秋だ。 季節は秋になって明楽はついに学校に復帰した。 脱引き籠りを果たしたのだ。 最初は明楽も緊張した。けれども行くと約束したし、明楽自身も前ほど学校に対して抵抗が無くなった。 癪だけれど直哉のところでほぼ毎日バイトをし続けたのが良かったのだろう。 あんな嫌味な従兄と毎日顔を合わせれば明楽も鍛えられるというものだ。 そして明楽の携帯の電話帳にもクラスの何人かのアドレスが登録された。 中でも木原篤郎というクラスメイトとは一番仲が良い。 と云うのも二学期初日に緊張した面持ちで明楽がクラスに行って、自分の席がわからないので携帯を弄っていたら声をかけてきたのが篤郎だった。 「うわっ!それってTDSの限定ストラップじゃん!」 「え?ああ・・・これ?」 明楽が携帯に着けているのはトーキョーデビルサバイヴ、明楽をネトゲ廃人にしたTDSの限定ストラップだ。ちなみにこれは直哉から貰った。レア物なのでネットオークションでは値段が高騰しているものだ。 「何処で手に入れたの?」 「あ、えーと、バイトの関係で・・・」 「すげー!ってか岬だっけ?一学期ずっと休んでたよな、どっか身体悪かったのか?」 「明楽でいいよ、あきらく、と書いて『あきら』なんだ。一学期は・・・うん、まあ色々あって・・・」 ネトゲ廃人でしたとは流石の明楽も云えない。けれども篤郎は自分もTDSが好きで尚且つTDSのプログラマーであるNAOYAを尊敬していると豪語した。明楽は毛ほどもプログラムに興味がなかったから知らなかったがTDSを作ったのがNAOYAというのは有名な話らしかった。雑誌のインタビュー記事まで篤郎は持ち歩いているのだからこれは筋金入りだ。 「俺、木原篤郎、アツロウって呼んでくれ。TDSは俺もやるんだ、HNはAT−LOWっていうんだけど、良かったら一緒にやらない?」 一緒にやらない?と聞いてくれる篤郎に明楽はじーんとした。これだ。これこそ明楽が求めていた友達付き合いだ。 こんなことがあるならもっと早く学校に来れば良かったとさえ明楽は思う。うん。篤郎はいい奴だ。 「うん、いいよ、俺のHNはアベル」 「アベル・・・ってあのアベル?」 「どのアベルかわからないけどアベルだよ」 「カインとパーティ組んでるアベルだよな?」 「そうだけど・・・」 明楽が云えば篤郎は周囲を気にした風も無く歓喜の聲をあげた。 「すっげー!すげぇ!マジで?あのアベル?ドラゴンスレイヤーのアベル?」 竜殺しと云われて些か恥ずかしい。あの時は何せネトゲ廃人で一日十七時間以上常駐したのだ。 現実と反比例してオンラインでは英雄視される明楽であった。 「うん、これだけど俺の使ってるの・・・」 明楽は携帯に入れている自分のアバターを見せる。アベルのアバターはヴァージョン1.1.2という特殊なものでこれは明楽だけのオリジナルのものだ。 「うわーうわーー!本物だよ!すげえ!ちょっと写メっていい?」 「いいけど・・・」 嬉しそうにはしゃぐ篤郎を前に明楽は恥ずかしい。なんだか中二病を自慢しているようでちょっと居た堪れない。現実を知った高校一年の秋だった。 「俺、アベルとカインの戦績スレッドに良く常駐してたんだ!マジで?アベルなんだ!本当嬉しい!」 けれどもがしっと篤郎に手を掴まれて喜ばれると悪い気はしない。友達ができるか、学校に慣れられるか明楽は不安だったが、ネトゲ廃人もこうして友達を作るのには役立ったわけだ。 「たいしたことないよ・・・ずっと常駐してただけだし・・・」 「そんなことないって、アベルの戦績を見ればやっぱり優秀なんだよ、いくらレベルが高くても技術がなきゃ伝説にはならない」 はっきりと篤郎に云われると照れる。明楽はわたわたしながらも篤郎に好感が持てた。これからの学校生活を頑張れそうだ。だって友達が明楽にもできた。最もオタク気質の篤郎であるからこそ二人は出遭うべくして出会ったとも云える。 「カインは開発関係者って云われてるけどあれって本当?」 「うーん・・・云っていいのかな・・・ちょっと確認してからにする」 流石に仕事のことなので守秘義務くらいは明楽も理解している。 