話す幼馴染にミツルはにこやかに相槌を打つ。
「それは良かった、柚子も気合を入れて行った甲斐があったね」
今度は俺も一緒に行くね、と恥ずかしげも無く洩れるミツルのセリフに篤郎は内心舌を巻いた。
自然な気遣いや気の利いた科白は流石にミツルだと思う。篤郎には逆立ちしても出来そうに無いスキルだ。
ミツルは要領がいいのだ。ついでに云うとミツルは生来のタラシでもあると篤郎は思う。
柚子を二人で家の前まで送ったあと、コンビニに寄る。なんとなくだ。なんとなくのノリのままコンビニでだらだら雑誌を見たり、アイスを買ったりした後、人気の無い道を歩く。
柚子を送っていたからもう終電も終わるかという時刻だった。
別れようと篤郎が進路を変えようとしたところでミツルが進行方向を変えた。
「どした?」
「危ないから送ってく」
ミツルの言葉に篤郎は不覚にも噴き出しそうになった。
篤郎は柚子を好きだがそれとは別にミツルも好きだ。多分今もこうして「送って行くよ」なんて気障な言葉が自然に出るミツルにドン退くわけでも無く、寧ろきゅん、として仕舞う。
柚子にも篤郎にもミツルは紳士だ。それが癇にさわるわけでも無く、ミツルのそういった気遣いは
ごく自然で、優しいものだった。
( 多分、うんそう、俺、女だったら絶対ミツルに惚れてる )
正直篤郎は面食いだった。面食いなんだと些かがっかりしながらも確信した。
この大人びた友人がNAOYAの従兄弟でなくても篤郎は好きだ。
ミツルはあの一筋縄ではいかないNAOYAの従兄弟だけあって全体的にスペックが違う。
人間としての規格も違う。NAOYAに逢った時も顎が抜けるかと思ったが、ミツルに初めて会った時も篤郎は声をかけるのに相当の勇気を要した。
全体的にこの二人のイケメン遺伝子の眩しさったらない。身長から顔から手足の長さから何もかも違いすぎる。おまけに頭も非常に良い。NAOYAはそもそも天才だったし、ミツルは普段授業中は寝ている癖にテスト前に少しノートを貸しただけで容易く点を取った。
そんなに頭が良いならもっと偏差値の高い学校を選べばいいのに、ミツルはあっさり「近かったから」の理由でこの学校に居る。
篤郎は自分が人間として打ちのめされる前に考え方を変えることにした。
これは特別に神様に愛されているのだと、そう思うことにした。
後にそれが本当だとは思いもしなかったけれど、とにかく、直哉とミツルの二人が目の前を歩いていたらものの一分で声をかけられる。
逆ナンだったりスカウトだったり様々だったが以前一度部品を買いに行く関係で秋葉原でNAOYAに会ったらついでに欲しいものでもあったのかミツルも付いてきた。
その際の目立ちっぷりったら後で恥ずかしいくらいだ。
二人は自然によくひっついたし、何かの撮影かと云われるし、その上無断で写メる女の子も出るくらいだ。
つまりそのくらい絵になる二人だった。
だから普段入らないようなお洒落な店で食事をして帰る頃には篤郎は既に死にたくなっていた。
けれども柚子には決して見せないミツルの一面も知っている。
「今日はどうすんの?」
「ああ、うん、この後亜由美さんと約束がある」
―ミツルは基本的に誰とでも寝る。
誰とでも寝るというのは恐らく語弊がある、ミツルの基準の中で、それをクリアした相手とはミツルは誰とでも寝た。
背が高くて男の眼から見ても相当格好良いミツルはいつでも誰かと一緒に居た。
実家に帰ったり直哉の家に帰ったりミツルは気紛れだったけれどそれ以上に他の誰かと夜を過ごすことが多い。かと云って女性関係が複雑になる様子も無い。ミツルは矢張り要領がいいのだ。
特定の彼女を作っているところを見たことが無いことから(あったとしても精々一、二ヶ月程だった)
ミツルは誰かと深い関係になることを望んでいるようにも見えなかった。
なのにミツルは自分に近しい相手とは絶対寝ない。そもそも付き合わない。
柚子がいい例である。柚子があんなにあからさまなのにミツルはそれをいつも幼馴染として片付けた。
多分、ミツルはわかっているのだ。近しい人とそういう関係になった後壊れたら修復できなことを。
だから今の関係を持続させる為に決して進展させない。
ミツルはそういうバランスを取るのが非常に上手かった。
NAOYAが戦略を担当する軍師だとしたらミツルは全体のバランスを調整する指導者のような役割がぴったりだと思う。これも後々そうなるとは思わなかったのだけれど、とにかく篤郎にはそう思えた。
( 多分、ミツルには本命がいる )
それが誰か、とは篤郎はミツルに問うたことは無かった。


02:ただの一度も
prev / next / menu /