司は必死だった。
今の生活に慣れようと、必死だった。
住所ですらわからなかったのだ。最近漸く住所が空で云えるようになった。
少しづつ慣れた。躓きながらもなんとか立った。
学校にも慣れたし司なりに努力もした。
今の司になって約二ヶ月、リハビリもして、病院も毎日通わなくて良くなって、前の司がどんなだったのかも司は知った。
絵に描いたような優等生で、本当に絵に描いたような家族が居て、絵に描いたような生活をしていた司の知らない司だ。
賢くて人当たりが良くて、なのに付き合っている人はいなくて、そして篤郎や柚子によると、前の司は司が聴く限りやっぱり兄弟の仲が酷く近かったらしい。あまり話す感じには見えなかったらしいけれど、寄り添うような兄弟だったと、皆云う。
それを聴く度に司はいつも信じられないと思うのだけれど、目下司にとって一番信じられないのはその兄のような従兄である。

「・・・なんで・・・いるの・・・?」
「おはよう」
自分が仮に女の子だったら目の前にこんな美形が居たら嬉しいだろうけれど残念ながら司は男である。
此処は一応は司の部屋であり、司のベッドの上である筈だ。
なのに何故、寝る前はいなかった直哉が目の前に居るのか、何故司を抱き締めているのか、この状況に一言申したいのは司だけでは無い筈だ。
「だから直哉、なんで居るの?仕事は?」
深夜直哉は司がお風呂に入った後に、出掛けた筈だ。仕事を片付けるとかなんとか云って。云われて司はそういえば直哉は仕事をしていたんだと思い出したくらいだ。直哉は基本的に司にべったりであったし、司が何をするにも相変わらず直哉の許可が必要だ。
両親にも直哉のいう事を聞くようにと言い含められている。まだ通院もある司としては大人しくしているしかない。
「朝方戻った、お前の朝食を用意して、学校に送る」
「だから一人でできるよ、もう起きるから退いて」
退いてと司が直哉の腕を退かそうとしたら思ったより強い力で阻まれて司はどきりとする。
「・・・何?」
「朝勃ちの手伝いでもしてやろうか、司」

これだ。
そう、司を最大限に悩ませているのはこれである。
直哉は『性的な意味』を含めて司の面倒をみたがった。
こんなこと誰にも云えないが、この男、司から見ればただの変態である。
天才だろうが、顔が良かろうが、変態は変態である。
「・・・お断りします」
やや青ざめながら司が直哉を押しのけると直哉は逆に司の腕を引っ張って羽交い絞めにした。
「っ、ナオヤ!」
迷わず下肢に伸びる直哉の腕を司は焦りを含ませて掴む。
させてなるか。
えいやっ、と司は身を捩って足を動かすがそれがいけなかった。
直哉は器用に右手だけで司の右親指と左親指を掴んで上に固定して、もがく司の脚を自分の脚で抑え込んで仕舞う。
あ、と思った時には遅かった。
「ひゃ、あ・・・」
直哉の長い指が司のパジャマを下して、更に下着にまで入ってきて、その冷たい指の温度に司は震える。
「なんだ、勃ってないのか」
残念そうに云う直哉に司は口をぱくぱくさせながらもどうにか抗議の聲をあげる。
「・・・ちょ・・・なおやっ!何して・・・離せよ・・・!」
「離せと云われて離す莫迦が何処にいる」
願わくば居て欲しい。
直哉は司の事情なんかお構いなしに司のものを握り上下に揉み始めて、流石にまずいだろと司が直哉を見れば、この従兄は一層楽しそうに口端を歪めた。
「変態!へんたい!変態!」
「固くなってきた・・・」
「あっ、当たり前だろ!」
これで勃起しなきゃ不能である。司はまだ十七だ。可愛い女の子に触られなくても、それが性悪従兄の手であっても勃起する。
いっそ勃起しなければいいのにと思うほどに司は恥ずかしい。
触れられれば固くなるのは当然なのだ。
一度司は『そういう衝動』に駆られたことがあって、直哉のいない夜中に布団の中でこっそり抜いたことがあったが、翌朝何食わぬ顔で過ごしている司に直哉はシーツだけでなくケットまで洗っていたのでもしかしてバレてると嫌な予感がして以降ご無沙汰である。
つまるところ司だってこういう直接的なのは久しぶりで、確かに今の生活に慣れるのに必死でそんなことを気にする余裕もあまり無いけれど、まさか従兄にやられるなんてあんまりである。
直哉はそんな司を満足そうに見てから先走りが出て、にゅるん、としてきた司の息子を下着から取り出して、観察している。
「な、直哉・・・?なんか嫌な予感が・・・」
「嫌?嫌か?そうでもないと思うがな」
そうでもない?さっきからぞわぞわ悪寒が奔るこれが嫌な予感と云わず何と云うのか。
次に司が言葉を紡ぐ前に、直哉はなんと司のそれに唇を這わせた。

