去年からあの関係は続いている。
もう17歳になった。
やっぱり17になっても自分は誰かと喧嘩をして憂さ晴らしをして、
疲れ果てた羅刹の元へタイミングを見計らったかのように
直哉が現れて、ラブホへ引き摺りこまれて
傷を抉るような酷く痛いセックスをした。
直哉の家に何度か連れこまれそうになったけれど
どんなにボロボロでも羅刹はその時ばかりは
激しく抵抗した。
多分あの部屋に、直哉の部屋に連れ戻されたら最後
今度こそ壊されると思ったからだ。
互いにもう戻れないところまで来ているのは十分わかっていたけれど、
それでもまだ底は見えない。あの部屋にはその底がある気がして、
捕まったら最後もう二度と羅刹は羅刹でいられない気がした。
直哉の為にも羅刹の為にもそれだけは避けた方がいいと、
直感が告げた。
だからその都度激しく抵抗するので
直哉はついに諦めたらしく、ラブホへのお決まりコース
不毛な朝までセックスで収まることになった。

そんなことがあってから夏休み、直哉からの突然の呼び出しメールだ。
自分だけで無く、篤郎や柚子にもあったらしい。
それなら大丈夫だろうが、どうせなら自分ナシで会って欲しい。
直哉には極力逢いたくない。
逢っても普通にはしゃべれない。どうしたってもう無理だ。
羅刹は直哉に常に憤りを覚える、二人の間にあるのはもう
暴力とセックスだ。どう考えても少しもまともじゃない。
ただでさえ彼女と別れたところだった。
(直哉との件もあって蔑ろにしすぎた羅刹にも責任がある)
くそ、全部直哉の所為だ。何が悲しくて男とヤる羽目になったのか、
彼女と別れる事態に陥って、もう完全に男としての自信は地に落ちた。
今直哉に会えばまたそれで腹が立って殴り合いになるのは必至だった。
だから呼び出しには応じないつもりだ。
しかし時間を過ぎて暫くしたところで篤郎からメールが来た。
そして直哉が来ないことを告げられる。
それで安心しちゃって、柚子も来るというので
じゃあ会おうかな、と偶には友達とブラブラするのもいい。
この酷い気分は少しはマシになるだろうと羅刹は待ち合わせの場所に
足を向けた。

そしてあの一週間が始まったのだ。

最初はわけがわかんなかった。
悪魔なんとかとか言われてもさっぱりだった。
でも実際COMPから悪魔らしきものはでてきたし、
鬱陶しい直哉からのメールは来る。
誰かが死んだり、誰かが倒れたりして、
そしてどんどんベルのなんとかに巻き込まれて、
あたりは酷い有様で、日に日に減っていく食糧、
略奪するひとされるひと、誰かの絶叫のような悲鳴、
隣に何かが落ちたと思ったら自殺したひとだった。
そんなのが当たり前になったこの場所で
道路の端に死体がほっぽりだされているような
そんな戦場のような死都で、直哉に再会した。

いつもと変わらない、
悠然と赤い眼を自信に満ちさせて、
羅刹に手を伸ばす、そして
選べ、と云う、
直哉は選べと、
自分の手を取れという。

一気に頭が冷えた。
俺は莫迦だ。
そんで莫迦な頭でやっと理解した。
何故直哉が自分にこだわったのか、
これがさせたかったのだと悟った。
ベルの王の頂点に立たせて直哉は神様を殺したいのだと云った。
つまりは何だ、お前は俺が生まれた時からそれを知っていて、
そんでもってそうさせたいから羅刹に拘ったのだ。
羅刹は不意に笑いだしたくなる。
悔しい、腹が立つ、いつもそうだ。
最初から羅刹に与えられるものなんて何も無かったのだ。
しかし反面安堵もした。
「いいぜ、」
やってやると羅刹は呟いた。
それで直哉の気が済むならいい、
直哉の気がすんで羅刹も直哉も
こんな酷い関係から解放されるならそれでいい、
だったら魔王にでもなんでもなってやる。
世界だって手に入れる。
そんなもので贖えるのならいくらでも手に入れてやる。
直哉にとってそれがいいのならもうそれでいい、
でもその代わり、自分は今度こそ
直哉に縋ろうとするこの手を捨てれるのだ。
諦められるのだと、羅刹は云い聞かせた。


