徐々に日常が戻ってくる。
政府の人の検査を二度程受けたくらいで
後はもう普通の日常。
悪魔遣いも無かったことになって、
COMPもその機能を失った。
漸く、戻った日常に、もう緊張して夜を過ごさなくてもいいと
身体を慣らすまで大変だった。
傷ついた人も沢山居る、けれども異例の速さで政府が支援金を出した。
連日の報道は皆嘘だ、でも多くの人がそう思うことにした。
当事者達ですらそう思うことにした。皆忘れたいのは同じだった。
まるで一刻も早く無かったことにしようとするみたいに
世界は元に戻ったのだ。

それでも今、尚、翔門会はその罪を問われているし、
(表向きは有毒ガスによるテロとされた)
それに協力した者も取り締まられている。
その最重要人物の中に直哉も挙げられていた。
あの直哉のことだ、身を隠しているのだろうと思っていた。
気にしないようにしていた。
ただ元の日常に帰ることに集中した。

そして秋になってやっと二週間遅れで学校が始まって
ふと気付く、


直哉がいない、


何処を探しても直哉がいない、
世界を戻してもベルの王は雪風である、
これは誰にも云っていない。
皆世界は戻ってベルの力は消えたと思っている。
でもベルは確かに雪風だった。
王の力を行使したわけではない、けれどもそのぐらい感覚でわかる、
この世界は雪風の意思で再構築した世界だ。
直哉の云う通り世界は戻ったのでは無い、一度開いて崩壊を辿ったものが
戻るのはそう容易いことでは無い、だから雪風の望む記憶の世界に
世界を戻したのだ。それを再構築というのならそうなのだろう。
ベルの力をもう二度と遣う気は無い。
ちゃんと人間として死んで、永遠にこの力を誰にも使わせない気でいた。
悪魔も天使も閉じられた世界の外に居る、なのに
直哉は何処にも、世界の何処にもいなかった。
「直哉?」
直哉のセーフハウスの全てを当たってみた。
どの部屋も空っぽだった。
空っぽの部屋には何も無い、パソコンもうんざりするほど積まれていた本も、
皺くちゃのベッドシーツもベッドも、直哉がいた痕跡すらない、
写真も何もかも直哉は処分していた。家族写真も皆切り取られていた。
携帯に在った筈の直哉の写真も無い。
何処にも無い、そして直哉は色んな資産を処分していた。
あの崩壊の直前に組の全てを解体し、処分していた。
父の了承も得ていたという、そしてその殆ど全てを雪風に残した。
「なん・・・で・・・」
失って初めて気付く、その意味を。

「何でだよ・・・直哉・・・」

憎んでいたんじゃなかったのか、
否、本当は憎んですらいなくて自分は直哉にとって只の道具だった筈だ。
魔王にして神を討つ為の道具、

「どうして・・・」

残したのか、まるでこうなることをわかっていたように、
雪風に残した。
父は直哉の残したものをそのまま雪風に渡した。
長患いで臨終の淵だった、多くは語らないひとだった。
そして「好きに生きて幸せになりなさい」と残して逝った。
父と直哉の言葉だというその言葉の重さが苦しい。
何故あの時、直哉が自分にキスしたのか
何故直哉がそうさせたのか、
全ては仕組まれていたと気付く、
雪風に世界を取り戻させること、
避けられない試練ならば雪風の望む世界へ導くこと、
まるで悪人のように振舞って、
作られた舞台の上で悪人を最後まで演じ続けて
( いつから? )
( いつからだ? )

直哉は思えばずっと雪風に対してそうだった、
ずっと素っ気なかった、口を開けば、世間体を重んじた
言葉ばかりだった。冷たい人間だと思っていた。
ただ一度だけ直哉は聞いた。
「世界は好きか?」と
その時自分はなんと答えた?

( 少なくとも直哉よりは )

噫、そうだ、そう答えたのだ。
そして直哉はあの晩何も言わなかった。
あらゆる責めを受け、それでも尚自分に何も言わなかった、
そして最後に一瞬だけ口付けた。
その顔を、
その顔をちゃんと見たか?
俺はその顔を・・・
「俺が、莫迦だったんだな、直哉、」

直哉は全部知っていた。
雪風が世界を戻すと確信していた。
そしてベルの王にして、雪風の望む世界を作らせた。
魔王にして神を討つなんて嘘だった。
全部嘘だった。
最初から、直哉は全部わかっていた。
あの子供の時に出会った時からずっと、わかっていた。
雪風こそが世界の試練を受ける存在だとわかっていた。
だから雪風を突き放し、そして生かす術を探した。
あの試練は避けられなかった。あの封鎖内に雪風がいなければ
世界は終わっていた。神の試練の元一掃されていた。
そして直哉は雪風を巻き込み、自分を憎ませ、
世界を戻させた。

嗚呼、
何故、気がつかなかったんだろう、
その深い愛を、

全てを嘘で覆い、最後まで悪人を演じて、
あのただ一度だけ触れたキスにだけ真実があったのだ。

「直哉・・・お前は世界中でひとりだったんだ」
「お前こそが世界中でひとり、ひとりだけで戦っていたんだ・・・」

いつかの夢で、動かない身体の雪風を抱きしめていたのは直哉だった。
抱きしめる男が可哀想で、切なくて、つらくて、だから
約束した。直哉には届かなかったけれど自分は確かに約束した。
傍に居ると、いつまでも傍に居ると、

「ごめん、直哉、今度は、今度は必ず俺が探す、お前を探すよ」

探して必ずお前に辿り着く、
そしてもう二度と一人にしない。
カインはアベルを殺して一人永遠を彷徨った。
天使の話の通りだというのなら何故自分を直哉が助けたのかわからない。
けれどもその話が全てだなんて思わない。
涙が溢れる、どうして気付かなかったんだろう、
どうしてその孤独を理解しなかったんだろう、
溢れる涙は拭っても拭っても止まらない、
だってこんなの酷い、あんまりだ、
何故なら直哉の守りたかったたったひとつのものは


「俺だったんだ・・・」


その孤独の先に求めていたのはたったひとつだった。



夢の約束
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