後日直哉に許可を得てプログラマーNAOYAが『カイン』であり、明楽と直哉は従兄弟であると明楽が説明すると篤郎はもっと感動して明楽に飛びついた。そして程無くして篤郎が直哉の弟子となり、明楽ほどでは無いが篤郎も運営のバイトの一部を手伝う運びとなったのだ。 そうして気付けば季節は冬だ。 すっかり学校にも慣れて明楽にも何人かの友達が出来た。 幼馴染の柚子にも散々云われたけれど、学校に戻ってきたことを一番喜んでいたのは柚子だった。 それからごく普通の高校生の生活を明楽は送った。 勉強の遅れは夏休みでなんとか取り戻して、運営のバイトを続けて、気付けば結構なお金が溜まっていたけれど使い道が無いので洋服に使ったりして、それでもバイトの給料が良い所為で、明楽の貯金が溜まっていくので三年生になったらそのお金で明楽は車の免許でも取ろうと思っている。 明楽は慣れた手つきで青山の直哉の部屋の前に立ち鍵を開けた。 「直哉・・・いないの?」 明楽は直哉の家の鍵を貰っている。夏休みの終わりに直哉から渡されたのだ。 運営のバイトを夏中続けた結果、ちょっとした対処だけなら明楽にも出来るようになった。 より細かいプログラムは明楽より篤郎の方が詳しかったが篤郎はバイトというより勉強に直哉のところへ来ている。 いつも難しい課題を出されて云々唸っているので、運営の簡単な問題の対処などは明楽が担当しているのだ。 やっと給料に見合う仕事が出来るようになったとこの間直哉に云われて明楽は少し、いやかなり内心は嬉しかったのを覚えている。 テンプレートの対処であったが、それだけでも結構な量があるので、明楽の仕事もどんどん増えた。 明楽にとってこの三ヶ月と少しはあっという間だったように思う。もう季節は十二月で来月にはもう一月だなんて信じられない。 秋は忙しくて、とにかく学校生活に慣れるのに必死で一瞬だった。 その頃から直哉の仕事も劇的に忙しくなって、元々忙しかったのに外注の仕事が増えたので直哉はこうしてクライアントの会社の方に赴くことが増えている。 だから明楽は勝手に自分の分の仕事をしてそのまま直哉に会わずに帰るなんてこともざらだ。 学校へ行って、帰りにバイトに青山へ寄って八時まで働いて家に帰る。その生活に最近やっと慣れてきて、それで明楽にも余裕が出てきた。だからこうして誰もいない直哉の部屋にあがって運営のバイトや家の片付けや、細々した買い出しの指示を確認してそれを買いに行ったりお遣いに出たりするのもお手の物だ。 けれども最近それが少し寂しい。 思えば明楽はもう一月近く直哉と顔を合わせていないのだ。 TDSに上がれば直哉と会えることもあったが画面越しだ。携帯電話然り。直接会うことは無い。 TDSの方は今はそんなに熱中していなくて、どちらかというと動作確認目的で動かすことの方が多い。 あとは篤郎に付き合ってイベントをこなしたり、だ。だから明楽は直哉との距離を感じた。 秋は必死だった。自分が現実に追いつくことに必死で直哉が忙しくても気にならなかった。 でも明楽が現実に慣れるにつれて直哉がいないことが明楽は寂しく感じた。 夏以降、あの明楽には想像も出来なかった直哉とのセックス以降、明楽と直哉の関係は何もない・・・とは云えない。 やっぱり夏休みの間に何度かセックスをしたし、お互いやる事があったから頻繁ではなかったけれど一度始まれば長い直哉のそれに付き合わされて徹底的に直哉に慣らされた。慣らされた明楽としては、云うのも癪だが、少し寂しい。 別に直哉とセックスがしたいわけじゃない。 直哉が身近にいないのが寂しいのだ。 思えば夏は殆ど毎日ずっと一緒にいたから余計寂しい。 あの憎まれ口も無ければ寂しいのだと明楽は改めて実感した。 管理画面をチェックして直哉に渡す書類やメールを優先順位別に振り分けて、一通り終われば後は今日は買い出しの指示が無いので監視をしながら細かい対処をテンプレートに嵌めて行うのが明楽の仕事だった。 「・・・寂しい・・・」 ぽつん、と明楽が呟く。 けれども此処には明楽以外いなくて明楽は一人だ。 家主はいない。 