それから暫く経って
直哉との二度目の夏が来た。
ずっと青山の仕事場と何処か別件の仕事があるらしくて
それにかかりきりで家の方にも週一回顔を出せばいい方で、
まあその頃にはお互いに貪り合うというほどがっついても無かったし
( それでも直哉とのセックスは激しかった、しつこいねん )
それなりに落ち着いた関係になっていた。
この関係に答えを出すことはできなかったけれど。
何度交わってもそれが何なのか直刀にはわからなかった。
好きな子が居るという感覚は一応わかっているつもりだ。
俺だって初恋や片思いくらいある。( 実らなかったけど )
でも直哉に対してそんな感情は抱いたことは無い。
兄弟として家族としてなら思うところはある。
気難しくて頭が良くて、いつも周りと距離を置く兄、
でもその世界に直刀の居場所だけは開けておいてくれるらしい
ということはこの一年で理解した。
けれどもそれが何なのかはわからない。
それが何のためのスペースなのか未だ直刀にはわからなかった。
直哉が好きなのかと云われれば好きなのだと思う。
でもそれが何の好きなのかさえ直刀にはわからなかったのだ。

そうして崩壊の夏が来た。
わけのわからない直哉の行動に
憤りを覚えたし怒りを覚えなかったといえば嘘になる。
混乱して憔悴していく幼馴染を護るという目標の為だけに
そこに立っているのがやっとで、
篤郎がいなかったらきっと挫けていただろう、
一歩も前になんて進めなかった。
それぐらい重い一歩だった。
このまま食糧が無くなって、こんなコンクリートの上で、
悪魔が跋扈する世界で、
生きていくなんてどうしたって無理だ。
COMPだっていつまで持つかわらかない。
壊れるかもしれない。
けれども直哉はメールを送り続けてきた。
見つけてほしいと云うかのように、
理不尽なメールを、
末尾はいつだって逢えるのを待っている、というような
言葉で括られた。
ベルの王の話は理解したつもりだ。
もう巻き込まれていて引き返せないのも分かった。
無数にある選択肢のどれを取ってもよかったのだと思う。
篤郎の云う通り、直哉に頼んで望む世界にして貰っても良かった。
きっとその方が世界はいい方向に進んだのだとも思う。
でも選択を迫られた最後の夜、
直哉の眼を見て思った。
直哉は駄目だ。
このままでは直哉が駄目になる。
駄目になるのは自分じゃなくて屹度直哉だ。
直哉のしようとすることが正しいとか正しくないとか
正直わからない。
どちらでもいいと思う。少なくともどの選択肢を取っても
世界は革新するし、人類にとって大きな変革には成った筈だ。
でも自分がベルの王になったら、その力を得たら
少なくとも、こうして沢山のひとが辛い思いをして
死んだり、誰かを見捨てたり、誰かを殺したりそれは
それだけは間違っているのだとわかっていた。
それは避けられるのかもしれない。そんな理不尽だけは
避けられるのかもしれない。
直哉の云っていることも一理ある。
でもそれだけでは無い、直哉の執念とも云える神への
憎しみが見えた。
それを確信した。
俺はそれが凄く悲しかった。
山手線の中に居るひと皆が助かればいいと思う。
柚子の望むように元の日常に戻って、世界を元に戻すのもいいと思う。
でも直哉の手を取らなければ直哉は永遠に遠くに行って仕舞う、
もう二度と直刀の手には戻らないのだと理解して仕舞った。
直哉は直刀を手放さないと云いながら、傍に居るといいながらも
屹度行って仕舞う。
そして真意を話さないくせ、それでいて
直哉は直刀が自分の手を取ればいいのだと思っている。

「お前は卑怯だ」
直哉はフン、と鼻を鳴らした。
莫迦にするような哂い方だ。
「恨んでもいい、罵ってもいい、軽蔑してもいい、俺を殺すのも
選択肢に入れておけ」
直哉は続ける。
「それでも俺はお前の力が必要だ」
その一瞬だけ縋るような眼をした。
あの初めて抱かれた時に向けられたようなそんな縋るような切ない眼、
その眼を見れば急に哀しくなってさっきまで見つけたら殴ってやろうとか、
世間様にこんなに迷惑かけてとか説教してやろうとか
思ってたのに、
思ってたのに、
口ではそれと反対のことを云っていた。
直哉がどう思っているのかはわからない、
未だにわからなかった。
ただ兄である男とセックスをして酷く気持ちいい流されるだけの
関係だった。
でもそれでも屹度自分は直哉が好きなのだ。
多分誰を捨てても、みんなを助けたいと思うのは
本当なのに皆を取れば直哉は消えて仕舞う。
「世の中って全部ってわけにはいかへんのやな」
唇が慄える。
選ぶのが怖い。


でもその手を失うのはもっと怖かった。


貴方の手のひら
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