随分離れていた生家に戻ると懐かしさやなんかが
一杯に溢れて来る。
そのままの庭の木、時折は手入れをしているのか
目立った雑草は無かった。
家の中も家具なんかはそのまま置いて引っ越したので
(何せこの生家は直哉がそのまま住み続けている)
住み慣れた元のままだ。
少し違うと云えばリビングにパソコンが置かれていることぐらいで
後は何もかも皆同じだった。
先に送った荷物は直刀が使用していた部屋に運んでいてくれたらしく
部屋のドアを開ければダンボールが積まれている。
部屋ももっと汚いかと思っていたけれど、一応は掃除をしてくれた
らしい様子でベッドも新しいシーツと布団が置かれていた。
「よし」
と俺はコートを脱いで腕を捲る。
「ほな、これ片そうか」
そうして俺の東京での生活は再開したのだ。


春になって目出度く志望校に合格して
入学式を迎えた頃には懐かしい幼馴染や友達にも再会して、
大阪の話やら何やら、目まぐるしい日々に変わった。
直哉は直哉で大学を卒業するやいなやパソコン関係の仕事があるらしくて、
最近青山に仕事場としてセカンドハウスの賃貸契約をした。
今は青山と家との往復の生活で週の半分くらいは
ご飯を何かしら一応は用意してくれて、それから残りの半分は
お金を渡されて好きに過ごしている。
放任と云えばそうだが、昔からこの従兄を何処か苦手としていた自分には
付かず離れずのこの適度な距離に正直ほっとしていたのも事実だった。
流石に用があると大変なのでこの一応今現在俺の保護者に納まっている
直哉の携帯の番号とメアドは自分のと交換したがそれも
必要最低限の用事にのみ使用されて(直哉からの連絡も非常に簡潔したものだった)
あとは無駄話などは一切無い。
そんなわけでわりと自由に、のんびりと直刀は東京での新しい生活に
慣れていった。

「直刀、今帰り?」
声をかけてきたのは幼馴染の柚子だ。
小学校6年間同じクラスという少女は直刀の性格を熟知していて、
引っ越してからも時折メールのやり取りなんかをしていた仲だった。
だから東京へ帰ってきて直哉以外で真っ先に逢いに来て呉れた幼馴染でもある。
「篤郎待ってんねん」
なんか、パソコンの部室に忘れものやねんて、と云えば柚子は苦笑して、
「相変わらずだね」と笑った。
「皆の前では標準語なんだ」
「一応、俺トラウマやねん、ハート粉々になってんから」
幼稚園のことは昔柚子に話したことがある。
だから柚子もそっか、と笑って、確かにともう一度口を開いた。
「直刀って言葉使い関係無く口を開けば三枚目だもんね」
「なんやて!?」
「だって、お笑いの話ばっかりだもん!」
あはは、と笑う柚子に冗談めかしに拳を振り上げたところで
篤郎が戻ってきた。
篤郎は高校へ上がって直ぐに出来た友達だ。
うっかり普通の会話中に関西弁をぽろりと出して仕舞って、
どないしよ、と思っていたら、「俺お笑い結構好きだぜ」
なんて見当違いのことを云われて、自分もお笑いが大好きなものだから
つい盛り上がって仕舞った。
そこからなんとなく一緒に遊ぶようになって、
そしたら直哉のことを知っていたみたいで(なんでも直哉はネット上では
有名人らしい)それでまた仲が深まった。
だから最近では柚子と篤郎、この二人とつるんでいることが多い。
「今日どっか寄ってく?」
高校生らしい時間の潰し方だけれど
今日は予定があった。
「あー、今日はあかんねん、」
「何で?」
篤郎が携帯を弄りながらカラオケのクーポンを見せる。
それに頷きたいのは山々だったが今日は駄目だった。
「雨降りそうやろ、洗濯物干しっぱなしや」
「主夫してるんだ」
「いちお、当番やからな」
直哉と生活をするうえでこればかりは仕方無い、
父も母も此処にはいない、直哉も仕事が忙しくて
帰らない日もある。
帰ってきたら帰って来たで大量の洗濯物が出されている。
自分も結構溜める性質だったから男二人の洗濯物なんて
最悪である。
だけれどこればかりは自分か直哉かどちらかがやらなければ
ならないし、いつまでも甘えていられない。
だから交替で家事をする約束だった。
ご飯だけは作れないけれど。