「直哉・・・帰ってこないのかな・・・」 此処のところ大口の仕事が入ったとかで向こうの施設に泊まり込むと云っていたから帰ってはこないだろう。 洗濯機の中に数日分の衣服が放り込んであったから間違いない。 一応洗濯機は回しておいたが、直哉の気配は無かった。 だから、だ。 ちょっと魔がさしたのだ。 寂しかったし、何せ一ヶ月以上明楽はセックスどころか自慰もしていない。 だから魔がさした。ちょっとムラっとしたのだ。 直哉がいない部屋で直哉の匂いがあるから余計、明楽は欲しくなった。 どうせ直哉は帰って来ないのだし、ちょっとくらいはいいかな、と思ったのだ。 今日は忙しくないし、サーバーに何か大きな問題も無い。 だから少しだけ、ほんの数分触るだけ。 明楽は制服のズボンのチャックを下して恐る恐る下着の中の自身に触れた。 暖房を入れているがイマイチ効きが悪い所為か、手が冷えていて指で明楽自身に触れれば縮こまるようだ。 けれども上下に擦れば直ぐ熱くなる。 明楽はさっさと済まそうと指の動きを早くした。 こういうことは早く終わらせるに限る。 直哉は帰ってこないだろうけれど、此処は直哉の家で一応はバイト先だ。其処で散々Hなことはしているがムラっとして自慰をするのはちょっと頂けない。まあムラっとはしているので、明楽は急いだ様子で手の強弱を強くした。 ぬるぬると先走りが漏れるそれを擦ってティッシュ箱を手近に引き寄せて、直哉にされることを思い出す。 普通なら可愛い女の子で妄想したい。そりゃあ明楽だってそうだ。でも明楽はそれよりも強烈な感覚を知っている。 直哉だ。直哉が明楽をこうして仕舞った。 明楽はそれに抵抗感はあっても不思議と嫌悪感が無い。それこそが明楽が既に直哉に陥落している証拠であったが認めたくないのが明楽である。直哉は明楽にとっていつまで経っても嫌な従兄なのだ。それでいい。 でも時折優しいから困る。明楽を抱き込んでキスをして、いやらしくて酷いことをするくせに、気持ちいいのがいけない。 それを思い出すと明楽の身体は熱くなった。 「・・・っあ、なおっ、ナオヤ!」 びくりと明楽が吐き出す。随分していなかったので結構な量だ。 それを拭っていて明楽は気配に気が付いた。 顔を上げて目が点になる。 ちなみに相手も固まっていた。 「・・・いつから・・・いたの・・・」 「俺の名前を叫んだあたりから・・・」 達した瞬間を見られたのだ。明楽の顔がさあっと青くなる。 スーツを着た直哉は疲れた様子で手には衣服が入った紙袋を持っているところを見ると服を取り換えに一時帰宅したのだろう。 明楽は慌てた。違う。違うからね!と焦りながら取り繕った。最早取り繕いのないものを必死に取り繕った。 取り繕おうにも明楽の手にはティッシュがあって其処から滴る明楽のあれなものが明らかに状況を物語っているのだが取り繕わせてほしい。 「ぎゃー!違う!ちがう!これちがうから俺の3D映像だから!」 咄嗟に3D映像だという明楽に、直哉は真剣な顔で頷いて紙袋を床に投げてネクタイを緩めた。 「わかった、じゃあ俺は今からヴァーチャルセックスをする」 「ぎゃー!違うから!違うからね!これなんかの間違いだからね!」 「大丈夫だ、明楽。人間はそもそも過ちで出来ている」 直哉が有無を言わさず明楽に圧し掛かってきて、明楽は抵抗するのにあっさり封じられた。 何でってそりゃ直哉の唇で、だ。 「・・・っ」 んー!と明楽が抗議をすると直哉が舌を絡めてくる。 久しぶりのそれ。 じん、と甘く痺れるようなそれ。 溶かされるような、キスだ。 優しいのに激しい直哉に明楽は崩れる。 激しいキスを直哉としながら自分と直哉の関係って何なんだろうって明楽は思う。 これが普通じゃないことくらい明楽もわかっている。仮に明楽か直哉かどちらかが女だったら従兄弟同士でも結婚はできるわけだしまだわかる。けれども明楽も直哉も男だ。 直哉が何故こんなことをするのか明楽にはわからない。 でも明楽には直哉を拒めない。 直哉が優しいのがいけない。直哉のことなんかちっとも好きじゃないのに明楽は錯覚しそうになる。 寂しいとか、求められているとか或いは、・・・好きだとか。そんなことを錯覚しそうになる。 