だから精一杯の虚勢を張って、
お前が少しでも俺を見て安心できるように、
いつもの茶化した調子のいい弟の振りをする。
真っ直ぐにこの莫迦な兄を見つめて俺は云った。

「俺と漫才でコンビ組んでくれるなら魔王になったってもええで!」

口から出たでまかせはお前に通じているだろうか?
こんな云い方で誤魔化した風に直哉の手を取って仕舞った
俺は赦されないのだろう。
これで魔王となる道に成って仕舞った。
もう二度と元の世界は望めない。
神様を敵に回して、悪魔という異形のものを使って自分は
直哉と同じく赦されない存在に成って仕舞ったのだろう。
神様にも人間にも赦されない存在に成って仕舞ったのだろう。
でもそれでもいいと思う。
漸く直哉と同じ場所に立った気がする。
直哉の抱えていた深い真意が見えた気がする。
いつだって幼いころからわからないと、
眼を背けてきた兄の心が見えた気がする。
だから俺はいい、赦されなくてもいいんだ。
神様が何でか知らないけれど直哉を赦さないって云うなら、
俺が直哉を赦す。
それでいい。
他の誰もが直哉を赦さなくても俺だけはこの直哉を赦して生きていく。
直哉の縋るような赤い眼を見て腹を括って仕舞った。
直哉は一瞬呆けたような顔をして
そして、それから、「その程度で成ってくれるなら何でもしよう」と
云ってのけた。
コンビ名は霧原兄弟、霧原直哉の滑らない話なんてどうやろう?
冗談にもならない言葉で俺の普通じゃない人生は始まった。
出遭った人達の多くは離れ、少しの人が残った。
篤郎も迷いながらも着いてきてくれた。
直哉の世界にはまだ俺の居場所しかないけれど
いつかこのどうしようも無い兄貴の心の中に、
この少なくとも着いて来てくれた友人たちの居場所も出来ればいいな、と
切に願う。

そして不意に前を歩く直哉に引き寄せられて
済まなかったと直哉の口から
言葉が出た。
直哉が謝ったのは二度だ。
初めてセックスをした時と世界を敵に回した日。
全然違うのに直哉にとってこれは同じ次元なのだ、
それが可笑しくてつい笑って仕舞った。
笑えない、どっちも全然笑えない。
最初のは俺の世界の常識が崩壊して、
そして二度目のは世界そのものが崩壊して仕舞ったのだから。
なのになんだか涙が出るほどおかしくて、
哀しくて、おかしくて、嬉しくて、全部の感情が
入り混じったように一気に溢れて来て、
直哉が困ったように俺を抱き締める。
大丈夫だ、と。
初めてセックスをした時に云ったみたいに、
俺が居ると、お前の傍にずっと居ると囁いた。
自然に求められた口付けに
そう云えば直哉の眼を見て口付けたのは
初めてだな、と思った。
いつも恥ずかしくて逸らして仕舞う、
だからこれが最初だった。
直哉の赤い眼は困ったように、何処か優しげな
本当の兄貴みたいな、ずっとこうしてやりたかったんだと云うような
想いに満ちていた。
どうして今まで直哉の眼を見なかったんだろう、
どうして今の今まで直哉の世界にある自分の居場所の名前に気付かなかったんだろう、

俺は気付いて仕舞った。
その居場所の答えに、
ふと、確信にも似た感覚に俺は答えを口にした。

「なあ、直哉ってもしかして俺のこと好きなん?」

直哉は一瞬、ほんの一瞬だけ面喰った顔をして、
そして不貞腐れたような、中坊のガキみたいな、そんな
照れくさいような顔を横に背けて、今更なことを、なんて
呟いて、

そして俺が一番欲しかった言葉で、
態度で、
多分一番透き通った感情の名を口にした。



「俺は最初からお前を     」



多分この言葉だけで俺は屹度この暗闇を歩いていける。
どんなになっても、どれほど辛くても、
生きていける光になるのだと、
その時悟った。
時間のかかった話だと思う、
だって此処はまだスタートラインだ。
俺は今やっとこのスタートラインに立って、
直哉と生きていく。
直哉と歩いていくんだ。


「直哉、俺もお前のこと多分最初から    」


言葉は風に融けてゆっくりと消えて行った。




スタートライン




読了有難う御座いました。
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