今・・・何と云った? 直哉が・・・あの鼻持ちならない従兄が『運営』だとか云わなかったか? 明楽は暫く固まった後、その言葉の意味を反芻した。そして意味を理解すると明楽は大急ぎで鞄を抱えて直哉から背を向ける。 「・・・帰る・・・!」 ばっと立ち上がり直ぐ様出口へ向かおうとする明楽の肩をがしっと直哉が掴んだ。 「まあ折角来たんだし、お互い積もる話もあるだろう。まあ毎日オンラインで話しているがな」 「いやー!やめて!云わないで!」 「ちなみに今日俺とお前が会うことは義父さんも義母さんも了承済だから」 「ぎゃー!いらん根回ししやがって!また父さんと母さん抱き込みやがったな!」 「お前が引き籠っているから心配しているんだろうが!」 「兄貴面すな!」 ぎゃー!ヤメテー!と叫ぶ明楽に直哉が云った。 これぞ神の一手、鶴の一声。 「来たら、議事堂のレアアイテムやるぞ、アマテラスも付けてやる」 「え!」 そして結局直哉についていっちゃう明楽だった。 直哉からすればそもそもネット上を調べたらこの運営のメールがおかしいと気付きそうなものなのだがあっさり『参加』の返信を寄越した従弟に対して些か不安を覚えた。引き籠りで友達のいない明楽とはカインの名で近付いてから毎日のようにチャットで会話しているが明楽は良く云えば純粋で無邪気、悪く云えば残念な頭の持ち主である。 それに根気強く付き合った直哉の努力を誉めて欲しいくらいだ。十四の時に岬家に引き取られてファーストインパクトを直哉なりに頑張ったつもりだがどうやら失敗したらしく酷く明楽に嫌われて仕舞った。嫌われた溝を埋めることが出来ずに、けれども来年の夏に備えて直哉にはやらなければいけないことがある。全てはこの不出来な弟の為であったがそんなことは毛ほども明楽には伝わらないのだろう。だからこそ直哉は明楽にカインとして近付いた。毎夜毎夜朝晩TDSに居座るネトゲ廃人の従弟の為に。最大限の努力をしてこの友達一つまともに作れない明楽の懐に入って信頼を得たのだ。現実との関係は反比例して。 オンラインと現実とは得てして反比例するものである。 直哉は明楽に適当に個室で頼んでいた食事を食べさせてから車で青山の自宅へ帰る。 道中文句を云いながらも明楽は直哉のチョイスした食事を食べた。 勿論直哉が厳選して店を選んだのだ。事前にコースを手配していたし、仕事の関係で打ち合わせに使うことも多かったから直哉は店に顔が効いた。引き籠りの弟と会うと云えば店側が配慮してくれたのだ。 デザートにショートケーキを頼めば明楽はきっちりそれを食べた。 ちなみに直哉は明楽がショートケーキを好きなのだと思っているが別に明楽はショートケーキが好きなわけでは無い。ただ直哉に昔苺を食べられて悔しかっただけだ。けれども直哉はそれがわからない。わからないなりに考えた結果明楽の好きなものイコール、ショートケーキになる。双方兄弟の溝は深かった。 一通りデザートまで食べ終わってから直哉は明楽を車に乗せて自宅へ向かった。 なんだかんだ楽しんでいるくせに素直じゃない明楽は不満そうだったがレアアイテムに釣られるこの従弟は直哉からすればちょろい。 勿論明楽は青山の直哉の自宅など来たことが無いので珍しいだろう。その上春から法事に出たあの一回以外明楽はコンビニにすら行かない引き籠りなのだ。季節は既に夏だというのに、一歩も明楽は家から出ていない。極端な偏食のおかげで太らなかったのがせめてもの救いであるが、この打たれ弱さはなんとかしなければいけない。直哉としてもこの従弟の根性を叩き直すのが急務と云えた。 故に今回の運営オフ会に踏み切ったのだ。 そして明楽はまんまと直哉の罠にかかった。 此処で逃がす手は無い。 直哉は明楽を確保して見事自宅に誘導した。 明楽からすれば初めてのオタク訪問である。 中学時代は少ないながらも明楽にも友人が居たが皆進路の都合で別れて仕舞った。時折メールのやり取りをするくらいで高校に上がってからは本当に友達がゼロだ。唯一明楽を心配するのは家族と幼馴染の柚子くらいで、他は誰も明楽に構わない。 だから明楽はちょっと嬉しかったのだ。 これが腹の立つ直哉の家でなければもっと楽しいのだが、それでも運営と云われてそれが嘘ではないとわかると明楽はちょっと直哉の 環境に興味があった。プログラマーとして独立したとは聞いていたがTDSのメインを直哉が組んだなんて初耳である。 そもそも考案したのも直哉で他にサーバーがあって其処で人を雇って運営しているらしかったけれどメインは従兄である直哉がやっているらしかった。TDSと云えばスポンサーがいくつもついているゲームだ。海外でも評価が高い。もし本当に直哉が開発したのだとしたらこの従兄は本当に凄いのだと明楽は内心感心した。