「久しぶりだからな、ゆっくりするか」 「仕事は?」 「ああ、少し待て、連絡する」 云うや否や直哉は明楽の上に乗ったまま携帯を取出し何処かに連絡を入れた。 仕事なのに直哉は偉そうだ。直哉の方が実際指示する立場で上なのか、遅れる、作業を進めろ、の二言で事は済んだ。 携帯を切って上着を脱ぎ捨てて、それから直哉は云った。 そう、意地悪な従兄は云ったのだ。 「さて、明楽、一人で遊ぶとは悪い子だな」 「・・・っ!だからあれは間違いだって・・・!」 「間違いか、なら見せてみろよ」 「見せるって・・・」 何を?と明楽が目で訴えれば直哉は無言で明楽を見下ろす。 それでわかって仕舞った。 わかって仕舞うほど直哉に慣らされた自分が明楽は悔しい。 そしてそれはどんなに明楽が拒んでも実行されるのは目に見えていた。 「あっ・・・っぅ」 直哉の前で、裸になって自分のものを触らされる。 直哉はそれをじっと見つめるだけだ。 「俺がいなくても出来たんだから出来るだろう?」 この従兄は鬼畜だと明楽が思った瞬間であった。 それでも身体は動く。直哉の望むようにやって仕舞う。 それは明楽が期待しているからだ。これから起こる甘い感覚を知っているからだ。 明楽が必死に自身を掻いていると直哉は口付けしながらローションで濡らした指を明楽の中に這わせてきた。 久しぶりのそれ。 堪らなくて明楽が喘ぐと直哉が楽しそうに目を細める。 ぞくり、とする。直哉のその視線に。明楽はいつだって直哉に揺らされている。 その明楽の痴態に直哉こそが揺らされていると明楽は気付けないまま自身を追い立てる。 「はっ・・・あ、ッ!」 ぴくりと明楽の肩が跳ねた。直哉の指が中を深く抉ったからだ。 「そうして自分で擦ってろ、俺は勝手に挿れる」 「そんな・・・の、できなっ・・・!」 恥ずかしい。直哉のを挿れられながら自分のを擦るなんてそんなことできるわけが無い。 なのに直哉はやれと云う。 口付けて、耳元で優しく直哉に囁かれながら云われると明楽の感覚が麻痺してくる。 直哉に云われると明楽の羞恥心とかそういうのが麻痺して仕舞う。 甘い疼きが明楽を追い立てる。 直哉に指で中を擦られて明楽の、自身のものが凄く固くなっているのに明楽はその先を期待して仕舞う。 「出来るだろう?明楽」 あきら、と云われれば落ちるしかない。 直哉の上に腰を落とすように明楽が跨って、明楽が数度中を弄られながら達して、ごめんなさいを云う頃にゴムを装着した直哉自身がゆっくりと明楽の中に入ってきた。 「っあっ、なおやっあっ!」 ぞくぞくとする。 下から腰を突くように揺らされて、自分でも腰を動かして。 久しぶりだから明楽にも直哉にも火が点いている。必死で腰を動かして、明楽は自身を掴んで追い立てて。 「出る・・・あっ・・・もっ・・・!」 「我慢だ」 直哉に云われて明楽の腰は震える。 我慢だと直哉は明楽の手を押さえて仕舞う。 淫らに直哉のものを受け入れて腰を振って直哉を強請るのにイかせて貰えないもどかしさに明楽は啼いた。 「あっ、お願い・・・なおやぁ!気持ちいいからっお願い・・・!」 「欲しいか?」 明楽は首を振った。もう限界だ。 さっきからもうどれだけ焦らされたか。 無茶苦茶にしてもいいから今イキたい。 今イかせて欲しい。 「欲しい、直哉っ!なおやっ!」 瞬間、身体を床に倒されて直哉の腰が激しく動いた。 痛い筈なのに甘い痺れが身体に奔って明楽は悲鳴を上げる。 「明楽、」 「・・・っ!・・・ッ」 いい子だと口付けられて必死で直哉の口に舌を絡めて、まるでこれが愛だと錯覚しそうになるほどの激しいそれに流されるように明楽は達した。 ぼうっとする。 ぼんやりと天井を見上げれば見慣れた直哉の部屋だ。 気付けばベッドに移動していて直哉に抱き締められている。 疲れているのか直哉は少し痩せたみたいだ。 ちゃんと寝ているのかさえ怪しくて、明楽は直哉を心配した。 だから素直になった。いつもなら絶対云わないことを直哉に云った。 明楽は寂しかったのだ。この意地悪な従兄がいないことが明楽には少し寂しかった。 ぽつ、ぽつと明楽は直哉の腕の中で言葉を漏らす。 「・・・最近忙しいの?」 