間口との食事は始終会話で終わり、清夏が付き合ってる人はいないと答えたが為に今までの付き合った人のことまで根掘り葉掘り聞かれ内心慌てたものの、終わってみれば楽しいに尽きた。「会話上手な大人の男」のイメージそのままに間口は清夏をきちんと楽しませてくれた。 店を出る頃にはすっかり忘れていた入口のハーブをいくつか株分けしたものまで持たせて貰って、何時の間に頼んだのか、オーナーに育て方を訊いて、そして清夏達は帰路に着いた。 ドライブには最適の日、心地良い風に、美味しい食事、こういうのが大人になってから出来れば恰好良いと清夏は思う。 勿論、赤のマセラティに派手なスーツというのは遠慮したいけれど。 だから忘れていた。少し手前で車を降してもらおうと思っていたのに、そう間口にお願いするのを忘れていた。 ましてそれが最悪の結果になるなんて清夏は思いもしなかったのだ。 偶々其処に直哉がちょうど駐車場から出てきてまさか間口と玄関先で鉢合わせするなんて、思いもしなかった。 「お前・・・」 「直哉、あ、これうちの従兄の直哉で・・・あの間口さん?」 間口と直哉が目線を交わした後、直哉は真っ直ぐに清夏に近付いて清夏の腕を掴んで強く引いた。 それから間口が何かを云う前に問答無用で間口の顔を殴る。 「ちょ・・・何するんだよ、直哉?なおや!」 常にない従兄の態度に混乱しながらも清夏は有無を云わさない強さで玄関に引き摺られる。 間口は頬を押さえながらもにこやかに清夏に手を振った。 「あの、ちょっと、すみません、間口さん!また連絡します!」 「連絡だと?二度とするなよ清夏」 「はいはーい」と遠くに間口の聲が聴こえるが直哉に思いきり殴られたのだ、清夏でさえもそんな経験が無い。常にない直哉の様子に焦りながらも清夏は間口を心配する。当たり前だ。帰宅したら兄がいきなり殴ったのだから、抗議の聲を上げようにも直哉は強い力で清夏を二階に引き摺っていって、漸く清夏がその手を振りほどけば今度はソファに身を投げ出された。 「あいつと何をしていた?」 「何って、何も・・・ただお昼をご馳走になっただけで・・・」 「よりにもよってあの男と、何処までされた?」 「なおっ・・・!」 抗議をしようと今度こそ直哉に清夏が向き直れば、思わぬ事態が清夏を襲った。 キスだ。 直哉からのキス。 酔っぱらってる時にするようなキス。 直哉の舌がぬるんと清夏の舌に絡まって、清夏は必死で直哉を押し返そうとするのにやっぱり直哉はびくともしない。 「・・・っ、ん、」 やめろ、と云いたいのに聲が上がらない。直哉は清夏の足の間に膝を入れて来て余計に清夏の身動きが取れなくなった。 息継ぎの合間にも激しく直哉の舌が清夏の咥内を蹂躙する。 歯列を割って、隅々まで清夏の咥内をなぞって歯茎の奥を舐められたら駄目だった。 たまらない。ぞくぞくする。 どう考えたってまともな状況じゃないのに、直哉のそれに清夏は溶かされる。 やばい、気持ちいい、身体の力が抜ける。 直哉の舌を噛んでやれと思うのに、その強い力に押されるように一切の抵抗が出来ない。 「・・・んぅ、っ」 はあ、と清夏が合間に息を漏らせば直哉が赤い眼に火を点らせて清夏を視た。 いやだとか駄目だとか、そういうの、そういう言葉を云いたいのに清夏の唇は戦慄くばかりで何も口にできない。 直哉と眼が合うのに清夏は何も言えない。 それが恐怖なのか、あまりのことに思考が停止していたのかどちらなのか清夏にはわからなかった。 ただ直哉が常に無い様子で酷く怒っているのだということは清夏にもわかる。 直哉は何も云わずに再び清夏の唇を自身の口で塞いだ。 逃げる清夏の舌を直哉が絡め取り、ぞくぞくとした悪寒のようなものが清夏に奔る。 ぐずぐずと溶かされるようで、膝はがくがくして、上手く息が出来ない。 「・・・っ」 びくり、とする。 直哉の舌に責められている間に清夏の服の中に直哉の手が入ってきた。 冷たい直哉の指に触れられた清夏の肌があまりのことに上手く反応出来ない。 出来ないまま直哉は舌を清夏に絡めながら酷く手際良く清夏の服を乱して、清夏の肌を暴いた。 胸の突起を嬲られ、清夏は悲鳴を上げたいのにそれさえも直哉の口に飲み込まれて、身を捩ろうとするのに身体は少しも動かなくて、清夏が直哉の手の温度に慣れた頃にそれは来た。 「いっ・・・」 嘘だろ、と思う。 嘘だ。こんなの出来るわけが無い。 だって直哉の指が清夏の下着の中に入ってきてそれに触れたのだ。 触れられた瞬間、清夏の頭は真っ白になる。直哉の攻め手は緩むことが無く、清夏のものを掴んで擦り始める。否応なく触れられれば高まるそれに清夏は漸く我に返った。 直哉と叫ぼうとするのに、直哉の目は怒りに満ちたままただ清夏を犯す。 こんなの、おかしい、どうかしてる。 だってこれはいつもの行為じゃない。いつもの笑って流せるような事態じゃない。 「なおや・・・っ」 直哉の頬に手を当てて漸く直哉の唇を清夏が引き離した。 ぱくぱくとした口が上手く言葉を話してくれない。 