「生き残れるか、」
正直に自信が無かった。
これは直哉にとって賭けだ。
いつものようにアベルの魂を試すような自由意思に任せるようなことは出来ない。
何故なら終(つい)はそれに耐えれるほど健常な状態では無い。
けれども終を失えば次にアベルの魂を持つ者が現れ、尚且つ神に討って出れる
機会は遠い、それに次のアベルが終ほどに完成されたアベルの器であるのかも
わからない。その可能性は極めて低かった。
だからこそ直哉は終を生かさなければならなかった。
山手線内は既に封鎖された。
人々の混乱と怒りは直にピークに到達する。
残るのは暴動と破壊だけだ。
しかしそれが何だと云うのだ?
自分がこの幾千、幾万の時間を生きてきて、これより酷いものなど
幾らでも在った。人間の本能など所詮利己的なものである。
それこそが人間であるのだ。
醜くて脆い、だがしかしその野蛮さこそが神さえも打ち滅ぼせるのだと
直哉は信じている。
既に数日前とはうって変わって嘘のように破壊された死都とも云えるその場所を、
封鎖され悪魔が噴き出し跋扈するかつての人の町を直哉は悠然と歩いた。
まるで支配者のようにゆっくりと口に笑みさえ浮かべて。

モバイルPCを起動させれば終の現在地とバイタルサインが表示される。
表示は酷く機械的なものであったが現在の終を識るには十分だった。
終はアベルの死の記憶さえ持たなければ完璧な器だ。
これ以上無いほど理想的な器であった。けれどもそう上手くはいってくれないらしい。
終の致命的な欠陥は死にたがるところだ。
それを差し引いてもこの環境では並みの人間はそう持つまい、
その為のCOMPだ。
終達に渡したCOMPは特別製のものである。
生き残れる可能性はこれしかない。
悪魔と契約を交わし、使役し、生きるために戦わせる、
ラプラスメールを配信させて指標を測ってもらうしか無い。
それこそが生き残る道なのだ。
篤郎と柚子は直哉の計画通り終と行動を共にしている。
この二人のどちらかが欠ければ終は死ぬだろう。
誰かが目を離せば間違いなく終は念願の自殺を果たす。
だからこそ今は篤郎と柚子に踏ん張って貰わなければいけなかった。
直哉がさせるのでは無い、終自身が選びとってベルの王にならなければならない。
今まであらゆる方法で周期が来る毎にアベルの魂を持つ者をベルに挑戦させたが
いずれも失敗に終わった。その中で直哉が学んだのは「自発的」に行動させることだった。
念の為に、随分前に篤郎に終の為の鎮静剤を渡してある。
終の精神の混乱が進めば必要になるだろう。
それでも駄目なら直哉が様子を見に行くしかない。
終が発狂して死ぬのが先か、それともベルの王になるのが先か、
最早時間との戦いだった。

「へえ、珍しい」
ふ、と背後に現れた男を睨む。
否、男というには語弊があった。
これは悪魔だ。
「君にしては気合が入っていると思ったら、面白そうだね」
「ロキか、相変わらず胡散臭い格好でうろつくな」
常に人間の本性を、若しくは欲望を弄ぶのが好きな悪魔だ。
かつてヤドリギで兄殺しを唆した油断ならない魔王とも云える。
「それで、今度の君の弟はどうなんだろうね」
「貴様に何の関係がある?」
いやいや、面白いからさ、とロキは哂う。
「君の『本当の』弟クンには遭ったことが無いんだけれど、ああ、そうか
君の入れ込みようからして『本当に』そっくりなんだろうね」
「・・・」
「どんな子だろう?救世主になるかな?それとも世界を戻すつまらない子かな、」
「黙れ」
直哉の苛立ちを察したのかロキは、噫、と哂った。
「そうか、潰れて仕舞うタイプの子だね」
「黙れと云っている」
「来島終(つい)、終わりか、それこそねぇ、カイン?」
カイン、と態と含ませたような物言いをし、
ロキは哂う、嘲りさえ含ませて直哉に哂ってみせた。
「世界を終わらせる子かもしれないね」
「失せろ、その名で呼ぶな、今は直哉だ。」
ロキは肩を竦め、それからさも可笑しそうに哂った。
紫色のスーツが酷く人間染みていて、勘にさわる。
「直哉クン、君が思っているより君の弟は色々『知っている』と思うけどね」
それが何かを問う前にロキは空間にかき消えた。
後にはただ静寂だ。
眼の前にあるのは無数の死体と、その上に立つ直哉だけだ。
沈黙の後、ぽつりと直哉は呟いた。
「・・・知る?」
あの終が?
莫迦な、有り得ない。
「何を知ると云うんだ」
何も、情報は漏らしていない。
終の前では一度も、
賢いからこそ、終だからこそ、直哉は油断しなかった。
それに彼は己の、直面した死への病で手一杯だった筈だ。
その彼が何を知るというのか。
「馬鹿馬鹿しい」
終のバイタルサインを確認する。
メンタル面の低下は否めないが、
まだ許容範囲だった。
ただ無機質にモニタは終の心音を示して見せた。


06:君が死ぬか
世界が死ぬか

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