直哉を殴る、そして首に手をかける。
直哉は抵抗しなかった。ただ真白を見つめた。
王の力で簡単に首を折れる。そしたら直哉は死ぬ。
それで終わりだ。
簡単に直哉を殺せる。
真白は直哉に跨り手に力を籠めた。
直哉はただじっと真白を見た。

「死ねよ、直哉」
ぐ、と力を籠める。籠める筈なのに、何故か風景がぼやけた。
こうして首を絞める。それだけ、それだけで終わる。
己を混乱させる男はこの世からいなくなる。
終わりだ。
「終わりなのに・・・」
なんでだろう、どうしてだろう、
わからない、なんでこうなるのか全然わからない。
涙がぽろぽろ溢れてくる。
どうしてこうなってしまったんだろう。
どうして自分はわからないんだろう、
直哉のこと、篤郎のこと、色んなことがわからない。
それでいいと思っていたのに、今この瞬間それが分からないことが酷く悲しかった。
悲しかった。多分生まれて初めてこれが悲しいという感情なのだと思った。
何も感じなかった。誰に何をされてもどうでもよかった。
直哉以外どうでもよかった。
だから直哉に訊いたんだ。
「愛ってなに?」
涙が止まらない。わからない、わからないことだらけだ。
「直哉は誰もあいしてないの?」
あの時訊いたように、どうして俺は直哉を殺せないんだろう、
直哉はどうして何も云わないんだろう、どうしてこんなに悲しいんだろう。
憎いのならわかる、直哉をこの五年間ずっと憎んでいた。
直哉が俺を混乱の中に置き去りにした。あの夜のことを直哉は何も云ってくれなかった。
何故そうしたのか、何故訊いてはいけなかったのか、答えてくれなかったのか、
だから直哉が大嫌いだった。
だけれど思い出すのはいつも直哉の手だ、その手に触れられることがどうしてか
わからないけれど真白をざわつかせた。
「なんで俺、直哉を殺せないの」
涙が溢れる。ぽろぽろと直哉の顔に落ちる。
直哉はそっと手を回した。
昔みたいに、あの大きな手で真白を包んだ。

ああ、もしかしたら、と思う。
もしかしたら
俺は

「直哉が好きなのか…」

言葉にするとしっくりきた。
今までそう思わなかったのが不自然なくらい自然と思えた。
噫、そうだ。自分はずっと、
ずっと

「直哉が好きだったんだ」

ぽろぽろと涙がこぼれる。
直哉の手が伸びてそれを拭かれた。
直哉、なおや、言葉にならない。
直哉は俺を抱き締めた。
精一杯の愛をこめて抱き締めた。

「今頃気付いたのか」

うん、ごめんね、直哉、
俺ばかだから気付かなかった。ずっとずっと
直哉の思いに気付かなかった。

「俺、直哉をずっと愛してたんだ」
「直哉にずっと愛されたかったんだ」

「俺の過ちはあの時お前を抱き締め無かったことだ」
直哉が静かに俺を抱き締める。
「お前が愛を理解しないと思っていた、だから俺はお前に拒絶されるのを恐れた」
額と額がくっつく、こんなに直哉が近いのは久し振りでなんだか
くすぐったかった。
「俺はお前を誰よりも愛してる、アベルでなく真白、お前を狂う程愛してる、
だからこそお前に理解されないのを恐れた、
そしてその恐れのあまりお前を混乱の中に置き去りにした」
五年前のあの時に、直哉が好きだと云っていれば全てはこうならなかった。
けれども男は恐れた。己の愛が拒絶されることを恐れた。
その愛が身を滅ぼすのではないかと、恐れた。
愛していたからこそ云えなかった。恐ろしい己の感情を露呈することが出来なかった。
だからこそ、その憎悪を愛の代わりに愛した。
滑稽な話だ。
滑稽で馬鹿馬鹿しい話だ。
多分凄く遠回りして遠回りして、そして気が付いた。

「これが愛だったんだ」
ずきずきと痛い、嬉しい、悲しい、そして愛しい。
「愛って忙しいんだね」
「俺も今気が付いた」
直哉に触れられる、抱き締められる。
それだけでこんなにも満たされる。
何もなかったこころの中にあらゆる感情が生まれていく。
それは生命の息吹だ。
優しい律動と、それを超える情熱と、感謝に、
そして一人ではなくあらゆるものに支えられていると知る。
それが生きるということだ。
それこそが愛だった。

「直哉、どうしていいのかわかんないけど、一緒に居てよ、わかんないこと教えてよ」
五年前に出来なかったことを、わからなかったことを今度こそ教えて欲しい。
「お前は俺を愛したことを後悔する」
「愛で身を滅ぼすから?」
「俺は七倍のプレミアだからな」
そうしてしたキスが一番最初の愛だった。

世界は閉じられている。
けれども、世界はこんなにも鮮やかで愛に満ちている。
世界が開くのは多分、そう遠く無い未来の筈だ。


09:
一番最初の
愛のはなし



「結局、これって壮絶な痴話喧嘩だよねぇ」
呟いた男はロキだ。それにアハハ、と渇いた笑いを零すのは篤郎だ。
「ま、こういうのもいいんじゃないんですか」
「おっきくなったらお嫁さんになってくれるって約束してくれたんだけどなー、真白ちゃん」
「多分大きくならないと思います、真白、それに直哉さんに殺されます」
「おや、愛で身を滅ぼすのはよくある話だよ、後釜を狙うのは定石でしょ」
君もそうでしょー、と軽く云うロキに篤郎は顔を顰めた。
「ないですって、俺真白の友達なんで!」
そこ煩い、と直哉と真白に云われるのは数秒後のこと。

読了有難う御座いました。

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