「ぎゃーーーーーーーーー!っおまっ!何してんの!」
此処で叫んだのは当然の反応である。一般的な常識人として、一般常識の記憶はある司としては有り得ない行動にこの従兄は出た。
こいつは今司のナニを自分の口で舐めてるんだぞ!従弟のナニを!
「何ってフェラ・・・」
殴れるものなら司は直哉を殴っていた百回くらい。でも今司の手は直哉に拘束されてて身動きが取れない上に脚も抑えられていて動けない。直哉は司のものを好きにして大層機嫌が良さそうで司からすれば居た堪れない気持でいっぱいである。
「や、やめ、やめろって、直哉!洒落になんないって・・・!」
ちゅう、と直哉の唇が司のものを吸うように舐めあげる。それだけで司は駄目で、指で触られただけでも駄目なのに、ぐずぐずと身体が溶けそうなくらい腰にクる感覚に司は身悶えた。
直哉の舌は別の生き物のように司のものを舐めて追い上げていく。
「あっ、も、直哉っ・・・!」
「・・・っ」
直哉の赤い眼が出せと司に云っているけれど、それで出したら終わりだと思う。
色んな意味で。
だから司は限界まで堪えた。
これ以上ないってほど我慢した。
司の我慢が見えているのか直哉は司を煽るようにじゅるじゅると音を立てて司のものを吸いあげる。
一際強く啜られれば駄目だ。
「・・・っ!」
我慢していたものが堰きを切るように放出される。

「あ・・・」
吐き出して、仕舞った。
直哉の口に。
茫然とした表情で司が直哉を見ると直哉は満足そうに目を細め、それから、それを・・・。
ごくん、と呑んだ。

「ぎゃーーーーーーーーーーーー!な、なななななななな、な・・・!」
言葉にならない。
舐めた挙句飲むだと?
信じられない。
司が言葉を失っていると直哉はコップにあった水でさっさと口を漱いでいる。
「なんだ?ついに壊れたか?」
「こ、こわっ、壊れるかばか!」
「ならどうした?」
平然と云ってのける直哉に司は眩暈を覚えた。
変態変態だとは思っていたがまさか此処までとは思いもしなかったのだ。
「の・・・」
「の?」
訝しげに眉を顰める直哉に司は絶叫した。
「飲む奴があるかーーーーーーーーーーー!」
直哉の髪を掴みぽかぽかと司は変態を殴る。
なんかこういろいろ返して欲しい。司の純情的なものを。何せ今の司は真っ白だ。まさか童貞もこの変態従兄に奪われたのではあるまいなという嫌な予感があったがそれは怖くて口にできない。とにかく今の司にとってこれは「初めて」の行為である。
それが従兄だなんてあんまりだ。
「飲むもなにも・・・」
「何だよ!飲んだんだぞ!お前!男の、従弟のを舐めた挙句飲むって・・・!この変態!ド変態!」
「その従兄に舐められて勃起したのはお前だろうが、ならお前も変態じゃないのか?」
涼しげに云う直哉に今度こそ司は怒髪天だ。
「直哉のばかー!」
ずかずかと怒りの様相でバスルームへ向かう司の背を見ながら直哉は肩を竦めた。
まさか、飲まれるどころか飲むことにかけても『司』は百戦錬磨、だとは彼の為に云わないでおく。

