次の日、俺は泣きながらカインに事の顛末を話していた。
昨日直哉に出会ってから散々だ。あいつは疫病神だ。
親戚は皆、直哉の味方で青山だかなんだかで直哉が買ってきたケーキで親戚のおばちゃん達のハートは鷲掴みだ。
挙句直哉は明楽に自分の分も食べるようにと特別大きいのを寄越した。苺が沢山乗っているそれは腹が立つから目いっぱい食べてやった。それを見て単純な父や母は「直哉と仲良くなった」と喜んでいたが冗談じゃない。
振り返れば直哉は勝ち誇った顔で明楽を見下ろしカインのアバターを見せるのだ。

これは罠だ。
罠に違いない。
明楽は憤りのままにチャット画面に向かってキーを叩いた。
『酷いんですよ、カインのアバターまで勝手に使って・・・!運営に訴えてやる・・・!』
プルルと明楽の電話が鳴る。
着信音は勿論TDSの戦闘曲だ。
電話が鳴るなんて珍しいと明楽が画面を見れば発信源は昨日無理矢理番号を交換させられた従兄の携帯からである。
明楽は『切』ボタンを迷いなくプッシュして、更にチャットに愚痴を綴った。
「うっ、うっ・・・ねーよ、ほんっとねーよ」
『とりあえず電話に出ろ』
只管愚痴を綴る明楽にチャット越しのカインが電話に出ろと云うので明楽は再び鳴る携帯電話を取った。
カインの云う事は素直に聴くのである。
取った瞬間、間髪入れずに従兄の声がして明楽は盛大に顔を顰めた。
「云いたいことがあるなら直接俺に云え」
「お前と話すと耳が腐る!」
「抱かれてもいいとか云った癖に・・・」
「ぎゃー!あれはオンゲの話であって断じてリアルでは無い!そもそも俺はお前をカインとは認めていない!」
「画面見せただろ」
「お前がカインなんてあるわけねぇだろ!なんかの間違いだ!手違いだ!」
「間違いも何も俺だ。お前が毎日熱心に話してた相手は」
「うるさいっ!」
うるさいうるさいうるさい!と詰って明楽は電話を切った。
今のは間違いだ。悪魔の悪戯に違いない。
でなきゃ何かの妨害電波だ。
明楽はカインとのチャットを早々に切り上げてそれから一人で黙々とTDSをプレーした。
それから数日。明楽はまた直哉から電話がかかってくるんじゃないかとびくびくしていたが、そもそも友達のいない明楽に電話はかかって来ないしメールと云えばダイレクトメールか迷惑メールばかりだ。
と、思っていたら昼過ぎに起きた明楽にメールの着信を告げる音楽が鳴った。
寝起きのぼんやりする頭で明楽は携帯を操作してメールを開くとどうやらパソコンの方に届いたメールの転送らしい。
携帯のアドレスに転送するように設定しているのだ。

「運営から?」

宛先はTDS運営委員会だ。
「ええと・・・リアルで・・・」


TDS運営委員会からのお知らせ。

平素はトーキョーデビルサバイヴをお引き立て頂き誠に有難う御座います。
この度ヴァージョン3.5をリリースするにあたって運営委員会主催のイベントを開催致します。

”リアルでTDSを体験しよう!ver.3.5リリースカウントダウン祝賀会”



「つまりオフ会・・・」
今回のヴァージョンからTDSは携帯にアバターを持ち歩けるようになる。
将来的にはパソコンや携帯だけでなく今流行の携帯ゲーム機COMPにも対応するという話だからそのテストもあるのだろう。
携帯で持ち歩いたアバターはゲームには直接関係ないが実際にゲームでイベントのある場所まで行くと特典を貰えたり仲間と携帯限定のアイテムの交換が出来たりするようになるらしい。実際の地名を使っているTDSならではの楽しみ方だ。このシステムには明楽も興味があった。これで自分も引き籠りが少しは解消できるんじゃないかとか、これを機に友達ができるんじゃないかとかそういった期待も少しある。
添付された地図の場所をチェックしたが行けない距離では無い。幸いにも電車で行ける場所で参加費は三千円。高い値段では無いしTDSのオフ会なのだ。明楽はギルドには所属していない所謂一匹狼だ。ギルドに所属した方が何かと有利だが初期からTDSに居る明楽はゲームに必要なスキルを既に持っていたし一度試しに入ってみたのだが、なんとなく既に派閥のようなグループが出来ていて馴染めなかった。だから明楽はカインに出遭うまで基本的に一人でプレーしていたのだ。今はカイン=直哉疑惑があるし、明楽としてもやっぱり友達が欲しかった。かといって自分からその輪に飛び込むのは気が引ける。孤高の戦士としてのアベルを明楽は操作していて、カインとアベルの戦績を纏めたサイトもあるくらいだ。だからこそ明楽にもプライドがあったし、結局踏み込む勇気が無い。
でもこれなら・・・リアルで会ってから自然にオンラインでもパーティーを組んだりできるのではないか。オンラインからの知り合いでなくリアルで知り合った相手だからオンラインでもパーティーを組む。実に自然で言い訳の必要ない無理のない出会いだ。素晴らしいじゃないか。明楽だってやっぱり友達が欲しい。だって明楽の携帯の電話帳にあるのは両親のアドレスと直哉の携帯番号と、カインのメールアドレスしか登録されていないのだ。
明楽は改めて文面を読み直してから、参加の返信を運営に送った。
そして来るオフ会に備えて普段は見もしないファッションサイトなどを巡ったのだ。

