云うことをきかないのはもう何度目か、
警察に迎えに行ってから直ぐ雑踏へ消えた従弟の後を
追いかけて、掴まえれば手酷く振り払われた。
その足でどうやら現在の彼女の所へ向かったらしい。
そのまま更に一週間直哉は弟の様子を静観して、
そして8日目、矢張り実家にも帰った様子が無く、
(最近ではもう衣服すら取りにこないようだった)
学校の方は篤郎と柚子からのメールによると
一度だけ登校したらしい。
そして9日目、知り合いから得た弟の居場所の情報に
直哉は舌打ちしながら車を回させた。
直哉が家を出てからもう半年以上経つ、日に日に所業の
悪くなる弟に、ついに祖父からもなんとかしろと命令が出た。
直哉自身もこれ以上羅刹に好き勝手されるのは
いい気分ではない。来年の夏のことを考えれば今手を
打たなければ直哉にとって面白く無い結果になるのも
目に見えていた。
手綱をしっかり握っておかないとこの弟は何処へ行くかわからない。
( 糸の切れた風船だ )
それも激しい熱を秘めた。
一瞬あの弟の苛烈な眼を想い出してぞくりとする。
「少し待っててくれ」
運転手にそう告げて直哉は
弟が出入りしているらしいクラブへと足を向けた。
極めて莫迦で無能で性質の悪い連中の巣窟だ。
直哉は鼻で哂い、それから再び舌打ちした。
其処に弟が出入りしているかと思うと腸が煮えくり返る思いである。
いらぬ手間をかけさせて、と整った顔を怒りに慄わせながら直哉は
目的の人物を見つけた。
話に盛り上がっているらしい弟の肩を掴み、振り向かせる。
「なお・・・」
そして問答無用で顔を叩いた。
パン、と小気味良い音が響く。
ちょうど音楽の切れ間だったので辺りに音が響いた。
かなり強い力で叩いたら(これはもう殴ったと表現していい)
弟の小奇麗な顔がみるみる真っ赤になっていく。
振り返り周囲や話しかけようとする者達を有無を言わさない
目で見下しながら直哉は頬を抑える羅刹を見る。
「帰るぞ」
よろめいた羅刹の手を掴み引き摺るように強い力で
その場を後にした。

「離せ・・・!おい・・・!」
ぎゅう、ときつく腕を握りしめているので
指の先まで血は通っていないだろう。
そのまま待たせてあった車に羅刹を放り込み、
そして後部座席に共に入る。
「出してくれ」
「くそ!共犯かよ!」
家の車だ、云われなくても祖父の差し金だとわかるだろう。
逃れようとするがそうはさせない。
腕をきつく捕えたまま、直哉は力を緩めなかった。
離そうともがいていた羅刹も次第に諦めたのか大人しくなる。
そして無言で携帯を弄り出した。
「何をしている」
「うるせぇ、お前にはカンケーない」
再び直哉は弟の顔を叩き、そのまま弟の携帯を取り上げ
目の前で真っ二つに折った。
「てめっ、何しやがる!」
「もう必要ない」
どうせくだらない友人だの仲間だの、羅刹には必要無い。
直哉さえいれば羅刹にはそもそも何も必要無い筈だ。
直哉は車の窓を開け、たった今折った羅刹の携帯を
投げ捨てた。
「殺すぞ」
「やってみろ」
向かう先は実家ではない。
どうせ実家に連れ帰っても無駄だ。
またこの莫迦な弟は家出する。
どうせこれからすることを考えれば直哉の家の方が都合がよかった。
青山のアパート前に車を停めさせ、掴んだままの羅刹の腕を
引っ張り引き摺るように車から降りる。
羅刹は暴れたがそれよりもずっと強い力で抑えつけた。
「間口、手間をかけさせた。もういいぞ、
暫くの間こいつは俺が預かる、またこちらから連絡する」
家人は心得た様子で頷き車を出す。
そして自宅まで弟を引っ張り、
重たい鉄の扉に鍵をかけたところで
フローリングに羅刹を投げた。

「ってめー、このやろ・・・」
「いつからそんな悪い子になった?羅刹」
「気持ち悪いことをぬかすな!」
突っかかる弟を今度は拳で殴り、
そのまま床に殴打する。
思えば弟をぶったのも殴ったのも今日が初めてだ。
羅刹が生まれてから16年、共に暮らし始めてから11年間、一度も弟に
暴力を振るったことが無い。
直哉はいつだって羅刹の良き理解者であり良き兄であるように努めた。
だからこそ羅刹はそんな直哉に動揺している。
そのまま無言で弟の身体に馬乗りになり、直哉は羅刹を見下ろした。
その青い目が怒りに揺れる。
それを見て直哉は満足そうに赤い目を細めた。

「ちゃんと俺の言う事をきくいい子に再調教してやる」


02:再調教
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