じゃあ、また明日、と手を振ってから
直刀は駅を降りた。
雨がぽつぽつ降ってきていて
慌てて走り出す、家までは走ってもあと7分はかかるだろう、
ああ、洗濯物、無事でいますように!
とダッシュして、家に着いて鍵を開けようとしたところで
鍵が開いていることに気付いた。
「直哉、帰ってるん?」
珍しい、今日は青山の方ではなかっただろうか?
そう思いながらも玄関を見ると
見知らぬ皮靴があった。
誰かお客でも居るのだろうか?と訝しがりながら
リビングのドアを開ければ直哉と見知らぬ男が
洗濯物を畳んでいる。
「ただいまー、洗濯物ありがとう」
「嗚呼、走ったのか、メールしておいたんだが」
慌てて携帯を見ればメールが一通、
ゆっくり帰って来てもいいと、珍しくお兄ちゃんらしい一文があった。
しもた、これならカラオケ行ってればよかった、と後悔しても遅い、
適当にタオルを取って少し濡れた制服と鞄を拭く。
「それどちら様?」
見るからにホストっぽい感じの男の人で、
如何にも遊んでそうなそんな匂いがぷんぷんしている。
そんな男が直哉と何の関係があるのか些か気になるところではある。
一応警戒して標準語を装備して初めまして、兄がお世話になっておりますと
弟らしく挨拶してみた。こういった挨拶はちゃんとしておかないと
お母ちゃんに殺される。お母ちゃん厳しいねん。
「ああ、ナオヤ君のね、大学の先輩なんだ」
「古い知り合いだ」
同時に遊び人(と仮称しておく)と直哉に云われて混乱する。
「二人とも云うてること違うねんけど・・・」
思わず関西弁が洩れて仕舞う、
あかん、何か云われるかな、と思ったけれど
何事もなかったように自然なので大丈夫なんやとつい気を赦して仕舞った。
「ほな、大学の先輩で古い知り合いなん?」
何だか矛盾しているが直哉もその男も何も云わないので
そういうことなのだろう、よくわからないけれど
古い知り合いが大学の先輩だった、ということでいいのだろうか( あれ?混乱してきた )
「今日は青山の方やと思てんけど・・・」
「急用でな、こっちに戻った」
「その人お客さんか何か?」
男がにやにやと胡散臭い顔を浮かべながら「マグチでいいよ」と名乗った。
本名なのかどうなのかさえよくわからないけれどそのマグチさんは
おもむろにテーブルにあったエプロンを取る。
「今日は僕が作るよ、直刀クンに出遭えた記念に」
「はあ、ありがとお」
勝手知ったる様子でキッチンを占領した胡散臭いマグチさんに
呆気に取られるまま、直哉は何事もなかったかのように
ノートパソコンを広げていて、
なんだか自分がいない三年の間にもしかしてこの男の人が
この家に出入りしていたのかもしれないと思った。

そしてつい邪推してしまう。
慣れた様子でキッチンで夕飯を作りだすホスト(ホストですか?って訊いてみたい)
何事もなかったのように、作って当たり前みたいな様子で何も云わない直哉、
見た目だけなら絶対誤解を受けそうな二人だ。
事実直刀は誤解した。五回でも六回でももうなんでもいい。
直刀の頭の中はぐるぐるとそのことでいっぱいになる。

( どないしよ )
( うちの兄貴ホモやった! )


誤解は誤解を生んだまま、
その日のパスタはめっちゃ美味しかった。


誤解
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