「捜したぞ」
こんなところまで来て、と直哉はどこかほっとしたような、
けれども辛そうな顔をして直刀の肩を捕えた。
「離せや」
辺りは陽も沈み始めた頃で
人の往来はまだ多い。
そんな場所で直哉と帰る帰らないの問答をしていれば
厭でも目立つ。
けれどもそんなこと気にしてられなかった。
「直刀、」
呆れたように云う直哉に腹が立って、
それから直刀は叫んだ。
「離せや、俺もう死ぬねん、」
「直刀!」
「痛いってゆうてるやろ!俺、でも死ぬの勿体無いと思たから
死んだ気になってお笑い芸人になんねん!」

奇しくも捕まった場所は『なんばグランド花月』前であった。
「これも芸のこやしや、普通じゃない人生に直哉の所為でなって
しもてんから俺!普通じゃない人生歩むことにしてん!」
芸人になるからほっといて!
と叫ぶ直刀に幾許か安堵の息を洩らしたのは直哉だ。
まさかあの直刀が自殺でもするんじゃないかと肝を冷やしたが
その心配は杞憂に終わったようだ。
逞しい弟で良かったと心の底から安堵した。
「離せや!」と再び直刀が身を捩った。
「何故だ、嫌なら忘れてもいい、俺との生活が厭なら
改善しよう」
可能な限りの譲歩だ、
嫌悪するならそれもいい、それでも一年後に来る崩壊に
打つ手はある。
けれどもこのまま直刀を手放してはそれさえも不可能になる。
それにこの弟を手放せるかどうかもう直哉には自制できる
自信も無かった。
今回の件にしても自制できずにこうなったのだ。
面倒でも自分の責任には変わり無かった。
しかし直刀は直哉のその言葉に一層身体を捩ってついに直哉の手から逃げ遂せた。
「待て、直刀!」
追いかけて来んといて!
直刀はあっという間に雑踏に紛れて仕舞う。
直哉は舌打ちをして弟を追いかけた。

道頓堀、ひっかけ橋を抜けてそのまま心斎橋へ、
直刀は思ったよりもずっと速い速度で走るので、
直哉は雑踏で見失った。
舌打ちをして携帯を引っ張り出す。
直哉にとっては知らない土地だ。
直刀にとっては慣れた土地だが土地勘の無い直哉は圧倒的に不利だ。
徒労とも云える追いかけっこにとりあえずあの無鉄砲な弟を
捕まえないことにはどうにもならない。
弟の行きそうな場所をマップで捜して
それから目星を付けた場所へと足早に向かった。
「やっと、見つけたぞ、」
はあ、と直哉が溜息を吐く。
否、実際に走ったのだから疲れたのだろう。
あの直哉が走ったところなど直刀は初めて見た。
「今度こそ逃がさんぞ」
追いかけっこは終わりだと捕まえた弟は
アメ村の三角公園に座って甲賀流のたこ焼きを泣きながら食べていた。
「改善すると云った筈だ、何故逃げる?」
直刀も直刀で観念したのか
肩を握り逃がさないと云うように直哉に強く腕を掴まれて、
顔を見られたくないのかついに直哉の胸に顔を埋めた。
「どうした?」
少し優しい口調で云えば
直刀はぐずりながらも
少しづつ、言葉を返した。
「だって・・・」
「だって、何だ?」
俺が悪かったと云っているだろう?と優しく諭すように
云えば直刀は一層泣きだして、
それから嗚咽交じりにぽつりと爆弾を落とした。

「だって俺、凄い気持ち良かってんもん・・・」

直哉の頭の上で鐘が鳴った。


ベルが鳴る
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