その従兄の作ったMMO(Massive Multi-player Online)でネトゲ廃人になった従弟だけれども。 そんなネトゲ廃人な明楽は勿論直哉の部屋に入るのも初めてでちょっと緊張した。 「お邪魔しまーす・・・」 「従兄の家で畏まらなくていい」 云うや否や直哉はさっさと家に上がって仕舞うので明楽は慌てて後を追った。 「すっげー・・・」 部屋に入れば広い筈なのにそれを圧倒する機器の山だ。フローリングの上には雑多にいろんな書類やら本が置かれていて足の踏み場に困る。一応整理はされているようだったけれども勝手に弄るのは気が引ける感じだ。 雑多な其処に数台のパソコンが動いていてモニタの数はそれ以上だった。 改めて明楽は感心する。直哉は本当に此処で仕事をしているのだ。 「管理画面を見るか?」 「え?いいの?」 運営の管理画面と聴けば飛びつくしかない。 明楽にはわからないがその単調なプログラムの羅列が管理画面らしい。 もっと派手な何かを期待していたがこれは運営の画面であってゲームでは無いのだ。けれどもトーキョーデビルサバイヴの中心が此処にあるのだと明楽はちょっと感動した。 直哉=カインとはまだ認めたくないけれど。 「凄い、これを動かしてゲームになるのか・・・」 「覚えれば難しいことじゃない。乱数調整をしてプログラムを奔らせるだけだ」 「へぇ・・・」 「細かい箇所やグラフィックは他所に任せてあるしな、俺が組んだのは中核だ」 「・・・中核って凄いじゃん・・・」 直哉はあっさりと云うがそれって凄いことだ。 確かに直哉は凄いのだろう。まだ二十三歳でこれだけ出来て、天才なのだろう。だからこそ明楽は直哉にコンプレックスがあった。明楽がどんなに頑張ったって直哉にはなれない。どんなに努力しても明楽は直哉と同じじゃない。卑屈なようだったけれども出来すぎる従兄を持った明楽はそうなって仕舞った。だからこそ学校に通うのが急に莫迦らしくなった。小学校の時は頑張ったように思う。テストでいい点を取ってそしたら直哉みたいになれるだろうかと思って明楽も頑張った。でも駄目だった。不得意なものはどうしたって不得意だし、今にして思うと直哉と明楽は七つも歳が違うのだから比べる方がどうかしているのもわかる。でも明楽は直哉みたいになりたかった。いくら努力しても直哉になれないと気付いたのは中学の時だ。十四で直哉は岬の家に来た。だから中学は直哉と同じ中学に明楽も通った。其処でいつも云われた。直哉のことを明楽は云われた。良くできた従兄は先生の覚えも良かった。 あの顔であれだけ頭が良くて今も有名な従兄だ。当然だった。 明楽はそれが嫌だった。何処ででも明楽は直哉と比べられた。だから高校は直哉と同じ学校にしなかった。 頑張って勉強してそれなりの高校に入ったけれど、入ってみてそれから急に空しくなった。だから学校に行くのを止めてゲームに没頭した。 明楽の沈黙を察したのか直哉は煙草の箱を手に取って其処から一本取り出して火を点ける。それから煙を何度か吸い込んで傍らに置いてあった眼鏡をかけて直哉は口を開いた。 「俺はまだ仕事があるからお前先に風呂に入って来い」 「え?俺帰るよ・・・」 聞いてない。まさか泊まるのかと明楽が直哉を見れば当然だと直哉に鼻を鳴らされた。 「義父さんと義母さんには泊まると話は通してある、もう遅いしな、明日家に送る」 「聞いてない!グルだったな!」 「いいから行け、パジャマは無いが別にいいだろ」 しっしと手を振られて明楽は怒髪天だ。 「やっぱ帰る・・・!」 嫌な予感がする。 予感がするから帰れば良かったのだ。そもそもこのオフ会も何もかも皆直哉が仕組んだことでは無いか。 両親にも話を通してあるあたり嫌な予感がする。 でも直哉はさらっと云った。 「レアアイテム、アマテラス付き」 「うう・・・!卑怯者!」 「お前こそ釣られるな、現金な奴め」 来て仕舞ったものは仕方ない。もう十時だ。帰るにも遅すぎる。 明楽はううう、と呻きながらお風呂に向かった。 こうなったらさっさと寝てやると決意した。 けれども直哉に釘を刺される。 「後で話がある」 嫌な予感は的中するものだ。 この時何故逃げなかったのか明楽は後々後悔するのだが、餌に釣られた明楽は気付かない。 嫌な予感がするわりに鈍感な明楽は生来のんびりした性格だ。競うことに向かないのである。 その上友達がやっぱりいない明楽はちょっと他人の家に入ることにどきどきしていた。 この後何が起こるのかも気付かずにお風呂で鼻歌なんて歌ったりしたのだ。 03:時既に遅し |
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