怒りをなんとか沈めて、少し冷たいシャワーを浴びて、意を決して司がリビングへ向かうと意外にも先程のような雰囲気はすっかり形を潜め、直哉は手際良く司の朝食を用意していた。
鮭の塩焼きに納豆、炊き立てのご飯に香物、わかめのお味噌汁。ふかふかの卵焼きと純和風の朝食だ。
これも『違う』んだろうな、と司は机の上に乗せられた食事を見ながら思う。
多分前の司は洋食が好きで、司も最初はずっとそういう食事だった。
朝からベーコンやウインナーは少量とは云え今の司には少し重い。だから残していたら食事が和食になった。
今の司の好みである。
そういうところはこの従兄はマメだった。
「今日から弁当はいらないんだったな」
「あ、うん・・・」
納豆をかき混ぜながら司は食事を進める。直哉は珈琲だけだった。
さっきまでどういうつもりであんなことをしたのか問い詰めてやろうとか殴ってやろうとか思っていたのに拍子抜けだ。
これでは怒っている司が莫迦みたいである。
ぶちぶち文句を云いたいのを抑えて司は手早く朝食を済ませ、学校の準備をする。
どうせ何を云ったって直哉は司を学校まで送る気なのだから話すだけ無駄だ。
黙ってリビングのドアを開ければ背後から直哉の聲がかかった。

「行ってきますのキスも無しか」
「・・・っ」
近い。一瞬のことだ。
直哉の顔が酷く近い。
吐息がかかる距離で、司は場違いにも本当にこの従兄は美形だと感心したくらいだ。
けれどもそれもお断りだ。
「やだって云ってるだろ!このブラコン!変態!」
「褒め言葉だな」
ぎゃー!と叫びながら司が暴れると直哉が唐突に司から離れた。
「・・・直哉?」
「・・・矢張りてっとり早くやって仕舞う方が・・・」
「何がてっとり早くて、何をスルって・・・?」
司の質問に直哉はにこりと笑みを浮かべ、それから司に再び近付いてくる。
「ヤるって、そりゃ、決まってる」
決まってるって、何だ?何をヤるって?咄嗟に思い当たって司は更に青褪めた。
そもそも最初に病院で遭った時はこんなキャラじゃなかった筈だ、この従兄は・・・!
「やだからね、やだからね、やらないからね!そういうのは俺じゃなくて、他の人とやれよ!そもそも直哉最初はそんな感じじゃなかったじゃん!」
「路線変更したんだ、時間が無いからな」
「は?何云って・・・!」
司が首を振りながら後退すると直哉は更ににじり寄る。背中に壁が当たってもう後が無い。
どうする司?どうする俺!って本日二度目の展開に司は眩暈がした。
「司、」
直哉が云う。優しく、歌うように甘く、そんな聲で呼ぶなんてずるい。
「いっ、やだ・・・」
「駄目か?」
囁かれるように云われたら駄目だ。そういうのはもっと普通の女の人に云うべきことで、それは少なくとも従弟である司に云う台詞じゃない。司は弾かれたように顔を上げ、云った。
「そんな風に云っても駄目!駄目ったら駄目!俺もお前と同じ変態になるなんて御免だからな!直哉!」
「ただの挨拶のキスだろ」
「日本人はそんなことしません!」
「うちはグローバルな家庭なんだ」
司の腕をがっしりと掴んだ直哉はぴくりともしない。
司は唇を噛み締めて、それから最近毎朝の儀式に成りつつあるそれを、止む無く実行した。
眼をぎゅーっと閉じて、自棄になりながら直哉の頬に口付ける。
「・・・っ、これで、いいだろ!」
「口じゃない」
「普通は口にしないの!」
「犯すぞ」
さらっと云われる直哉のそれに司はがくりと項垂れながら、結局折れた。
この従兄は司が断れば間違いなくする。
断れば今朝の続きを絶対にされる。直哉のことだ。絶対にする。この短い付き合いで司はそれを実感しているだけに貞操の危機とキスを天秤にかけて司は折れた。
この変態の為に司は通院が終わったら護身術でも習おうと思っている。
司は諦めたように目を閉じ、そして目いっぱい自分の唇を口の内側に入れるようにして、直哉の口にキスをした。
「これでいいだろ!もう終わり!」
朝からこんな健康に悪いことをしかも従兄とするだなんてたまらない。
もう無し!忘れる!とそんな勢いで司は玄関のドアを開けた。
勿論後ろから刺さる変態兄貴の熱っぽい視線は無視して。
そんな司に背後から車のキーを持った直哉が聲をかける。
全くもってこれですこぶる美形なのだから司は悔しいったらなかった。
「お前、今日は学校を休め」
「・・・なんで・・・」
「俺が一日気持ち良いことをしてやる」
「行ってきます」
さらっとセクハラ発言をする直哉に目もくれず、司はエレベーターのボタンを押した。


03:大変変態です。
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