それからは実家にも戻った。
ちゃんと家人の前にも顔を出し、安心させた。
何せ祖父の機嫌を損ねればまた直哉に連れて行かれる。
それだけは避けたかった。
それなりにさぼってそれなりに学校へも行った。

「おー!セツじゃん、久し振り」
顔を出せば篤郎だ。
直哉とは知り合いらしかったが、
それを抜きにすればいい奴だ。
何かとノートは取っていてくれるし、
色々世話を焼いてくれる。
世話を焼くと云えば、小等部からの幼馴染の
柚子も何かしら羅刹の世話を焼きたがる。
彼女がいなければ柚子と付き合うのも
いいのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えながら
曖昧に篤郎の会話を聴き流した。
「そういやナオヤさんとはどう?」
仲良くしてる?と訊かれてイライラが頂点に来た。
突然立ち上がった羅刹に篤郎は驚く。
「お前さ、男とスんのどう思う?」
「は?」
「だからさ、ホモとかゲイとかそういうの」
「えええ!?」
男同士ケツの穴にツッコむのよ、と云えば篤郎は
突然何を言い出すんだと羅刹を見た。
羅刹は曖昧に笑みを浮かべ誤魔化す。
「いや、やっぱさ、フツーじゃねぇよな」
「お前普通じゃないのか?」
「いや、俺はノーマル、ノンケの桃尻ボーイ」
「彼女居るもんなー」
いいなーと云われ、噫これが普通の日常だと実感する。
「さっきの質問だけどさ、」
羅刹はカバンを手にして帰り仕度だ。
まだ二限目が始まる前だった。でももうそんな気分じゃない。
「え?帰るのか?」
ウン、と頷いてから教室を出ようとして振り返る。
「あんな奴死ねばいい、」

そうしてまた外へ出る。
直哉に逢うことを気をつける以外はごく普通のいつもの日常だ。
腹が立ったら誰かに喧嘩売って殴り合って、警察が来たら逃げる。
今も何癖つけられた相手を殴って走って逃げたところだった。
不意に気配を感じて振り返る。
背筋をぞくりとするような悪寒が奔る。
あれだけ逃げ回っているのにいつも見つかる。
いつもいとも簡単に羅刹を見つける。
思えば子供の頃も屋敷の中でかくれんぼをしていて、
いつも家中の手伝いのものが羅刹を捜すのにみつけられない。
それが面白くて夢中で隠れていると、いつの間にか直哉が背後に立っていて
幼い羅刹を抱きあげる。
そして何時間も探して心配している家人の前でごめんなさいと謝らせるのだ。
だからあの直哉から羅刹も逃げられるとは思っていない。
欠片も思っていなかった。

タイミングを見計らったように現れた直哉はいつもと変わらない。
羅刹を捕まえて、逃れようとする弟を引き摺って、ラブホへ連れ込まれた。
この間のことを責めるでも無い。
逃げたことへのお咎めもナシだ。
でも直哉は羅刹を逃がさない。
お前なんていつでも自由に出来ると言いたげに、そしてそれを証明するかのように
今もこうして厭だと叫び、直哉に殴りかかる羅刹の手を軽々と交わし、
隙の出来た足を引っかけ羅刹はバランスを崩して倒れた。
地面に激突する寸前で直哉の腕に拾われる。
そして半分抱えられながらラブホに引き摺られ、勝手にパネルを選んで、
さっさと入室して仕舞う。
そのままベッドにどさりと落とされ、あとはもう成すがままだ。
先程の喧嘩で出来た羅刹の怪我など気にもしない。
寧ろ其処を集中的に攻めた。
治りが遅くなったらどうしてくれる、と叫ぶが矢張り聞き入れられない。
キズを抉りながらまた貫かれる。
酷く痛みを伴うセックスだ。
まるで大型の獣同士が戦って、勝った方が相手を好きにできる、
そんな表現がぴったりなセックスだった。
直哉はまるで自分が羅刹の支配者であるかのように振舞う。
その度違う、と違うんだ、と羅刹は叫びたい。
いつだって叫ぶのに直哉は鼻で哂うだけ、あとはその赤い目で
羅刹の動きを封じ込める。
直哉の腕に閉じ込められただけで羅刹の全ての器官が直哉に意識を向けるようだった。
それが厭で、自分はそれが厭で、このままでは屹度何かがいけなくて、
そう感じたから直哉から離れようとしたのに、
離れてみれば酷く直哉の怒りを買ってこうして身体まで蹂躙されて
慰み者の扱いを受けている。
ひどい、何度も云うが、ひどい、あんまりだ。
だって自分はまだ16歳で、高校生で、普通に彼女も居て、
普通に彼女とセックスもして、ちょっと家出をしている不良少年程度のレッテルだ。
なのにこれはなんだ、従兄弟の、兄弟同然の兄貴とも云える存在に
身体を弄られてキズを抉るようなセックスを強要されて、
羅刹は自分は健全であると、そう思っているのに、
直哉との関係を強制されるたびに
どんどんそんな自分が崩れて壊されていく気がした。
それがたまらなく厭なのに、直哉を責めることも
殺すこともできない、そんな自分のどうしようもなさが、
まるでこの関係に縋っているようにも思えて
泣きたくなった。