清夏はそれにもどかしさを感じながらも慄える手で、震える唇で、涙を堪えながら直哉を見た。 直哉は清夏を淡々と見下ろし、それから続きをしようと動きを再開する。 「・・・っう、あ、」 強く自身を握られ、先走りが洩れて、清夏のそれは限界に近い。 嘘だろ、と思う。従兄に、兄に自分自身を触られて、あり得ないし考えたことも無い。そんなの莫迦みたいだ。 今までは流せた。酔っぱらってた。直哉は深酔いしていた。 「だめ、だっ・・・て、」 でも駄目だ。だってこの直哉は素面の筈で、酔ってなんかいない。 そうしたらもう、誤魔化せない。 酔っていないなら何故こんなことをするのかなんて、考えるのも恐ろしい。 駄目だ。 駄目に決まってる。 「厭だ・・・」 掠れるように清夏が呟いた言葉に、直哉の手が止まった。 そして直哉は我に返ったようにその眼から怒りが消えて、代わりに驚いたように直哉の目が見開かれる。 不意に直哉の身体が清夏から離れ、直哉が立ち上がり、キッチンで手を洗った。 そして清夏が何かを云う前に直哉は何も云わずに出て行って仕舞う。 残された清夏は茫然とするばかりだ。 「・・・何だよ・・・」 茫然とする清夏を置いて直哉は出て行って仕舞った。 一方茫然と出来なかったのは直哉の方だ。 内心混乱する頭を振り、常に無い焦りを潜ませて直哉は車に乗って青山の仕事場に戻って仕舞った。 「・・・・・・」 苛々しながら直哉は煙草に手を伸ばす。 目の前の灰皿には煙草の吸殻がいくつも刺さっていてもう灰を棄てる場所すらないのに直哉は煙草を吸った。 やって、仕舞った……というのが直哉の本音だ。思わず直哉は自分の頭を抱えたくなった。 やって仕舞った。正にその通りである。あの男と居たという清夏に直哉は怒りで我を失っていた。 冷静に考えればまだあいつは清夏の周りをうろつくだけで何もできない筈で、そんなこと頭ではわかっていた筈なのに、清夏を前にすると何もかも吹き飛んだ。 あの男と何処で何をしていたのか、一緒の車に乗ってどうしたのか、万一触れようものならあの男を殺してもおかしくないほどに直哉の腸は煮え繰り返っていた。 そして脱力する。清夏の拒絶の言葉を聴いた瞬間、直哉の目が醒めた。 何を、しているのか。 何をしようとしたのか、このままでは台無しだ。 折角何年もかけて作ってきたこの舞台も何もかも終わるところだった。 本音を云えば直哉は清夏が欲しい。ずっと欲しい。清夏は直哉のものである筈で唯一の失えない駒だ。 清夏が居なければ何も始まらない。大事な大事な『弟』だ。 けれども直哉は肉体的に清夏に欲情する。想像の内ならば何度清夏を犯したことかしれない。 それでも現実の清夏に直哉はそれをしなかった。 直哉が清夏を大事にするのは清夏が『魔王の器』だからだ。 それこそが直哉の目的であり唯一絶対の神への反逆者たる直哉が成せる復讐だ。 その為の清夏だ。直哉の愛が真実なのか憎悪なのかそれはこの際どうでもよい。大事なのは清夏が魔王になれるかどうか、だ。 だからこそ直哉は清夏の自由意思を尊重する。 過去何度もこの千年に一度の機会をものにしようと直哉は多くの『弟の欠片』を使ってきたが、近親者に生まれ、まして『弟』に巡り合うのは稀だ。正に千載一遇のチャンスに直哉は清夏をどう育てるのか綿密に考えた。 過去何度も挑んだことだ。バ・ベルに挑ませる為に、魔王にする為に様々な方法で『弟』を育てた。 経験則から云って最終的に『弟』の魂に自由意思が無ければ失敗するというのが現在の直哉の見解である。 直哉がどこまで介入すればいいのか微妙であったが、意のままに従順な弟にしても駄目、そうせざる負えない事態を作っても駄目、必要なのは意思なのだ。魂を賭けれるほどの強固な自由意思がなければならない。 だからこそ直哉は清夏と肉体関係を結ぶつもりは無かった。 清夏を直哉は大切にしたが強制もしない、放置もしない、適度な位置で距離で清夏を見守り続けた。 清夏がどう出るのかは正直五分の賭けであったが、それが一番良い方法の筈だった。 直哉は清夏を手にしたい、けれども成したい目的がある。その目的の為には手段を選ばない筈で、だからこそ直哉はあの場を目撃して激昂のあまり我を失った自身に驚愕していた。 ( まさか、そんな莫迦な ) 自制が効かなくなるほど、想っているなどと、その時まで知らなかった。 「清夏・・・」 怒りのあまり我を忘れるなど直哉にあってはならないことだ。 あってはならない筈なのに、或いはそれほど清夏を想っていたのかと己に愕然とする。 そしてそれが愛だと今更に気が付いた。 愛している。勿論、愛しているに決まっている。 大事な『弟』、大事な『駒』、目的のための大事な道具。 だから『愛している』それだけの筈なのに、それが愛だと直哉は知らなかった。 真実そうだと、そうなのだと、見ない振りをして過ごしていた。重すぎるそれが、 04:愛だとは 思いもしなかった。 |
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