そしてオフ会当日。
明楽はやや緊張した面持ちで現地に向かった。
母に出掛けると云えば特に何も云われることもなく、お小遣いまで呉れたので明楽はほっとしたものだ。
いつもよりもちょっとお洒落して、流石にジャージで行くのは気が引けたから、量販店で母が買ってきた服の中でまともそうな奴を選んでTシャツだけはちょっと気合をいれて、それから髪をセットして明楽は外に出た。
思えば電車に乗るのも春ぶりなのだから偉大な一歩である。
オフ会の場所は個室のあるダイニングバーで明楽には馴染みの無い場所だ。
緊張しながらも店の前に立つとTDSの見慣れたロゴが見えて明楽はほっとした。
ほっとしたけれど、明楽は其処に居る相手に盛大に眉を潜めた。
直哉だ。
遠目にもわかる美形。イケメンも裸足で逃げ出す美形。これが同じ血筋だなんて思えないくらい浮いた岬家のサラブレッド。
岬 直哉。嫌味なくらい顔の整った悪魔。
したり顔で明楽の前に立つ男を無視して明楽は携帯を弄った。
どうしても明楽は目の前の従兄がカインと認められないのだ。だからメールをした。勿論カインに。
明楽に他に友達はいない。

『件名:アベルです
本文:ひょっとしてID乗っ取られていませんか?』

送信を押すと直ぐ様直哉の携帯が鳴った。

『件名:RE:アベルです
本文:乗っ取られていない』

再び明楽の携帯が鳴る。

『件名:RE:RE:アベルです
本文:でもそれウチの従兄の携帯ですよ』

『件名:RE:RE:RE:アベルです
本文:お前の従兄だ』

「酷い!」
無言の携帯メールでの応酬に思わず明楽が声を上げた。
「酷いとは何事だ、いい加減メールじゃなくて普通に話せ、だから引き籠りなんだ」
「話せるか莫迦!カインが直哉だなんて悪夢だ!何かの間違いに決まってる!あと引き籠りだけど引き籠り云うな!」
「いい加減認めろ、俺がお前とパーティを組んでいたカインだ」
「それにしたってなんで直哉が居るんだよ!」
「だからカインだと云っている」
「よしんばお前がカインだとしても何で俺と直哉しかいないんだよ!」
そう、そうなのだ。
もう既に集合時間はとっくに過ぎている。
指定された場所は此処で間違い無い筈なのだ。
なのに直哉と明楽しかいない。これはいくらなんでもおかしいんじゃないかと明楽は思う。
普通こういうのって沢山人が集まる筈だ。まして有名オンラインゲームの運営主催のオフ会なのに二人というのはどう考えても不自然だ。今此処に居るのは腹の立つ従兄と明楽だけ。どう考えてもおかしい。何か変だ。
直哉と距離を取りながら明楽が集合場所が変わったのかとメールを確認するがその様子も無い。
思わずTDS掲示板もチェックしたがいつもと変わりなく何処のサイトも通常運行で、明楽はそれに今更ながらに違和感を覚えた。
そんな明楽に直哉は勝ち誇ったように云った。

「それは決まってる。運営からのメールが来たろ?」
「来たよ、だから此処に居る」
運営からのメールだ。間違いない。アドレスは正式なものだったし、嘘を言っているようにも見えなかった。
じゃあどうして?と混乱する明楽に直哉は云った。
世間で天才と謳われるすこぶる外面の良い従兄が云い放った。


「あの運営、俺だからな」


02:二人きりの
(仕組まれた)
オフ会
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