そして魔王が生まれた。

魔王になるのは案外簡単だった。
柚子が離れていった。(女の子なんだから当然だ、早く安全な場所へ
帰った方が賢明だと羅刹も思う。)
篤郎は最後まで迷った様子だったけれど結局着いてきた。
変わらずに接してくれるそんな篤郎の友情が少し嬉しかった。
(うそ、正直感動した。篤郎はいい奴だ)
二階堂、カイドーとは元々面識があったし(そりゃあれだけ
ケンカしてたら何処かで知り合うに決まってる)
気が合ったので何も問題を感じない。
マリ先生は優しい保健の先生で安心する。
保健体育も是非教わりたいが、そんなことをすればカイドーに
殺されるのでやっぱり俺はマリ先生とにこにこお茶をするだけにする。
変わりダネのジャアクフロストもなんだかかんだ面白くて可愛い。
そして直哉だ。
カインだと名乗る直哉だ。
羅刹をアベルと呼んだ。
耳慣れない言葉、何一つピンと来ない。
わかるのは自分がベルの王になったアベルということだけだ。
過去のことらしいけれど生まれる前の過去のことなんか知らないし
興味が無い。直哉にとってそれはとてもとても大事なことらしいけれど
羅刹に仔細を教える気も無さそうだった。
だから羅刹は羅刹であってアベルではない。
羅刹の認識はそうだった。
仮に自分がアベルだったとしても自分は自分だ
揺らがないしこれからも変わらない。
だから自分が思ったままにしか行動できない。
アベルがどんな人間だったかなんて羅刹は知らない。
誰でも無い、それが己なのだから。
羅刹は羅刹の自由意思で魔王の座についた。
天使と戦うのならそれもいい、
強いものが残る世界、結構じゃないか、
そんなの当たり前だ。
だから、と羅刹は立ち上がった。
隣で参謀を気取る兄を睨む。
「魔王になった、これで満足か」
直哉は満足気に羅刹を見る。
否、羅刹ではない、『アベル』をみているのだ。
必要なのはアベルであって羅刹ではない。
羅刹ではなかった。

そのまま歩いて羅刹は振り返る。
「だからもういい、直哉」
「何だ」
「直哉はもういらない」
「何?」
あの直哉が珍しく顔を顰める。
それが不意におかしくて、羅刹は哂って仕舞った。
「別にもういらない、俺が魔王だ、神様とやらと戦って全てを手にする、
だから直哉はもう傍にいなくていい」
「どうせ俺が必要になる」
冷静な聲で云われる。
それは、そうかもしれない、
直哉の明晰すぎる頭脳は戦略上これからも必要だろう。
でもこれはそんな意味じゃない。
わかるか?直哉、
そんな意味じゃないんだ。
羅刹にとって直哉をもう諦めるということだ。
幼いころから必死に縋って優しい兄の手を求めて、
そんな兄の手に縋る自分の弱さが赦せなかった。
だから直哉から離れようとしたのに直哉は離してくれなかった。
そこに少しでも兄弟でも家族でもなんでもいい、
一欠片でも愛情を見いだせれば良かった。
そうすればこんな歪んだことには屹度ならなかった。
でも違った。直哉の求めていたのは羅刹じゃない。
もうずっと前から羅刹は直哉が好きだった。
だからこそ自分をみない直哉が赦せない。
大事だと云い張る癖、羅刹の中身をみようとしない直哉が赦せなかった。
そして求めていたのは羅刹では無いと気付いた。
アベルなのだ。直哉の云うところのカインが求める「弟のアベル」
共に神に反逆する唯一の同胞、自分が殺した最愛の弟アベル、
それが答えだ。
だからもういい、
羅刹は直哉の望み通り魔王に成った。
願いは叶えた。
これからも必要ならその力を使うだろう。
直哉の望むままにアベルになろう、
でももう直哉のことで振りまわされるのは限界だった。
こんなに悲しくて切なくて辛くて痛いのはもう厭だった。
もうどうしたってこんなこと耐えられない。

だからもう
「いらねぇよ」

羅刹はそのまま部屋を後にした。


07:エデンの東で
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