「全部壊すことにしたんだ」

王が云う。
王の言葉に全ての悪魔が雄叫びをあげた。
果たしてこの内どれだけがその全部に己達が含まれているとわかっただろうか。

あの夜に全ては決してしまった。
真白は躊躇い無く直哉を選んだ。
憎悪する直哉を選んだ。そのことがどういった結果になるのか
篤郎にはわからない、けれども躊躇い無く互いを選ぶ彼等には歪んだ美しさが
あった。当たり前のように世界を切り捨て互いを選ぶ彼等は残酷で美しい。
真白が世界を滅ぼすのがわかっていてそれに力を貸す直哉が歯痒かった。
真白はただ、淡々と直哉のオーダーをこなした。
全てのベルを撃破し、そしてベルの王になる。
全ては決められたことのように進んだ。
今ではほんの数か月前まで普通に学校があって、登校して、下らないことを
語りあったのが夢のようだった。
現実の空は赤く、魔界化が進行し、この世は力が支配する世界になって仕舞った。
天使も悪魔も、人間も、世界も、神様でさえ真白は滅ぼすだろう。
そして最後に篤郎達を、何より直哉を殺すのだ。
その為だとわかっていて自分達は、少なくとも篤郎と直哉は真白に付いた。
篤郎は最後の良心で、直哉の意図は未だにわからなかった。





世界を滅ぼして終わり、それでいいと思う。
真白は勝利を確信していた。最早この膨大な力は全てを滅ぼせるだろう。
それは今まで感じたことが無いほど真白を刺激した。
けれどもひとつだけ引っかかることがある。
直哉だ。
天使達は直哉を「カイン」と呼んだ。
それが引っかかった。
創世記だ。アベルの兄であるカイン、弟殺しの罪を犯した男。
神が居て天使が居て、悪魔が居る。ならばそのカインも当然ではないだろうか。
かつて弟を殺しその罰でエデンの東に追放されたと云う男、彼が作る作物は全て枯れ
彼を殺した者は七倍の復讐が与えられる。
もし、直哉がカインであるのなら、話が見えてきた。
そもそも出来過ぎた話しだ。たかが人間の直哉だけに出来ることでは無い。
直哉が悪魔か天使どちらかに干渉して今回の審判を引き起こし、そして七日間で
神が世界を創ったように世界を変えさせた。
つまりそういうことなのだ。
直哉に憎悪しかなかった。
自分をこうして仕舞った直哉の世界を全て壊そうと思った。
けれども直哉は?
直哉は今まで真白の行動に何一つ口を出さなかった。
直哉の目的など考えたことが無かった。
そう、自分だけ直哉に憎悪を向けて、果たして直哉がどう思っていたのか、真白には
わからなかった。人のことなど考えたことが無いから理解できなかった。
だからこそ、直哉の真意を探った時に愕然とした。
( そうだ )
直哉が必要なのは・・・
( 自分じゃない )
背筋が寒くなる。直哉は『カイン』だ。
カインはアベルが必要だった。
ベルの王にする為に、ベルの王位争いに組み込ませ、ベルの資格が人間で唯一ある己は
なんと呼ばれた?
「ア・ベル・・・」
魔王ア・ベルだ。
自分こそアベルだ。直哉の弟たる己はかつて直哉が殺した弟では無いだろうか、
それに気付いた時、何かが崩れた。
今まであった確固たる己が崩れた。
足場が確かであった筈なのにこれほど不安定だっただろうか?
自分は何処に立っているのか、魔王として?アベルとして?
真白では無く、全てアベルの為に、直哉はそうした。
復讐か、弟に神殺しをさせる為か、或いは直哉にとってアベルだけが大事だったのでは
無いだろうか、その答えに辿り着いた時、行き場の無い感情が真白に渦まいた。

「いつからだ・・・」
直哉の部屋へ行けば直哉はいつものようにパソコンのキーを叩いている。
何も答えないことに苛立って真白は歯噛みした。その瞬間洩れた力で
パソコンがショートする。
直哉が漸く振り返った。
振り返った直哉の顔はいつもの通りの筈なのにまるで違って見えた。
直哉は静かな聲で答える。
真白が訊きたく無い言葉を紡ぐ。
「最初からだ」
「嘘だ!」
「嘘だと云って欲しいならいくらでも云ってやる、お前の兄だからな」
「嘘だ、嘘だうそだ!」
直哉は最初から知っていた。
己がアベルだと知っていた。兄が死んだ、直哉の両親が死んだ。
それだってもしかしたら直哉かもしれなかった。直哉がやったのかもしれなかった。
けれどもそんなことはどうでもいい、真白にとって些細な問題だ。
大事なのはそこじゃない。
最初から、直哉はアベルを探していた。
魔王にする為のアベル、来るべき日の為に神殺しのその日の為に用意したアベル。
ならばあれは嘘だったのか、直哉が真白を抱きあげたあの日常は嘘なのか、
真白に与えられたものでは無く全てアベルの為であったのか、
真白が「愛」か?と問うたあの感情についに直哉は答えては呉れなかった。
だからそれが憎悪だと真白は認識した。
答えない直哉に混乱したまま自分を置き去りにした直哉に行き場の無い感情を
ぶつけ続けた。直哉は何も云わずにそれを赦してきた。
それは自分への贖罪だと思っていた。
( そうじゃない )
全部、アベルの為だった。世界をこうする為だった。
真白に触れたのも真白を壊したのも、混乱の中に置き去りにしたのも全部
この為だったのかもしれない。
「俺がアベルだからだろ、アベルだからお前は俺を王にする為にこうした!」
「・・・」
わからない、何も感じない筈なのに今あるこの憤りが何なのか、何故そうなるのか
真白にはわからない、混乱したままだ。
直哉だけが真白をこうして混乱させる。直哉だけがいつも真白を乱した。
あの時から真白の時間は止まっている。
小さいまま、直哉が抱きあげてくれた時のまま、あのままであれば良かったとさえ思う。
それを直哉が壊した。元のように振舞ってくれればよかったのに、あれから直哉は
二度と真白を抱き上げはしなかった。二度と真白に触れようとはしなかった。
それがいつしか憎悪へと変わり、そして真白はこうなった。
「不服なら俺を殺せ」
「殺してやるよ」


08:殺意の中で
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