「ああ」 「ちょっと寂しい・・・」 云われて驚いたのは直哉だ。確かにこのところ翔門会での悪魔召喚プログラムのサーバー構築作業が忙しい。 だから直哉とて明楽に会うのは久しぶりで、それが嬉しくない筈はないのだが。いつも憎まれ口を叩く明楽の口からこんな言葉が漏れたことに直哉は酷く驚いた。 そして内心狼狽した。 「学校・・・あるだろ、友達もできたんだろう?」 「でも寂しい・・・」 セックスの後にこうして抱き合って、挙句こんな風に己の腕の中でいじける明楽が直哉には可愛くてたまらない。 散々意地悪をしてきたが、直哉だって心得ている。こういう時どうするべきか。 だから素直になった。 お互いこの時は少しだけ、いつもより少しだけ素直になった。 直哉は優しく明楽の髪を指で梳いて撫ぜる。 「済まなかった」 直哉の聲は優しくて、明楽は錯覚しそうになる。 直哉は意地悪で陰険な癖にこういう時優しくなる。 ぎゅっと明楽を抱き締めて、まるでそれが恋人同士みたいで、それがおかしくて、でも笑えなくて、直哉の腕の中が良くて明楽は泣きそうになる。 「今は忙しいが、次の夏の終わりには時間ができる、そしたら・・・」 次の夏。それまでの我慢。 夏までまだ半年以上ある。 それって長い。明楽はそれまで寂しいままだ。 「長いよ・・・」 「済まない、それが終われば・・・」 大がかりなプロジェクトだと明楽には説明してある。確かに大がかりなことだ。直哉がやろうとしていることは世界をひっくり返すことだ。けれどもこの従弟に寂しいと云われれば直哉は弱い。 こんな風に強がりじゃなく、寂しそうに云われれば胸が痛む。 だってこれは直哉のものだ。直哉だけのものである筈だ。 直哉の『駒』ではなく明楽は直哉の『もの』だ。唯一直哉のテリトリーに置くもの、それが直哉にとっての明楽だ。 明楽の全てを捕えていいのは直哉だけだ。 だから意地悪もするし、優しくもする。溶かしてぐずぐずにして直哉だけしかいないと云わせて、こうして抱き締めていたくなる。 それが直哉にとっての明楽だ。 この関係に名前を付ける気はなかったが、直哉にとって明楽はそういうものだ。 直哉は明楽の額に口付けながら云う。 明楽は先ほどの情事の疲れもあって既にうつらうつらと夢うつつだ。 それでも直哉は云った。この上なく優しい聲で、甘く包むように、まるで恋人に囁くように。 「終われば・・・」 「うん・・・」 眠い。明楽はもう眠くてたまらない。直哉の腕の中は心地良すぎてもう起きていられない。 それでもなんとか明楽は直哉の聲を拾った。 「いくらでもお前の為に生きてやる」 なんだかそれは告白のようだ。 まるで恋人にでも囁くようだ。明楽は笑って仕舞った。 直哉の腕の中でひどく幸せそうに明楽は微笑んだ。 「へんなの・・・告白みたい・・・」 「俺がそうしたいんだ、駄目か?明楽」 駄目かと問われて明楽は、どうにか駄目じゃないと答えた。 直哉がしたいならそれでいい。明楽の為に生きるという意味が明楽にはよくわからないけれど、それでいい。 別に明楽は明楽達は恋をしているわけじゃない。 直哉なんか好きじゃない。その筈だ。明楽と直哉は従兄弟で、オンラインゲームの友達で・・・。意地悪な直哉の筈で・・・。 なのにその直哉が傍にいないと寂しい。直哉の匂いが傍に無いと明楽は直哉を探して仕舞う。 そんなことを夢うつつに明楽は考えながらふと悟った。 好きってこういうことじゃないかと不意に思った。 直哉の腕の中で、まるで恋人同士みたいにこんなことをして、居なければ姿を探して、会えなければ寂しくて。 「駄目じゃないけど、へんだよ直哉・・・」 云いたい、云えない。明楽も直哉が好きなのだと云えない。 云ったら駄目だ。云ったらきっと何もかも決まって仕舞う。 だから云えない。 明楽は直哉が好きだと自覚してはいけない。 こんなに寂しくて直哉に触れたくて、堪らない程欲しくても、その時の明楽には云えなかった。 明楽には云うことが出来なかった。 09:云えない言葉 |
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