実際縋っているのだ。
直哉が羅刹を手放さない、手放せないように、
羅刹はそんな直哉に縋っている。
酷い依存だ。
望みもしないセックスに快楽を見出して、
若いから、そんな理由も通る、だって俺はまだ16だ。
でもそんな単純なことじゃない。
これはもっと酷く複雑なことに思えた。
それでいて根本は単純なのだ。
直哉は羅刹を手放せない。その為に身体を繋ぐ、
無理やりでもなんでも羅刹を捕える。
逆に羅刹は直哉に縋りたくない、縋るような自分の弱さが厭だった。
だから直哉から逃げ出したい。この歪んだ関係性を修復したい。
それだけのことなのだ。なのに互いの思惑が関係が続く度にどんどん
別の方向へと広がっていく。
その都度このどうしようもない関係に泣きたくなった。
たいして慣らしもしないのにやっぱり気持ち良くて羅刹は
直哉のものが注がれると同時に吐き出した。
抉られた傷からは血が出てる。
赤黒くなっていた。
直哉はそれを丁寧に舐め取りながら、
もう一度羅刹の中に押し入ってくる。
何度も交わって終わったころにはもうとっくに夕方だった。
羅刹はだるい身体をなんとか動かしてシャワーを浴びた。
シャワーから出たら直哉が帰っていないかな、と思ったけれど
やっぱり直哉はまだベッドに座って煙草を燻らせている。
羅刹は直哉の煙草を貰い、それを胸一杯に吸い込んでから吐き出す。
そして「ちょっと歯ぁ、喰いしばれ」と一言断りを入れてから
直哉を殴った。
直哉は打たれた頬をそのままに「甘んじて受けたのは一応それなりに
思うところがあるからだ」とわけのわからないこと云う、
思うってなんだよ、何を想うんだよ、お前が俺のことを欠片でも
思っているならこんなことをするべきじゃないんだ、と叫びたい。
でもそれを云う前に直哉に殴られた。
「お前も受けるべきだ」
そんな横暴な理屈で殴られて、それでまた腹が立ったから
もう一度直哉を殴った。そのまま調子付いて更に殴ろうとしたところで
片手で止められる。もう殴らせてはくれないらしい。
「気は済んだだろう」
そう云われて、直哉は帰り仕度をする。
腹が立つからそのまま無言でベッドに座って直哉の煙草の最後の一本を吹かして
いると何かを投げられた。
「夕飯代くらいだしてやる、あとそれは新しい携帯だ」
それから、と直哉は言葉を続けた。
「財布は返せ、カード類がある」
羅刹はこの間持って行ったままだった直哉の財布を投げる。
中の現金は殆ど使って仕舞った。
カードは使っていない。
そして「たまには実家でちゃんと生活しろ」と云われてから
直哉は部屋を出て行った。
誰もいないラブホの部屋に一人残されて、
それから羅刹はひとりで床に散らばった制服を着て、
直哉の投げてよこした一万円と携帯をポケットにねじ込んだ。


06:一万円と携帯
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